03 「赤司くん、大丈夫ですか?」 急いで行く、という言葉の通り走って来たのか黒子の息は少し上がっていた。声も上擦っていて、黒子が赤司を心配しているのがよくわかった。でも、赤司は突然現れた黒子から離れるように椅子の上で体を少し後退させた。 「だ、だれ」 落ち着かせるため俺が説明をする。 「赤司、さっき話した黒子だよ」 「………くろこ、てつやくん…?」 赤司はおそるおそる名前を確認した。その様は黒子に赤司の状態を伝えるには十分であったようで、彼は目を見開いた。 「…嘘、ですよね……?」 幾つか会話を交わして見るものの、やっぱり黒子相手でも赤司は怯えて要領を得ないし、黒子自身も戸惑うばかりだ。現状で良いことといえば赤司が俺に慣れてきて、ある程度心を許してくれていることか。 黒子と相談した結果やはり俺たちだけではどうにもならないという判断が下った。病院に連れて行くか等迷ったが、先に赤司の両親に連絡をとることになった。 一緒にいた時間が長いので説明するのに適切だという黒子の主張を受け、俺が赤司の家に電話をすることになった。想像通りだったが受話器越しで赤司家は上流階級であることが知れた。俺は初めてお手伝いさんという職種の方とコンタクトをとったのだった。応対してくれた方は最初何かのイタズラだと思ったのかまともに取り合ってくれなかったが、同中であった黒子の存在もあり、最終的に信じて貰うことができた。夕方、京都から迎えが来ることになった。 じゃあそれまでに病院に行くのか、というわけでもない。よくわからないが赤司家の事情がかんでいるようで、病院へは赤司家で連れて行くと言われた。 俺と黒子は赤司の持ち物のレシートなどから宿泊先のホテルを割り出し、赤司の荷物を回収した。量はないが俺と黒子で分担して持ち運ぶ。余談だが彼の利用していたホテルは意外にも格安なものだった。 ちなみにこの間ずっと、赤司は左手に例のぬいぐるみを握りしめ、右手に俺の服の裾を掴み移動していた(マフラーを持つのは色々問題があるのでやめてもらった)。いやぁ視線が痛い!仕方ないけど!影が薄いお陰で他人事な黒子からは哀れんだ視線を向けられてしまった。 そのまま赤司を新幹線に乗せるために東京駅に向かった。上り電車は空いていて赤司もそこまで緊張しないで済んでいる。車窓を流れてゆく景色を楽しむ余裕もあるようだ。 赤司は窓の外を指さした。 「光樹、あれはなんだ?」 「変電所だよ。鉄骨だらけで変な形だよね」 「変電所、ああ、電圧を変える場所だ――あ、ねぇ光樹、おもしろい家があるよ」 「え、どれ?」 彼が指さす建物はあっというまにいなくなる。どうしてか、赤司と話すのは楽しい。本当はこんな呑気にやってられない状況がますます気楽に思えてきてしまった。 「……降旗くん、お兄ちゃんみたいですね」 黒子は赤司と俺の様子を見て苦笑いした。 東京駅構内で時間を潰した後、雑踏を掻き分けて改札まで行くと赤司の家の人が赤司の分の切符を片手に待っていた。一応俺と黒子も入場券を購入し、最後まで付き合うことにした。 改札を通った辺りからか、赤司の足取りが途端に重くなった。俯いて、俺の服の裾を強く強く握っている。どうしたんですか、と黒子が話しかけても首を横に振っている。そして京都へと向かう新幹線を前にして、赤司は俺の腕をぎゅうと握った。 「ね、光樹は一緒に行かないのか?」 「え」 「赤司くん、降旗くんは東京に住んでいるんです。一緒には行かれませんよ」 黒子は穏やかに諭した。けれど、 「…やだ」 赤司は顔をくしゃっと歪めて、俺にすがり付いた。 「やだ、いやだっ。光樹、怖いんだ、一緒に来てっ」 「あ、赤司…」 赤司はわかりやすい駄々をこねた。可哀想には思えど、京都までついていくなんてことはかなわない。俺にできる精一杯はここまでなのだ。 「…ん」 いや、あとひとつくらい残っているか。俺は赤司を落ち着けるように、なるたけ優しく言った。 「わかった赤司、黒子に俺のメアドとかを赤司の携帯に送って貰うから、それ使って連絡しておいで。な?そしたら大丈夫だからさ」 しかし赤司は首を横に振る。聞き分けの悪い子供みたいだ。 「でも、光樹がいないと、いやだ」 「平気だよ!心配すんなって」 「…う…」 赤司は幼い子供と同じようにぐずって、痛いくらい俺の腕を握り締めたあと、離れた。 「……わかった……」 我慢して頷く赤司を見て、俺は思わずその頭を撫でてしまった。赤い髪の毛はすべすべとやわらかい。俺の自殺的行動を見て赤司の家の人すら驚いた顔をして、俺自身もやっちまったと心の中で膝を折った。でももう遅い。赤司は目を細めて、少しは安心してくれたようだった。それだけで十分だ。 流線型が線路をすべってゆく。俺と黒子は手を振りそれを見送った。 「……降旗くん…赤司くんが元に戻ったら殺されますよ……」 「うん……俺もそう思うかな…」 ダメ押しに、黒子からも死刑宣告をされたのだった。もう見えなくなった車体を追って、線路の先をぼうと眺めた。 家に帰り財布の中身を確認すると、なんだかんだでゲームを買う分に用意していたお金は綺麗になくなっていた。不満はない。ベッドに転がって、赤司は大丈夫かなぁなんて思ってみたり。 携帯に知らない番号から電話がかかってきたのはその日の夜十時を回ったころだった。 20121128 back |