02 ドッキリなのかと思ったけれど、この人が冗談なんて言うと思えない。どういうことか詳しく聞こうとしてもわからないを繰り返すばかり。また、赤司独特のオーラが消え失せているところをみると非常事態であることに間違いはなさそうだ。立ち話で済むレベルではないなと判断して、俺は赤司を連れて近くにあったマジバに入った。中は昼時ということもあり少し混雑していて、きっと皆他人の話なんて気にもかけないだろう。ひとまず俺は赤司を席に着かせた。 「じゃあ、ここ座って待ってて。俺、赤司の分も何か買ってくるから」 「あ、いやだっ」 「ぐえっ」 赤司は咄嗟に俺のマフラーを掴んだ。きゅっと首が締まって、やっぱりこの人は危険だぁと俺の目には涙が浮かぶ。慌てて首元に手をやり気道を確保した。 「ぅえっ、けほっ、なんでっ!?」 俺は赤司を振り返った。 「い、一緒にいてくれ」 「へ?」 彼の大きな目には涙が浮かんでいた。 「おいてか、ないでくれ」 赤司は俺のマフラーを離さないままに上目遣いに訴えた。指先はカタカタ震えて、俺がいなくなったらどうしようと思っているのがよくわかった。 赤司は商店街のうねるような人並みの中で動けなくなっていた。ざわざわと騒がしい店内は、彼の目にどう映っているのだろう。確かに配慮が足りなかったかもしれない。俺はこの段になってやっと赤司の心理的状況を理解した。 「…………じゃ、一緒に選ぼ」 荷物で席をとり、俺は赤司と二人でレジに向かった。 本当はお金を払うところを見せたくなかったのと、電話をかけようかと思って赤司から一旦離れようとしたのだった。でもそれは無理そうだ。席に戻ると、俺は赤司に断ってから携帯を操作し黒子に連絡をした。赤司の様子がおかしいこと、現在地などを伝えると黒子はすぐにこちらに向かうと言った。 「さて」 俺は赤司にテーブル越しに向き合った。 「えーと…まず、俺は降旗光樹って言うんだ。赤司と同じ高校一年生」 「こうこう」 「うん………そういうことは覚えてる、かな?」 「うっすらとなら」 「そっか…それで、もう一度言うね、君の名前は赤司征十郎。ここは東京なんだけど君は京都に住んでる。俺とは違う学校だけど部活を通じて知り合いになったんだ」 知り合いというあたりに少し嘘が混じっているが、説明するとややこしいので省略する。 赤司は目を伏せ、くしゃりと前髪を潰した。 「赤司征十郎…京都…」 その後も俺が知っている限りのことを彼に吹き込んでみるのだけれど、一貫して彼は首を横に振る。ただ、会話が出来ることからもわかるように"高校"や"京都"など一般常識の部類は不思議とわかるらしく、抜け落ちているのは赤司征十郎としての記憶だけなようだ。 一応俺と会うまでのことも聞いたのだけれど、気が付いたらさっきの場所に立っていたという。その前のことも、まるで覚えていない。 赤司は居づらそうにちまちまとフィレオフィッシュをかじっている。 当然だけれど赤司の表情は出会った時から変わらず不安げでプラスの感情がひとつも見当たらなかった。彼のおかれたこの異常からしたら至極当然である。でも俺はそこが妙に気にかかった。 もちろん現状把握は大事だけれど、これ以上は難しそうだ。もうすぐ黒子も来るだろう。だからその前に一度だけでも、少しだけでもこの人を落ち着かせてあげたいと思った。こんな思考が出来るのは、赤司ならどうにかなるに違いないだなんていうおかしな楽観があるからなのだろう。なにか良い手はないかと悩む。年始のテレビの話をしたって意味はないだろうしそもそも見てなさそうだし…。そうだ、記憶がないというなら、多少幼稚な手であっても効くかもしれない。鞄の中身を思い出し、俺は話を変えた。 「なぁ赤司、これ」 ダメ元で、今日偶然手に入れることのできたクレーンゲームの景品――赤い猫のぬいぐるみを取り出した。ビーズクッションで出来ていて、握るとへにゃりと変形する。 「?」 赤司は不思議そうな顔をしてぬいぐるみを受け取った。ふにふにと弄っている。俺は手を伸ばして猫の顔をぐちゃっと不細工に変えてみた。 「……ふふ」 赤司はほのりと笑った。俺も嬉しくなって自然と笑っていた。引き伸ばしたぬいぐるみも笑っているだろか。そういえば仕方ないとはいえ自分もずっとむつかしい顔をしてしまっていた気がする。 「うん、笑うのは忘れてなくて良かったよ。気に入ったならあげる」 「うん」 赤司はぬいぐるみを両手で、ぎぅ、と包んだ。赤司は決して体格が悪いわけではないのでその仕草は少しばかりちぐはぐだった。 「ぬいぐるみ、好き?」 「………わからない」 わからないと言う時の赤司の表情は自責に満ちていて、あまり見たくない。 「そっか。でもきっと赤司はぬいぐるみ好きだと思うな」 「そうなのか?」 「だってさっき笑ったじゃないか」 「それは、光樹がこの子の顔をぐにゃってしたからだよ」 「…………うん?う、うん、そっか」 赤司がほんの少しでもリラックスしてくれたのは本当に良かったのだが……大変だ、魔王に下の名前で呼ばれた。黒子の説明をした時に名前呼びしてたとか余計なことを言ったからだろうか。俺は、彼に、認識されているかもあやしかったというのに、この状況。 …騙してるって思うかもなぁ、赤司がもとに戻った時、俺殺されないかなぁ……。 冷静にならずとも大胆な行動を繰り返している自覚はある。鋏の錆びになる覚悟は決めて声をかけたけど、俺の心臓は縮こまった。 黒子が来たのはそれからすぐのことだった。 20121128 back |