ダウト 01 | ナノ


サンタクロースがプレゼントにサッカーボールと自転車を持ってきました。でも、それを受け取った少年は嬉しそうではありません。どうしてでしょうか?



「心理テストをやらないか」

偶然に居合わせた昼休みの部室で、突然赤司っちが誘ってきて俺はキョトンとした。脈絡もなく言われたという理由もあったけれど、それよりも大きかったのはこの人がそんな子供染みたものを好むなんて思っていなかったからだ。

「心理テスト、スか?」

やるとしたら皆でわいわいやるようなものを、どうしてこの、たった二人きりのガランとした部室でやるのだろう。事実俺の声だって驚くほどよく響いている。聞き返した言葉にはそういった疑問も込めたつもりだった。赤司っちには伝わっているのかいないのか。

「ああ、ちょっとしたものなんだけどね」

パイプ椅子に足を組んで座って、値踏みするような目は愉快そうな鮮やかな赤色だ。心理テストだけに内面を測られているようで俺は気乗りしなかった。けれど、やってみるッス!と元気よく返事をした。

赤司っちは問う。

「サンタクロースがプレゼントにサッカーボールと自転車を持ってきた。しかしそれを受け取った少年は嬉しくなさそうだ。――何故だと思う?」

聞いてみればかなり平易な内容だった。心理テストというより、意地悪クイズのようだ。だからこそ何か裏がないかと人は勘繰ってしまう。俺はうーん…と悩む、フリをした。そしてパッとしない顔をして、いかにも普通で曖昧な回答をした。

「えー、そんなの欲しくないものだったから、じゃないんスかぁ?」

眉を下げてへらりと笑って見せれば、赤司っちはじ、と俺を見つめてきた。少しして猫のようにすうと細められたその目は、今度は不機嫌になっていた。

「黄瀬の癖に生意気だな」
「ええっ!?なんでッスか!?」

抗議をこめて聞き返しても赤司っちはぷい、と答えず部室から出ていった。しかしガチャと開けられた扉はそのまま閉じようとしない。偶然赤司っちと入れ替わりに黒子っちが部室にやって来たのだ。有り得ないほど影の薄い彼だけれど、丁度入り口に注目していたから気付くことができた。彼は扉を手でおさえ開きつつ、不思議そうに赤司っちの背中を目で追っている。

黒子っちは室内の俺に気が付いて、部屋に入るとぱたんと扉を閉じた。

「赤司くんと、何かあったんですか?」
「え」
「彼、機嫌が悪そうでしたから」

いつもよりひそめられた声は内緒話でもするかのようだった。黒子っちは洞察に長けているから、一瞬すれ違っただけでも赤司っちの気分に気付いたのだろう。俺は黒子っちに首を振る。

「いや、何も…なんか心理テストやったくらいッスよ。答えは聞いてないッスけど」
「? 心理テスト、ですか」
「赤司っちが珍しいッスよねー」

俺は黒子っちに提案した。

「黒子っち、やってみるッスか?」
「え?……はぁ、まぁ、いいですけど」

黒子っちはいきなりなんなんだと言いたげな反応をしたけれども頷いた。さっきの俺の反応も、こんなんだったのだろうか。しかし構わず俺は赤司っちの質問を繰り返した。

「えーと、サンタクロースがプレゼントにサッカーボールと自転車を持ってきたんスけど、受け取った男の子は喜びませんでした。どうしてだと思うッスか?」

しかし、俺はどうしてこの話題を黒子っちに振ったのだろう。彼の答えはどうせ面白くもなんともないし、話が弾むわけでもないし。っていうか「答えを知らない心理テスト」を俺はなんで黒子っちにも出題してるんだか。

すぐに馬鹿らしく思えてどうでも良くなってきたけれど、案外早く黒子っちは答えを言った。

「答えは、『男の子には足がなかったから』、じゃないですか」

俺は固まってしまった。黒子っちからそんな残酷とも言える回答が出るとは思っていなかったのだ。彼は、もしかして。でも直ぐに感心したような表情を取り繕って、黒子っちを誉めそやした。

「あ、そっか!引っかけ問題ッスね!!黒子っちすごいッス!!まぁ、ちょっと怖いスけど…」

黒子っちは目を一度伏せて首を横に振った。

「………いえ、違いますよ。僕、この答え知っていたので」
「そうなんスか?」

有名なんスかね?訊いても、黒子っちは答えなかった。ただ、再び目を上げて、じっと赤司っちのように俺を観察してくる。俺はおもしろい動きなんてひとつもしていないのにどうしてそんな目をして俺を見るんだ。

「あ、の、どうしたんスか?」
「――もしかして、黄瀬くんも、本当はこの答えを知っていたのではないですか?」

息が止まった。

「でもキミは自分でこの答えを出して、だから赤司くんに嘘をついて、それで赤司くんは不機嫌になったんじゃないですか?」

黒子っちの言うことは一々合っていて、俺は返事もできない。ギィィィ…と耳鳴りがした。「ほんとう」は、どうも喧しい。

黒子っちは僅かに言いづらそうに言う。

「……これはちょっとした、サイコパスの診断テストの一例です」

サイコパス、という言葉、好きじゃない。精神病質者、サイコ野郎。異常性のある性格の欠陥人間を括って寄せて、境界を引く紐みたいなもの。

あのテストには診断結果が細かくあるわけではなく、ただ「答えてはいけない回答」が存在する。異常を抱えた人間しか行き着かないひねくれた回答だからだ。

確かに俺は昔に、その答えに当たり前のように辿り着いてしまったのだった。

俺にはもう黒子っちの口から出ることすべてが、ただ、ただ、うるさかった。何故わざわざ「危険物」を暴こうとするのかわからない。知らないふりをしてひっそりと、離れていれば良いのに。

そして黒子っちの唇は懲りずに言葉を発した。

「黄瀬くんはもしかして、自分を、サイコパスだと思っているんですか…?」

あんまりうるさいので、俺は静かに黒子っちの喉に右手を伸ばした。そうだ、うるさかったら、声が出なければいい。そのまま握れば黒子っちは直ぐに静かになって、苦しそうに俺の手に指を食い込ませた。

どのくらい経ったろう、しんとした部室の中に黒子っちの息がひきつれたのが響いて、俺は我に帰り手を離した。いけない、普通じゃないことをしてしまった。ずっとずっと「うまくやれてた」のに、動揺して考えなしの行動に出ていた。ここには俺と黒子っちしかいないけれど誰かに知れたら、俺がおかしいことが知れ渡ったらどうしようか。黒子っちは床にぐたりと崩れ落ちて、ぜいぜいと喉を鳴らしている。

「黒子っち、ごめ、ん」

右の手にはまだ黒子っちの体温が残っている。それから彼のつけた爪痕の痛みも。

こんな状況はいつ以来だ。陥る方が特殊過ぎて、でも誰かを傷つけた時は謝るのが普通な筈だ。俺はそれに倣った。黒子っちは俺を見上げる。いつも白い顔は赤くなっていた。

「……暴力的行為は、けほっ、感心しませんね」
「…ごめんなさい」

謝れども、罪悪感はない。そんなもん今まで感じたことがないから言葉や概念としてしか知らない。そもそも黒子っちがうるさいからいけないのだ。俺に対して不愉快なことばっかり言うから。ただ俺がしたことが、倫理に外れたおかしい行動であることだけ知っているから形だけは取り繕っていた。

黒子っちは床から立ち上がると、ベンチに座り直した。まだ少し息が荒い。俯いて、肩を上下させている。

「はぁ、あとですね、人の話は最後まで聞いてください。別に僕はキミをサイコパスだなんて言ってません」

ふぅ、と厄介そうに息を吐いて彼は続けた。

「黄瀬くんが嘘をついていることは、なんとなくわかっていました。綺麗に隠してますけれど、キミに欠落した箇所が見受けられるのは確かです。でもこのテストにしたってアテにはなりませんよ。
 キミはいうなら、そうですね、」

一度言葉を切って、

「"恥の多い生涯を送ってきました"」

ぽつりと呟くように黒子っちは言った。その一節には聞き覚えがある。

「太宰治の『人間失格』です。黄瀬くんでも知ってるんじゃないでしょうか」

ずっと俯いていた黒子っちの顔がついに俺へと向けられた。さっき俺に首を絞められたというのに、怯えた様子はひとつもない。その虹彩の透明さといったら、冬の高く澄んだ空のようだ。

「キミはその主人公に似ていると思います」

それってどうなの、と思った。

黒子っちは、俺をサイコパスとは言わなかったけれど、『人間失格』に似ていると言った。どっちがマシなのだろうか。取り敢えず黒子っちの中では、『人間失格』の方がマシであるようだった。

黒子っちは淡々と続ける。無感情のようで、響けとばかりに言葉が紡がれる。

「本当に黄瀬くんの本質が異常に傾倒しているのなら、キミは一生、嘘をついて生きていくことになるんでしょうね。でも、それで良いと思いますよ。皆嘘をついています。その嘘が多いか少ないか、そして他人に優しいか優しくないか、それだけです。
 だからですね、黄瀬くんはそんなに毎日毎日怖がらなくて良いんですよ」

そうして、彼は俺に微笑んだ。

黒子っちの声は紡ぐ言葉が増えるほどに純度が増していく気がして、こんな綺麗な声を俺は潰そうとしてたのかと思うとさっき黒子っちの喉に触れた右手がひんやりとしはじめた。そんなのただの温度差だろうと思った。でも、黒子っちの爪が食い込んだ場所は驚くほど熱くて、それから心臓の周りをずるりとナメクジが這うような不快感とぎゅうと胃を締め付けるような痛みに襲われた。俺は嘆息した。

ああなるほど、これが罪悪感なのか。

すると俺は、この先、この人だけはどうしても傷つけたくなくなったのだった。



20121111

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