祓魔師パロ13 | ナノ


「あの花宮ってヤツ、多分どう頑張っても、嫌いだ、です」
「俺も無理です」
「安心しろ、俺もアイツ見るときは常に死ねって思ってっから」

木吉を除いた三人で呪詛に近い言葉を吐きつつ霧崎病院を出発し連れだって事務所に戻ると、まず木吉がリコに殴られた。迷いなく繰り出されたアッパーカットが綺麗にきまったのを見て、下っ端はこの事務所のピラミッドの頂点に位置しているのはリコであることを再確認した。普段比較的穏やかな伊月までもがジト目で木吉を見ていることを考えると、木吉が霧崎病院へ行くことは大きなタブーだったようだ。水戸部だけが心配そうにおろおろしているのだが、生憎通訳がいないため何を言いたいのかはわからなかった。

「あああー…いってぇ〜…リコ、ひどいじゃな………あ、悪かった。すまん」

顎をおさえ抗議をしようとした木吉はリコを見て途中で諦めた。謝ることが最善の選択であると悟ったのだ。てろんと尻尾が力なく下がっている。正直情けない。

木吉のことはさておき、火神は事務所内がおかしいことに気が付いていた。福田も気付いているだろうか。おかしいというか、空気があまりに清浄すぎるのだ。事務所の出入り口に視線を戻せば細く水が撒いてあるのが目に入った。その水は長くのびていて、おそらく事務所を一周している。

聖水を用いた結界か。

火神は改めて、事務所内を見回す。入院中の小金井以外の全員がそろっていた。火神は取り敢えず周囲に合わせ自分のデスクへと向かった。

リコだけは室内の最も開けた位置に堂々と仁王立ちしていた。

「大事な話、があるから全員に集まって貰ったわ。降旗くんと河原くんは講義休ませちゃってごめんね」
「夕方の一コマくらい平気ですよ」
「代返頼みましたー」
「そう言って貰えると助かるわ。あともう一個は聞かなかったことにするわね」

大学生の必須コマンド・代返(=出欠、代わりに返事してくれ)については、今回ばかりは真面目なリコも黙認することにしたようだった。

「さて…昨日、秀徳怪異博物館から調査報告書が届いたわ。黒子くんについて、調べて貰ったの」

いつの間に。以前にリコの呟きを聞いていなかった火神には寝耳に水だ。火神は自分の影に目をやった。火神の形にくり貫かれ、床にしんと落ちている。あれほど自分から語ることを嫌がっていた自身の話をされているというのに、黒子はやはり火神の影から出て来る気配を見せない。

「つか、ちょっと待ってくれ。博物館?」
「……秀徳さんでは大量の怪異の情報を集積しているの。祓魔師たちの外付けハードディスクってとこかしら。未知の怪異の解析も行ってくれるわ」

呆れつつもリコは火神に簡単に説明した。そして彼女も火神に歩み寄るとその影に視線を落とし、続ける。

「それで…まず最初に結論から言うわね。
 黒子くんの正体は、"無知"」

リコの言葉が僅かに空気を震わせれば、それに呼応するように影がぶるりと震えた。火神は目を見開いた。黒子はいつも影に溶け込むけれど、自分の影が勝手に動くのを見たのは初めてだ。黒子の動揺が伝播したのだろうか。人から隠れ生きるような怪異にとって存在を暴かれることはそれほどに重いことなのだろう。

リコは短く息を吐いた。

「…アタリみたいね。彼はおそらく、概念が怪異になったものよ。それ以外、詳しい記述はどこにもない。ただ、"無知"は"キセキ"の八つ目として一部に知られているの」
「"キセキ"?」
「キリスト教の"七つの大罪"ってあるでしょう?あれ、"やまと"では略してというか…まとめて"キセキ"とか"七獄"って呼んでいるの。一応説明すると人間が自制すべき七つの感情・欲望ってとこかしら」

"七つの大罪"はもとはエジプト修道士の"八つの枢要罪"からきており、それの完成形のようなものだ。"傲慢"、"嫉妬"、"憤怒"、"強欲"、"怠惰"、"暴食"、"色欲"の七つがこれにあたる。

「黒子は、そんなに高位な悪魔、だったんですか…」

専門としている分野の話ということもあり興味深かったのか、降旗は小さく呟き考え込んでいる。

「出現記録はほとんどないし、わかっているのはそれくらいなんだけどね。で、こっからが重要なのよ。火神くん、落ち着いて聞いてくれる?」
「俺、ですか?」

黒子の話をしていたのに、話の矛先が自分に向いたことに火神は不信を抱く。もしかして、黒子が自分の影に潜むことで自分に悪影響が出ているのか?

しかし、リコの話したことは予想とはまるで違っていた。

「"無知"は弱いの。単体で人と関わったり、契約することができないほどに。だから、"無知"は怪異の影にしか潜めないし、怪異としか契約できないらしいの」

火神は意味を理解するのに、数秒を要した。

「………え?」

黒子は火神の影に住み、火神と『仮契約』している。仮でも契約は契約だ。それを結ぶことが出来ているということは、つまり。

「火神くんはただの人間じゃないってことになるわ」
「っ!!?」

火神はガシャっと椅子を軋ませ思わず立ち上がった。見開かれた目には真剣な表情をしたリコが映り込んでいる。予想だにしていなかった話に降旗たちも息を詰めた。日向たちは既にある程度話を聞いていたようで、困惑した様子もなくこちらも真剣な顔で火神を見ている。

「何、言ってっ、あ、俺はフツーの人間だッ、……ですよっ!?」

どっ、どっ、と心臓が嫌なリズムを刻み血液を送り出す。その癖指先は緊張からか冷えていく。幾ら自分の影に黒子を受け入れるような柔軟性を持った火神でも自分の体内に得体の知れない何か巣食っていると聞かされたら話は別だ。

動揺を隠しきれない火神にリコは落ち着くように言った。

「うん、私たちもそう思うし秀徳のデータが完全に信頼できるとは言い切れない。
 ――だからね、ハッキリさせましょうね!というわけで、火神くんっ」

リコは深刻な雰囲気から一変してにぱぁっと笑った。火神は反射的にびくりと肩を震わせる。花見の時といいリコのこういう笑顔は――火神たちにとってはあぶないサインだ。

そして案の定だった。

ビシィ!!とリコは火神を真っ直ぐに指差した。

「今すぐシャツを脱げ!」
「え、ええええええ!?」

火神以外の新人達も叫んだ。先輩祓魔師たちは苦笑いを浮かべているが…なんでだ、なんで、今の話の流れで脱衣が必要になるんだ!!


シャツを脱げ!



20121110

 

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