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「明日、本を買いにいく」

部活終わりに緑間がなんの脈絡もなく言い出した。別段珍しいことでもないので高尾は動じずにふーん、と頷く。そういえば明日は祝日なうえ調整日で部活は休みだ。自然と、じゃあ自分は何をしようかなぁとなんて考えていた。しかし、緑間の話はまだ終わりではなかった。

「リアカーは要らないのだよ」

付け足し言われた言葉に高尾はえっ、と緑間を振り返った。

「待ってちょっと待って俺も行くの?」
「そうだ。わざわざ本屋に行くと俺が宣言しただけだとでも思ったのか」
「うん確かに不自然だとは思ったけどね、ごめん油断してたわ」

明日はガチで予定ないしー、まぁいいけど。高尾が緑間のワガママに首を横に振ったことはほぼなく、今回も高尾は緑間の乱暴で遠回しなお誘いを受けることにした。付き合わされる形ではあるものの、高尾は緑間を結構気に入っているので一緒に歩いて出掛けるのは楽しみだった。



翌日、向かうは都心の大型書店だ。

高尾は出かける前におは朝を確認し蟹座の今日のラッキーアイテムがかさばるものではないことに安心した。緑間が迎えもいらないというので最寄り駅に待ち合わせし電車を乗り継ぎ移動する。到着したそこには沢山の人が静かに買い物をしていて、これだけ広いのに乱れなく並ぶ本からは紙のピンと張った匂いがした。蛍光灯は真っ白で、少し目に痛くもある。

緑間の探す本は見つけにくい場所にあるらしい。二人は広い小説コーナーをそろって探し始めた。

と、幾らも歩き回らずに高尾が本棚の列の間にうすい水色の人物を見つけた。

「あ、黒子だ」
「む」

いつも通り、彼は景色に完全に同化していた。言われてやっと黒子に気が付いた緑間は不愉快そうに、否、ほんの少しくやしげに眉を寄せる。テッちゃぁん、と高尾が手を振れば、黒子は開いた本から顔を上げた。立ち読みの途中だったようだ。

「高尾くん、緑間くん。どうも、ご無沙汰してます」
「いやいやー、こちらこそ!っつかこんなところで会うとかびっくりだわ」
「僕はキミの視野の広さに改めてびっくりですけどね」

こんなに人がいる場所でも有効なんですか、と黒子は驚く。

「あはは照れちゃう!あ、黒子はどうしてここまで出てきたの?」
「少々マニアックな小説を探しに。このくらいの大型書店じゃないと置いてないんですよね」
「へぇ?どんな本?」

高尾は興味津々に尋ねる。黒子は読んでいた本の表紙を高尾たちに見せた。装丁がシンプルにされていて、銀がところどころ光っている。

「これです。『甘い銀砂』といって…」
「! 俺が探している本と一緒なのだよ」

むっつり口を閉じていた緑間が驚き声を発した。黒子はぱっと目を見開いた。

「あ、そうなんですか?丁度二冊ありますよ」

黒子は本棚に残っていた同じ本を引き出すと緑間に手渡した。ざらりとした表面が緑間の右の指先に馴染む。高尾はにかっと笑って緑間の肩を叩いた。

「マニアックなのが二冊も表にあるとか奇跡じゃんな。真ちゃん良かったね!」
「………ふん」

緑間の口から素直な言葉は出ない。ただ、手だけは嬉しそうに本を優しく包んでいた。

黒子は付き合いのない人間でもうっすらとわかるほどにテンションを上げた。

「書き出しから引き込まれます。僕も少し内容を確認するだけの筈が本格的に読み始めてしまって……」
「ふむ、お前がそこまで言うならそれは期待できるな」

黒子は興奮して語り出した。彼は平生自分から進んで何か言い出す性質ではないだけに、その感動の大きさが伺える。

緑間の反応から察するに、黒子と緑間は中学時代も本についてしばしば語り合ったことがあったようだ。また、本の好みにも似通ったところがあるらしい。緑間はおもむろに本を開くと文字の列を目で追い始めた。

「真ちゃん、俺にも」

そう言うと高尾は緑間の肩に手をかけ、ぺたりと頬を押し付けて緑間の手元を覗き込んだ。緑間も自然に本を傾け、高尾に見えやすいようにしている。

数ページ繰って、緑間が感心したように言った。

「ふむ、確かに出だしから良い作品なのがうかがえるな。この作者の言葉の選び方はやはり好みだ」
「…そ、うですね」

黒子は一転ぎこちなく返事をする。気に入った本の話はもう頭になく、一つの本をのぞきこむ二人を見て少し戸惑っていた。

距離が近い……。

高尾の方は普段からスキンシップも多いため行動に不思議な箇所はあまりない。もう片方、緑間が、その距離を許していることが意外だった。

そんな黒子の内心の動揺など知らず、おいてけぼりにされていると思ったのか高尾はぷくりと頬を膨らます。

「えー、二人だけなんかわかりあっててずりい!……あ」

緑間を見上げて言葉を止め、高尾はその目尻に手を伸ばした。

「真ちゃん睫毛転んでる。目ぇつむって」
「ん」

緑間は抗うこともなく大人しく目を伏せ、軽く屈んだ。高尾の親指は優しく彼の頬を滑った。

「とれた」
「ああ」
「………」

彼らの密度はこんなにも高かっただろうか。黒子はますます居づらさを感じていた。この二人のたまごの曲線をなぞるように実に滑らかな行動のひとつひとつが自分の認識している二人の関係性の形と一致しないのだ。

さて、自分で話題をふっておいてなんだが、どう言ってこの人たちから逃れようかと、黒子がタイミングを測っていた時だった。

「くぅぅぅぅぅろこっちぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「えっ」
「は?」
「…はぁ」

阿呆のように叫び黄瀬が現れ、黒子の背後からがばりと抱きついた。黒子はそれはそれは嫌そうに鬱陶しそうにため息をついた。慣れた身のこなしでするりと黄瀬の腕の中から抜け出す。黄瀬はぴーぴー喚いた。

「ひどい!ひどいひどいひどいッスぅぅぅぅぅ!!折角一緒に遊ぼうってなったのにおいてけぼりとかぁぁぁ」
「だって、キミといると騒がしいんで…」
「うぇっ!?えっ!?」
「っていうか一緒に遊ぶって、黄瀬くんが勝手について来ただけじゃないですか。僕が本屋に行くって言ったら…」
「うそぉ!?」

容赦ない黒子による否定の言葉に黄瀬の目尻にはうっすら涙が滲んでいた。なんという残念さ。高尾は爆笑しながら黄瀬に挨拶した。

「ぶはっははは!!イケメンなのにどんだけだー!!はは、はぁ、黄瀬も久し振りじゃんな!!」
「相変わらず騒がしいのだよ」
「高尾っち緑間っちおひさッス!!」

舌打ちでもしそうな緑間にもまるで堪えず黄瀬は明るく笑った。彼は黒子と肩を組もうとしていたが、思いきり払われていた。

「つーか、よく黒子見つけたな」
「先に緑間っち見つけて一緒にいるのに気が付いたッス!!そんで逃げらんないように後ろから!」
「駄犬が小賢しい真似を…」

緑間は不快感を隠さない。一方高尾は黒子が一人ではないことを知り、黄瀬が一方的に黒子につきまとっているのはわかったが、あららお邪魔かな?などと考えていた。ちらっと隣を見れば、本を手に入れて上昇した筈だった緑間の機嫌もどうしてか降下しているようだ。高尾は会話がうまく切れたところで黒子と黄瀬に言い出した。

「わり、俺ら他にも見たいのあるからこの辺でー」
「あ、そうなんスか?」
「うん、また試合でな!真ちゃん、俺月バスの新刊見たい!行こうぜっ」
「え、おい高尾っ」

高尾は緑間の手をとり引っ張った。手首や裾ではなく、手のひらだ。繋いだ手は、高尾だけがきゅ、と握っているけれど振り払われることもない。緑間は本を脇に抱え、ぶつぶつ文句を言いながら高尾についていった。

その様子を見ていた黒子はますますムズムズした、落ち着かない気分になった。

しかし黄瀬が

「仲良しッスね!」

と嬉しそうに笑うので、

「……そうですね」

黒子もそういうことにしておくことにした。

とにかく今日は黄瀬を振り切って、余分なことは考えず心行くまで本を楽しもうか。


甘い銀砂



20121026

あとがき

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