偽空 | ナノ


学校生活とかメンドクセーし、いつだってやる気はひとつもないのだが、今日俺は更に盛大に遅刻して三限と四限の間の休み時間に登校した。遅刻の頻度は増しているし、また呼び出しとかされるかもしれねぇなぁと呑気に思う。

「あ、おはようございます」
「良か。はよ」

教室の入口近くには良の席があり、着席していた良はいち早く遅刻してきた俺に気が付いた。っていうか、教室で俺に話しかけて来るのは大抵コイツだ。他の奴らは、正直俺と目を合わすのすら嫌がっている節がある。原因理由には心当たりがありすぎるので、仕方ないと思っているしどうでもいい。

「あの…もう四時間目ですよ」
「っせーな。来ただけでも良いと思えよ」
「…まったくもう…仕方ないですね」

良は困ったように笑った。俺は良は放っておいて自分の席へと向かう。そしてどかっと腰かけたところで首を捻った。なにかがおかしい、気がする。だけど教室はいつも通り人の蒸れた匂いがして、適当な話題に盛り上がる小さな人の群れがぽつりぽつり。どこもおかしい場所はない。俺の集中が持たないこともあり、うっすらとした違和感は喧騒に散らばった。

座ってから数分で授業は始まった。俺は時間割も確認していないし、勉強道具も出していない。始めからまともに授業を聞く気がないのだ。それでも、失敗した、四限は数学だった。関数とか、んだソリャ知るかっつうの。黒板に引かれる曲線や教師が偉そうに羅列する言葉は俺にとってはただの呪文だ。どことなく魔術っぽい。ちっせぇザリガニくらいだったら召喚できるかもしれない。

あ、ダメだ飽きた。

俺は席を立った。

「センセー、お腹痛いんでトイレ行ってきまーす」

気だるく言った俺を見て、教師は目をつり上げた。空気はヒヤリと落下して、クラスの奴らは居心地の悪さに目を小刻みに動かす。

「青峰、お前はまたそうやって」
「生理っすよせーり」
「お前は男だろうが!!」

馬鹿にして言えば思った通りの反応が返ってきた。でもセンセーというのは、個より全を優先する生き物だ。

「こないだ初潮がきたんですよーいやー生命のシンピですよねー、んじゃ」

数学教師はキャンキャン喚いているけれど俺は教室を出ていこうとした。扉に手をかけたとき、アーモンドみてぇな大きな目が俺を刺した。顔はこちらを向かず、目だけで俺をとらえている。

何だよその目。

良が反抗的な目をするのは初めてだ。文句言いたげな顔をしているのに腹が立って良を睨む。俺は目付きわりぃし、いつもならそれだけで良は震え上がって謝ってくる。だが今日は、良の目は最後まで俺から逸らされることがなかった。

誰ともすれ違わない廊下をぷらぷらと歩いて、いつも通り屋上に向かいながら思うのは、俺はあの目は嫌いだなということだ。突き放していない。見捨てていない。でも理不尽を訴えている。俺には難しいことはわからない。ただ、あの目をしている奴を他にも知っているというだけだ。

屋上の最上部、給水塔の上に寝転がり、俺は空色を見上げた。晴天だ。秋も深まると陽射しは柔らかになってきた。俺は穏やかなスカイブルーを閉じ込めるように目をつむった。鞄をおいてここまで来てしまったので寝る以外にすることがないのだ。それでもあんな箱に梱包されてるよかここにいる方がマシだ。

昨日たっぷり寝すぎて遅刻したということもあって、寝ようとはしても目をつむっているだけで意識は落ちることはなかった。仕方がないので嬉々として堀北マイちゃんのおっぱいのことについて考えた。あれってやっぱ絶品じゃねーかな。形もでかさも極上だ。

そしてその柔らかさについて真剣に考察していたら四限の終了を告げるチャイムが鳴った。どうりで腹が減るものだ。それから三分くらい経ったろうか、屋上の鉄製の扉が開かれ、足音が俺のいる方へと近付いてきた。屋上は本当なら封鎖されているから、入り込む奴はなかなかいない。さつきだったら面倒だな、と思いつつ目を開け体を起こすと、下には弁当を二つ持った良が立っていた。良は危なっかしく梯子を登ってくる。

水色の包みが俺に渡された。

「どうぞ」
「………おう。さんきゅ」
「いえ」
「お前もここで食べてくのか?」
「はい。たまにはいいかなと思いまして」

俺の正面に腰を下ろした良に訊けば、ダメでしたか?そう良は首を傾げた。別にダメじゃねぇけど、と俺は呟いて、目を押さえる。

「どうしたんですか?」
「いや…」

さっきあんなに穏やかな空を見たせいだ、そうに違いない。それから弁当の包みもか。ちらちら、ちらちらと空色が目の奥で暴れて仕方がない。

すると、良は俺の目元を気遣わしげに指で撫ぜた。


「大丈夫ですか、青峰くん」


「ッ!」

俺は良の手を弾き飛ばした。心臓がキンと冷えていく。良は、今、俺をなんて。

「ちょっと、痛いじゃないですか。いきなりなにするんですか」
「やめろ」
「…何をですか、青峰くん」
「やめろっつってんだろ!!!!」

俺は叫んだ。胸の中の一番触れられたくない部分をこれでもかと弄くり回される。わかってやってるんだコイツは。わかって、良はテツの輪郭を真似ている。

しかしそれはあまりにも不完全で、どうしてもベースは良だ。そのズレがいつもより小さな分口に含んだ砂利のように思い知らす。

コイツは桜井良なんだ、黒子テツヤはここにはいない!

「青峰くん」
「やめろ…!!」

なんてタチが悪いんだ。ぞわぞわと首筋を悪寒が走る。自分から捨てたはずの、いや、受け入れてしまったあの喪失感が煽られる。だが、良はやめてくれない。

膝を抱え直して良は薄く笑って見せた。

「だってキミ、ひどくないですか?知ってるんですよ?側にいるのはボクなのに、ボクを見て、いつも、一体誰を想っていたんですか?中途半端なことをして、キミの心は満たされましたか?ねぇ」
「――ぅ」

良は、気付いていたのか。俺はやめろの三文字すら言えなくなっていた。羞恥よりも先に出てくるのは罪悪感だ。

馬鹿なことを考えないとあの姿が浮かんでしまうほど、そして、その姿を良に重ねるくらいに俺はテツに焦がれ続けていた。

自分より低い位置にある頭を見ては、テツはもっと小さいなとか細くて頼りなかったなとか、柔らかな髪に触れては、テツの寝癖は酷かったとか。くるくるとした茶色の瞳も、あの大きな空色とはまた違うな、だとか。さっき嫌いといったあの眼差しにしたって、実は強がって嘯いただけだ。いつだって俺は良を見てはあの頃を懐古していた。

俺はずっと良のことなんて見ていなかったのだ。

穏やかな表情を保つ良を、俺は初めて良として見る。どうして俺は、コイツをテツに似ているだなんて思ってしまっていたのだろう。たかだか敬語が似てるくらい、見た目がなよっちいくらいで、こんなの全然違ぇじゃねぇか。

良にとって、蓄積されていた歪みに耐えきれなくなったのが、きっと今日だったのだろう。コイツは俺の目にまったく映ってないことを知ってきて、今まで、ずっと。

「でもね、青峰くん。ボクは、キミのことが好きですよ」

良はやはり笑みを浮かべた。

そして俺は一番最初に感じていた、あの違和感の正体がなんなのかを知った。



怒りに狂った桜井良は、どうやら謝罪をしないらしい。



偽空


20121023

back



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -