きまぐれねこ1 | ナノ


猫を拾った。黒い猫だ。拾ったというより、保護したというのが正しいかもしれない。

出会ったのは習慣になってしまった病院からの帰り道で、そいつはぐったりと道路の端にうずくまっていた。

最初は猫の死体かぁとちょっとばかり嫌な気分になったのだが、通り過ぎる時にちらりと目をやれば偶然静かに光る二つの金色もこちらを向いていた。もう死んでいると決めつけていたから驚いた。生きているのなら野良猫と言えど放ってはおけない。どうしたものかと足を止めると、黒猫は直ぐに俺から目を逸らして、閉じた。

俺はもういいや、なんて言いそうな諦めきったその目が嫌いで、ろくな抵抗もできないその猫を抱き上げると初めて動物病院というものに向かった。諦めさせてやるもんかと思ったのだ。担当になった獣医さんはいい人で、衰弱はしているが直ぐに回復すると微笑んだ。

猫を飼いたいと言うとじぃちゃんとばぁちゃんは驚いていた。が、反対はしなかった。むしろ一匹家族が増えることを楽しみにしてくれていた。

そしてなんとか元気になった黒猫は…………最初全くと言っていいほど人になつかなかった。悲しいことに俺には更になつかなかった。単純に野良猫だったからかもしれないし、もしかしたら人間に虐められていたこともあったのかもしれない。唸りながら餌を食べるし、俺が撫でようと手を伸ばすと嫌がって八割は引っ掻かれた。別に親切の押し売りをする気はなかったが、家族になったと思っているのは自分だけなのかと考えるとちょっとばかし寂しくなった。

でも一ヶ月も経つとお互い距離を測れるようになるらしく、たまに、極めて稀に、向こうから擦り寄って来るようになった。二ヶ月めには、黒猫は俺が何か悩んでいると必ず側に寄ってきて、ざりざりした舌で俺の膝を舐めるようにまでなった。しかも決まって右膝だった。別に俺の膝から美味しいモノが出ているなんてことはないと思う。野生の本能で怪我がわかるのだろうか?

でも嬉しくなって調子に乗って撫でるとやっぱり引っ掻かれるしそっぽを向かれる。おそらくそれがその黒猫の性質で、もとの性格はそう簡単に変わるものでもないらしい。

そんな行動の端々が、似てるな、と単純に思ってしまったのだ。

「………ひゅーが、」

俺は黒猫をそう呼ぶようになった。





「ダァホ。そりゃ猫缶だろーが、木吉」

テツヤ2号の餌の買い出しのために寄った店で俺は猫缶を手にとっていた。しかもちょっといいやつ。勿論今頃おうちでのびのびしているであろうひゅーがへのお土産候補だったのだが、人間の日向はまだそのことを知らなかった。

「うん、そうだな。これはうちの分だ」

そう答えると、日向が何やら憐れなものを見るような目をした。

「…それ、猫用だから人間は食べらんねえぞ?」
「ん? 知ってるぞ?」

日向はこて、と首をかしげた。

「? ……お前、猫飼ってたっけ?」

自然に出た仕草がちょっと可愛いなぁと思いつつ、俺は頷いた。

「ああ。わりと最近な」
「…ふーん……」

日向は俺の手元を見やる。うっすら残るいくつかの引っ掻き傷に頷いていた。あまりペットに興味はないのかな?

しかし直後こちらに顔をあげた日向の目はキラキラと輝いていた。

「どんな猫?写メとかねぇの?」

……………あれ、食いついたぞ。

最初の反応が素っ気なかっただけのようだ。日向のテンションを上げるのはバスケと戦国武将だけだと思っていたんだが、猫もなかなかいい仕事をするらしい。俺は携帯を操作してひゅーがの写真を見せた。

「黒猫かぁー……かわいいな…」

俺の前でまたも珍しく、日向はなごんだ声を出した。携帯を手にとり嬉しそうに画面を見詰める日向を見て、俺も嬉しくなったが、

「名前は?」

と訊かれて、ああーしまったぁーと思った。普段から変人天然と言われ続けているので自分の感覚に自信はないのだが、どう考えても自分の名前をペットにつけられていると知ったら――引くよな。

「…………………………………クロだ」
「その妙なタメはなんなんだよ。っつか捻りなさすぎだろ」

でもかわいいなぁ。言いながら日向は俺に携帯を返した。そしてまた、つんっとした態度に戻り、一番安いドッグフードをレジへと持っていった。

そのあと、うちに帰るまで、日向の緩んだ表情を見ることはできなかった。



うーん、ああいうのを、ツンデレって言うのか?

「なぁ、ひゅーが」

俺は嬉しそうにお土産のちょっといい猫缶を食べている猫のひゅーがをしゃがみこんで見守っていた。話しかけてもひゅーがは答えず黙々と(唸る癖はなくなった)猫缶を消費している。いつもより食いっぷりがよく、お気に召したらしい。えさ入れは間もなく空になった。

「ん、お粗末様。美味しかったか?」

やっぱりひゅーがは答えないが、ペロペロと最後の欠片まで残さず食べようとしている姿が意地汚くて微笑ましかった。愛しさあまって頭を撫でようと手を伸ばす。

「そーかそーかぁー、いい猫缶だったもんなぁー。よかったにゃー…いてっ」

ぴりりとした感触が右手の甲に走った。さわんじゃねーよとばかりに思い切り引っ掻かれたのだ。どうやらご機嫌を損ねてしまったみたいだ。ひゅーがはじとりと俺を見上げる。そして、男子高校生がよかったにゃーとかバカじゃねぇの、と鼻を鳴らした。

…うん、ツンデレ(?)は難しいなっ。



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