息ができなくて、火神はもがいた。瞳孔から映り込む世界はどこまでも真っ白だ。その中でバタバタと暴れて、暴れ続けて、次第に体力も気力もすり減っていった。もう諦めてしまおうか。このまま白く掠れてしまおうか。質量を増す諦念は思考力を低下させていった。 しかし、気がつくと首にはもう、火神を押さえつけるてのひらはなかった。 ――じゃあ俺は一体どうしてこんな風に窒息しているんだ。 瞼を上げると、真っ白な天井が目にはいった。ひゅう、と喉が鳴る。苦しさは残っているが呼吸は出来るようになっていた。全身が重い。戦闘時は主に後方支援であったし肉体的にはそこまで激しく動き回った覚えもない。それでも黄瀬を傷つけることのできたあの弾丸は負荷の大きいものだし、もしかして自分は無理をしていたのかもしれない。 火神は視線だけ動かして周りを確認する。左には陽光を呼び込む大きめの窓、右から足元にかけては桃色のカーテンが引かれて個人的な空間になっている。清潔感溢れるここはおそらく、病室なのだろう。ぼうっとしていると火神の影から、ずるりと黒子が現れた。 「おはようございます、火神くん。やっと目が覚めたみたいですね」 「…あぁ」 火神はかったるそうに返事をした。そして、黒子に名前を呼ばれたことで、そうか、自分は生き延びることができたのだと改めて実感した。 しかし、すぐに血相を変えて跳ね起きた。 「小金井さんは無事なのか!?」 問い掛けた言葉は悲鳴に近かった。火神の頭の中に赤と白が蘇る。あんなに血を流していたのだからただで済むはずがない。急激に体を動かしたための痛みと軋みを堪えつつ、火神は黒子に詰め寄る。黒子の声を、神に祈るような気持ちで待った。 黒子が口を開いた。 「…彼は、血を流しすぎました。正直かなり危ない状態だったのですが、日向さんの使い魔…いえ、式神ですか。それがやって来てくれて、君と一緒にすぐに病院に搬送されたため、事なきを得ました」 それでも暫くは入院ですが、良かったですね。彼の物言いは無感動にかさついていたが、火神は傷ついた小金井の名を叫んだ黒子を知っている。再び気が抜けた火神は、ぼふりとベッドに逆戻りした。 「…良かった…」 今度こそ不安の塊が肺から出ていった。バカな自分にも未知でしかない黒子にも明るく優しく接してくれるあの人を、火神は守れはしなかったけれど決して失う訳にはいかなかったから。そうして、暫く喜びに浸りたいとも思ったが、気になることと知らねばならないことはまだ山程あった。 「なぁ、あのあと何がどうなったんだ」 ぱさ、と乱れた前髪の少し下には強い光の戻った赤く錆びた目がある。真っ直ぐ自分を見ていることがわかっているから、黒子は口を結んだ。 火神は仕留め損ねた黄瀬に首を絞められ、抵抗虚しく意識を失った筈だ。正直、何がどうなったら今こうしていられるのか全くわからない。 ずっと「何もできない」と言われて無意識に戦闘力に入れていなかったが…黒子が、黄瀬を追い払ったのだろうか。それなら黒子が黄瀬にあそこまで執着されていた理由もわかる。 しかし、予想や期待通りに事は運ばない。 「僕もよくわかりません。ただ、黄瀬くんはいなくなって君は助かった。それだけです」 そうとだけ言って黒子は目を伏せた。随分と乱暴な話の終わらせ方だ。踏み込むなという拒絶がよくわかる。 だけど、火神は黒子の拒絶を無視する。踏み込まないと何も変わらないし、始まらないのだ。 「嘘だな?」 「……」 嘘だ、そう切り捨てればやはりなにもなかった。火神は静かに尋ねた。 「なぁ、黒子。お前は一体何を知っていて、何を隠しているんだ?それから何を、おそれているんだ。あと、あの時は言わなかったけど、黄瀬が嫌がった聖書の一節、あれは、」 そこで火神が口をつぐめば、しん…と火神と黒子の間から音が消える。黒子はやはり、答えない。 そして黙ったまま、ずぶずぶと火神の影の中へと沈んでいった。 火神はその影を見て、ため息をついた。 話して貰えないのだろうか。話して貰えるほどの信頼を得られていないのだろうか。悪魔と馴れ合うことの危険性と愚かさを火神はわかっているつもりではあったけれども、でも、黒子とは良い関係を築きたいと思っていた。それだけに落胆は大きい。 どうすれば彼を知ることができるのだろうか。 「――悩んでたら、腹減ってきた…」 火神は自分の胃の辺りを軽くさすった。 言わない言えない言いたくない 20121016 back |