祓魔師パロ10 | ナノ


※ややグロ注意



「これが調査報告書だ」

秀徳怪異博物館の応接間にて。

副館長の大坪はテーブルの上に伊月と土田に向けて茶封筒を差し出した。茶封筒の表には「秀徳怪異博物館 調査結果資料在中」と印刷されたシールが貼ってある。中身は黒子について解析した資料なのだが、厚みはほとんどない。伊月は戸惑いつつもそれを受けとった。

「ありがとうございます…ですが、何故副館長が直々に?」
「まずは今回、ひとつ謝罪しなければならないことがある」

副館長・大坪は言う。

「一度この案件についてこちらは『解析不可能』の一言で済ますことになるところだった」

あまりにも情報が少ない上、影にまつわる怪異にはひとつも当てはまらない。何をするでもなくただ人の影に潜んで、人と同じ時を過ごすだけ。その上人のかたちに顕現できる。

秀徳の博物館員もお手上げだった。彼らが今まで蒐集してきた情報の山の中に、黒子はいなかったのだ。

「――だがうちの新人のひとりが、"そとくに"の怪異のひとつを引っ張ってきてな。しかも向こうの文献でも記述はほとんどないものだ。俄には信じがたいが、うちは誠凜事務所に住み着いた怪異はその怪異だと断定させてもらった」

伊月は大坪に会釈して封を切った。中身は紙一枚で文章自体もあまり長くはない。目で文字の列をなぞっていく。失礼になるかとは思いつつ土田も脇から報告書を覗き込む。

二人の顔色が変わった。

「これっ……じゃあ火神は…………!?」

絶句する二人を見て大坪はため息をつく。

「早急な対応をおすすめするよ。なんならうちでも協力しよう。洛山に協力を仰ぐのも良いかもしれないな」
「副館長、ちょっと」

ガチャリと扉が開かれ、大坪は眉をひそめた。伊月はそちらに目を向ける。つり目気味の青年が立っていた。

「すまない、コイツがその新人なんだが。――高尾、どうしたんだ」
「いや大坪さんはいいんですよ」

高尾は伊月と土田を見て、困った風に笑った。

「いきなりで申し訳ないんすけど……多分、早く帰らないとヤバイことになりますよ」





ぼたぼたと背中から血液が流れ落ちていく。小金井はうつ伏せに倒れた。詠唱中の火神は小金井の身を案じて叫ぶことも出来ない。全部が無駄になってしまう。その代わりに黒子がいつになく焦った様子で小金井の名を呼んだ。

「小金井さん!!」
「ハ…、やべー…いっ…てー」

小金井は、はっはっと浅い息を繰り返した。痛い、上に痛い場所が、深い。これはもしかして筋肉までざっくりやられてんじゃないかと小金井は冷静に判断した。

でも、これならば。小金井は皮肉に笑う。強い光を宿したまま小金井の目が黄瀬を捉えた。

「へぇ、少しは避けたんスか。まだ随分元気そうッスね。でもそこで暫く這いつくばっててくんない?」
「…い…ことおしえてやるよ…っ」
「?」

喋り始めた小金井を黄瀬は怪訝に見下ろす。

「けつえきにはなぁ……!!」

小金井は叫んだ。

「鉄が含まれてんだよッ!!」

同時に彼の手元から赤い閃光が走り、黄瀬を取り囲んだ。赤いガラスのような膜が張られ、歪なショーウインドウに閉じ込められているかのような状況だ。

黄瀬はため息をついた。

「だからさァ、こんなもん…、アレ?」

黄瀬の指が確かにパキリとうすはりのような一枚の結界を割った。手応えに黄瀬は首を傾げた。彼の指は薄赤のガラスの外には出ない。

小金井はしてやったりとでも言いたげな笑みを浮かべた。黄瀬は歯軋りをする。

――多重結界。

あの一瞬でコイツはどれだけの結界を作り上げたんだ。

「クソッ!」

黄瀬は力任せに結界を叩き割り始めるがうまくいかない。小金井の体内の金属を使用することで一枚一枚の強度が上がっているのだ。その上結界の赤色と威力は増していく。ただ、それは即ち小金井の体からそれだけ血が抜けていっているということだった。

「黄瀬くん…暫くさようならですね」

赤い檻の中でもがく黄瀬を見て、黒子はぼそりと別れを告げる。そして、

「"――静けさも、やすらぎも失い
 憩うこともできず、わたしはわななく"っ!」

詠唱が終わるのと同時に火神の放った弾丸は小金井の結界ごと黄瀬の胸を撃ち抜いた。

やかましい鈴の弾けるような激しい音がした。

「あ…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

胸に開いた空洞からは向こう側の景色が見えた。黄瀬は倒れ、断末魔が空に響く。暫くすると遂にそれも途切れ、辺りを静寂が包んだ。

「ッ!、小金井サンッ」

火神は小金井に駆け寄る。顔が白い。血を失い過ぎたのだ。赤と白の対比にぞっとした。火神は自分の上着を脱ぐと小金井の体を包んで縛りあげた。黒子からもパーカーを奪うとそれを使って傷口を更に圧迫する。一応止血なのだが、しかしこれでは気休めにしかならない。火神は携帯電話を取り出して救急車を呼ぼうとボタンを押す。が、繋がらない。

「なんで…」

火神は携帯電話の画面を見直す。そして目を見開く。圏外になったままだった。

「火神くん!!」

黒子が悲鳴をあげた。気が付いた時には、火神は黄瀬に押し倒され首を締め上げられていた。

湿った土の匂いが鼻腔を擽るのに、息は肺に入っていかない。黄瀬の胸からは赤い液体がぼたぼたと音をたてて火神へと滴り落ちて服を染めていく。

「…〜〜ぐ、ぅ」
「は、はは、惜しかった、ッスねぇ」

黄瀬の方も余裕はない。息も絶え絶えな様子で語る。

「あぶねぇ、しんぞう、全部もってかれてたら、一旦消えちゃってたっつうの」
「ッ、あ゛」

火神は黄瀬の腕を引き剥がそうと躍起になるが、黄瀬の腕は外れない。その上黄瀬の体力の都合もあるようで意識が落ちることもなく喉を圧迫される。

「黄瀬くん!!やめて、やめて下さい!!」

黒子も黄瀬の腕を掴んで火神から引き剥がそうとするが、簡単に振り払われてしまう。黄瀬は粗い息のまま黒子に笑いかける。

「黒子っち、ちょっと待っててね!もうすぐ、あと少しで終わるッスから」

しかしその柔らかな笑顔が、ずるずると変容していった。顔の左半分が、明らかに人の顔ではなくなっている。黄土色のぼこぼことした表面が現れ、瞼も唇も腫れて、耳は潰れて、とても、見ていられない姿になっていた。腕も、健康そうで滑らかだった肌は見る影もない。人の姿を保てていない。

これが、黄瀬涼太の本質なのだ。

黒子は嘆息した。もう、黄瀬に掴みかかってどうこうしようともしない。意識を失いかけている火神の目を覆うようにそっと掌を置いた。黒子の行動を見て黄瀬はやっと自分のところに来てくれるのかと目を輝かせた。いよいよ意識が落ちそうな火神は黄瀬の腕を掴むことも出来なくなっている。

そして黒子は凪いだ目のまま呟いた。

「…そんなに醜いキミのことなんて、――"僕は知らない"」

言葉を聞いた瞬間、火神は体が熱くなるような、軽くなるような、弾きあげられたような、そんな訳もわからないようになったのだが、意識は真っ白に飛んでしまってあとは一体何がどうなったのか、知れない。


ぼくはしらない



20121011

 

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