祓魔師パロ9 | ナノ
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そのまま火神たちはとある自然公園内に駆け込んだ。管理が行き届いていないのか人の気配がない。ただの林に近いかもしれない。小金井の説明では内部には社があったりするのだという。

適当に開けた場所で足を止め、二人は荒くなった息を整えた。粟のような汗の粒がまとまって顎を転がり落ちる。黒子もずるりと火神の影から出てきて、硝子のような眼で二人を見守っていた。

ふー、と小金井が長く息を吐き出した。

「とにかくカントクに応援要請しようぜ。気は抜けねぇ、俺が応戦するから火神電話してな」
「うす…………って小金井サン」

携帯を手に火神は眉を寄せた。

「ここ圏外…」
「うえぇっ!?って俺もだ!式(式神)も飛ばせないしやっぱやべぇぇぇぇ」

小金井の狼狽え具合を見ていると恐らく普段は電波が届くのだろうと火神は思った。力のあるゴーストが近くにいるだけでもよく起こる現象だ。黄瀬ほどの悪魔なら広範囲の電波妨害も不可能ではないだろう。

黄瀬はどう頑張ってもバラバラに別れて対抗できる相手とは言えない。電波を探そうにもきっとあの上級悪魔のことだからそう簡単にはいかない。

残された選択肢は二人で戦闘する。その一択だけだった。

「いやー、ちょっとびっくりしちゃったっす!やっぱアンタら祓魔師さんだったんスね」

そうこうしているうちに再び黄瀬は現れた。陽気な声が黄瀬の抱えた邪気とちぐはぐで、不快だ。怯えているのか黒子は火神の背後に隠れた。

「こっちの結界って作りが独特ッスね!金属元素に魔力のせたものっスか?
 んでさ、殺した方が早いけど訊いてあげるね。なんで君ら祓魔師が黒子っちと一緒にいるの?そうだなー…黒子っちくれたら、何もせずにアンタら解放するよ?」

物騒な言葉も混じった黄瀬の交換条件を聞いて火神は首を捻った。黒子に目をやる。

「俺はまぁ…別にどうでもいいんだけど……」
「えっ」

黒子は抗議を含んだ声を上げた。『どうでもいい』発言はちょっとショックだったらしい。小金井はアハハと明るく笑い、火神の言葉を引き継いだ。

「まだちゃんと聞いちゃいねぇけどこの様子だと黒子は嫌がってるじゃん。嫌がってるんだったら、守らねぇ訳にはいかねーって!」

なぁ?そう言って、にひ、と小金井は黒子に笑顔を向けた。悪魔を守るだなんて、黒子には本当にこの人たちの行動の基準がわからない。でも、黒子は眩しそうにその笑顔を見た。

一方黒子を見詰める黄瀬の黄色い瞳は一気に冷えていった。ぎちりと歯軋りをする。

「……交渉決裂ッスね」

黄瀬がそう言い切った途端、ずしんと空気が重さを増した。

誰もはじまりの合図なんてしていない。だが、もしかしたら、彼ら自身が持つ生存本能がサインを出したのかもしれない。火神と小金井は同時に攻撃を始めた。

火神は黄瀬を追って発砲し、小金井が銃弾に追いかけられ行動パターンが多少わかりやすくなった黄瀬を結界で囲もうとする。

陣を形成する際、小金井はもうわざわざ小銭をばらまいたりなどしなかった。

「ココの土壌は金属の含有率が高いんだ。どこだって陣を作れるんだぜっ!!」

そして小金井による可塑的な攻撃が始まった。真下に形成された陣から逃れるように黄瀬は高く飛び上がるが、それまでに出来上がったいくつも陣を基点に更に大きな陣が出来上がる。それらは黄瀬を閉じ込めようとするだけでなく内側に向かって槍のように尖り突っ込んでいった。

致命傷まではいかないが手負いにさせること位は出来ただろう。小金井がそう確信した瞬間――結界が砕け、さらさらと輝いて宙に舞った。小金井は驚愕した。

黄瀬はひとつも傷つくことなく立っていた。

「な…ッ」

黄瀬が指を振ると、火神に向かって三日月型の鋭く尖った何かが飛んでいった。慌てて小金井が火神を守るための結界を作るが、三日月の一部は結界を切り裂き、火神にいくつも切り傷を残した。

つまり、いつも通りに張られる小金井の結界は気休めにしかならなくなっていたのだった。その上ここまでの黄瀬からの攻撃は彼にとってじゃれているようなもので、謂わばライオンが獲物をいたぶって遊ぶ行動に似ている。火神の銃弾を避ける時でさえ、黄瀬に追い詰められた様子は微塵もなかった。

「あんな結界一個壊せば造りなんてわかるんスよぉ……でも飽きた、ちょっとめんどくなってきたなぁ」

黄瀬は鬱陶しそうに形の良い眉を歪めた。

「言ってる暇かよ!!」

そんな余裕丸出しの黄瀬に火神はもう一度発砲した。黄瀬は指先で円形の防御壁を形成し、銃弾は弾かれ地面に転がった。

しかし火神は迷いなく再度黄瀬に照準を合わせる。黄瀬は理解できないと呆れた。

「無駄だってわかんねぇスかぁ?そんな銃弾、ッあ」

ダンッ、と再び放たれた銃弾は黄瀬の防御壁を突き破り――黄瀬の顔面の左上を吹っ飛ばした。銃弾のサイズからは俄には信じられない破壊力だ。黄瀬は衝撃で後ろにひっくり返った。小金井が快哉の声をあげる。

「えっ、すごっ、とりあえず火神ナイスだ!」
「っはー…。純聖銀製の弾丸って高ぇから使いたくないんだよ…あとこれやると神経使うし」
「火神くんて、随分器用なことが出来るんですね」
「……………おい。黒子お前今までどこにいた?」
「隠れてました。危ないんで」
「………………………」
「いたいです」

いけしゃあしゃあとのたまう黒子は火神にギリギリと頭を握られた。見かねた小金井が間に入る。そんな場合ではない。二人と一柱は倒れたままの黄瀬から出来る限り距離をとった。

「とりあえずこの後のことなんですが…」

黒子は火神と小金井に耳打ちした。話を聞き終えた小金井はむつかしい顔をした。

「…つか…火神それ出来るの?」
「多分いけるっす」
「………………なんでお前は下級丙種なんだよぉ…」

小金井はがっくりと項垂れた。

「戦略は練り終わったッスかぁ?」

妙な明るさを含んだ声を聞いて火神は舌打ちした。声の主は勿論黄瀬なのだが――回復が早すぎる。起き上がった黄瀬の左頭部はぱきりぱきりと音を立てて再生されていた。

さっきの弾丸は聖銀製の上等なものだった上に、火神の持つ霊力をのせて破壊力を向上させた特別製だ。中級悪魔くらいなら一発撃ち抜かれただけで滅せられてしまうほどの威力を持っている。撃ち抜いた場所も急所のひとつである頭部だった、なのに。

火神の動揺を読み取って、黄瀬は笑う。

「悪いけどそこらの奴らとは違う体の作りになってるんスわ。聖銀の銃弾でももうちょい早く回復するハズなんスけど…うーんアンタのこと侮ってたみたいっスね。術者の力のこもった銃弾受けるのは久々ッス。
 でも頭狙うのはやめて欲しいスね。気に入ってるんスよ、この顔」

黄瀬の目は殺意の延長線上に快楽が存在していることを知っている目だった。狂気に満ちた琥珀の瞳がすっと細められる。

「あっそ、顔は知らねぇけど、まぁ評価いただきありがとうゴザイマス」

覚えたての敬語を使って、はんっと火神は笑い返した。そして彼の周りに結界が張られる。作ったのは小金井だ。結界内の火神はすぅ…と息を吸い込んだ。

「その日は闇となれ。神が上から顧みることもなく光もこれを輝かすな――」

火神の唱える言葉を聞いて黄瀬の端正な顔はいびつに歪んだ。

「黒子っちぃ、余計なことしないでよ」

火神と共に結界内でしゃがんでいる黒子は言う。

「いくら君でも君の苦手な一節を詠唱して威力を底上げした弾丸食らったら痛いでしょう?正直この状況は平等じゃないので」
「そりゃどーだかね。そいつの近くにいると危ないよ?黒子っち、うまく避けてね」

今度こそ本気で黄瀬は攻撃を仕掛けようと動いた。すかさず小金井が黄瀬を結界で囲う。込めている霊力を増大させたのか強度が随分上がっている。

ちろり、と黄瀬は小金井に目を向けた。

「――取り敢えずあなたは引っ込んでて欲しいッス」

ついっ、と軽く黄瀬が指を振った瞬間だった。結界は砕け、小金井の背中には袈裟懸けに、五つの刃が襲って来ていた。


言わなくてもわかるよ



20121009
20121010

 

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