祓魔師パロ7 | ナノ


気が付けば桜は儚く散り、すっかり勢力を拡大させた新緑が眩しく輝き始めている。時間というのは存外早いもので火神たちが誠凜祓魔事務所に入ってもうすぐ二ヶ月が経とうとしていた。皆、仕事にもすっかり慣れた頃合いだ。

この二ヶ月間、細々とした依頼だったら山ほどあったが、それとは別に久し振りに大きな任務が転がりこんできた。今、事務所メンバーは真面目に概要を説明するリコに視線を向けている。

祓魔対象は、河の水神、上級の神だ。

昼から祈祷を織り混ぜての大がかりなものになるらしく、事務所のほぼ全員が駆り出されることになった。

「――と、いう風に水神を殺す、なんて場合もないわけじゃないけど…正直神殺しのリスクは高いなんてもんじゃないわ。どうにか示談に持ち込みたいわね」

本来穏やかな性質だったその水神は人間が持ち込んだ廃棄物から"穢れ"を押し付けられたせいで理性を失い、邪神に堕ちてしまったという。人間には自業自得な現状だが、だからといって祓魔師として、人間が河に飲み込まれてしまうのを見過ごす訳にはいかない。このままでは河のために清掃作業にあたることも出来ないのだ。梅雨に入る前にカタをつけたい。

「だから…火神くんは留守番ね」
「うえっ!?」

大きな任務に不謹慎にもわくわくしていた火神は、リコに留守番を言い渡され目を見開いた。

「なんでっすか!俺、別に足引っ張ったり…」
「こっちじゃ下級丙種でしょーがアンタは」

今回のような事例では下級丙種はいてもいなくてもあんまり変わらない、むしろ邪魔かも、という評価だ。肩書きは信頼にもつながる。実力はあっても信用されないなら話にならない。その上今回は祓魔師を統括する機関である"洛山神社"直々の要請だ。

「降旗くん福田くん河原くんは良い経験になると思うから、心して参加するように」
「所長!」

火神が苛立ったようにリコを呼ぶ。そんな火神の後頭部を日向はぺしりと叩いた。

「うっせーぞ火神、ダアホ。ついでに言う。火神には黒子がいるだろーが」
「!!」
「僕ですか」

一緒に話を聞いていた黒子がぱちぱちと瞬く。突然名前をあげられて、少し驚いているようだ。

「今回の任務はかなりデリケートなものだろう。黒子は今、俺たちにはどんな存在なのかわかっていないしどんな影響を及ぼしてしまうかもわからない。一応危険因子なんだよ」

火神は反論の余地もなく黙り込む。日向の話を聞いた黒子もまぁそれもそうですか、と頷いた。

「だから、火神と黒子と、念のためコガは留守番よろしくね」
「………ハイ」
「おうっ、りょーかいっ!!」

最後に伊月が話をまとめ、火神は嫌々ながら、小金井は楽しそうに返事した。



事務所を出発した一行のうち、伊月と土田がじゃあこの辺で俺たちは行くね、と言い出した。リコはそんな二人に頷いた。

「よろしくね」

新入り三人はどういうことか全くわからない。今いる全員で討伐という話だったじゃないか。そのまま伊月と土田は目的地とは全く違う方向の列車に乗っていった。逡巡した後についに福田が日向に尋ねた。

「伊月さんと土田さん、どこに向かわれたんですか?」

訊かれた日向は端的に答えた。

「秀徳怪異博物館に用事があってな。あいつらにはそっちに行くように頼んであるんだよ」

博物館?ますます意味がわからず新入りは首を傾げる。

「ま、後で説明すっから。ほら急ぐぞ」

どっかのバカに構ってたから時間押してるんだよ。舌打ち混じりに日向は毒づいて歩く速度を上げた。

――ここでは話せないのかな…?

察しの良い新人たちは黙って彼に続いたのだった。





たまにかかってくる祓魔依頼の電話と直接な依頼者に対応するだけで時は過ぎていった。帰国子女の火神がそれらの対応をするのはリスクが高すぎたため、ほとんどを小金井がこなした。空き時間はひたすら火神に敬語のなんたるかを教える。常に敬語で喋る黒子にも手伝わせた。小金井の授業は火神にとって面倒だがためになる時間となった。

時計の短針が一時に差し掛かっているのを見て、小金井は火神に声をかけた。

「そろそろ昼飯にすっか。火神は弁当あるのか?」
「いや、ないっす」
「じゃあ買いに行くかぁ。コンビニで良いかなぁ…。事務所空にしちゃホントは駄目だけど、ちょっとならいっか。皆で行こうぜ」

小金井は悪戯っぽく笑った。電話は留守電に設定して事務所を施錠し、鍵を出口の郵便受けに放り込んだ。

梅雨に入りかけているこの時期は、空気が湿気ていてほんのりと重たい。今日は曇っているから尚更だ。そういえば、水神に会いに行った事務所の人たちはうまくやれているだろうか。火神は任務に出かけた彼らのことを思った。

昼過ぎの事務所前は案外人がいてざわざわしていた。そこそこ立地が良いのだ。火神はいつも通り見えない位置に銃器を身に付けたまま小金井についていく。黒子もふらふらと火神の側を歩いた。

小金井は黒子に話しかけた。

「そういえばさ、黒子はご飯ちゃんと食べてるの?」
「……気が向いた時にですかね」
「言わなきゃ全然食わねっすよコイツ」

火神が口を挟んだ。小金井は目を見開く。

「えー!大きくなれねぇよ?…って黒子は妖だったな、ははっ。そんでもバニラシェイクは飲むんだ?」
「えぇ、大好きです。あれには感動しました」

バニラシェイクという単語に黒子は目を輝かす。あまりに生き生きとした表情を見て小金井は驚いた。

「そこまで!?つーか妖に感動されるマジバってすげぇな!」

確かにあそこのチーズバーガーはウマイ、と火神はマジバの凄さについてなんとなく納得していた。

その後もとりとめのない話をしていると、何かに気をとられて小金井が足をとめた。

「なんだ、あの人だかり」

小金井の視線を追うと、小さな集団が見えた。道端で迷惑なことだ。女性がほとんどで中心の男に何やらきゃあきゃあ言っている。火神にはよくわからないが、きっと有名人なのだろう。黄色い髪の男の顔は随分整っているように見えた。

小金井があっ、と声をあげた。

「あれモデルの黄瀬涼太じゃん」
「モデル、すか」
「うん。最近有名になった人だよ、俺でも知ってる位だしね」

小金井が火神に軽く説明をしていると、黒子が火神の服の裾を強く引いた。不覚にもほんの少しよろけた。

「おい、何すんだよくろこ」
「小金井さん、火神くん、早くコンビニに行きましょう。それか帰りましょう。早く」

黒子は切羽詰まった様子で言った。こんなに焦っている彼を見るのは初めてだったので、いつにない姿に疑問を抱きつつも火神と小金井は静かにその場を去ろうとした。しかし。

「ねぇ」

若い男の軽やかな声が明らかに三人に向かって発せられた。振り返れば、人の良さそうな笑顔を浮かべた――黄瀬涼太が立っていた。小金井は初めて間近で見るモデルという人種に圧倒されていた。迫力がある。しかし次には彼の視線の方向に疑問を抱いた。彼の目は自分に向いていない。火神も見ていない。

黄瀬の目は、黒子に向いていた。

「ねぇ、」

どうして彼は黒子に話しかけている?黒子は正体不明なただの妖ではないのか?

黄瀬は尚も黒子に話しかける。

「こっちで使ってた名前って何だっけ?呼び名はイノスとか、イグノラだったけど…ああ、"黒子テツヤ"、黒子っちだったッスね。――ずっと、ずっとずっと会いたかったんスよ?」

その唇は愛を囁くような甘さのある言葉を紡いでいるのに、ざぁっと黄瀬の周りが一気に邪気に満ちた。隠す気がないほどの重いそれが垂れ流しになっている。悪意が肌を刺すようだ。火神と小金井の中の本能がこいつはヤバイ、と警鐘を鳴らしまくる。鳥肌が止まらない。

あまりにも禍々しい空気の中、黄瀬は最上の笑顔を浮かべた。

「久し振りッスね、黒子っち?」

三人は弾かれたように走り出していた。


きっと逃げるが勝ち



20121005

 

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