黒こげハンバーグ1 | ナノ


僕だって男なんです、と桜井は常々思っていたりする。

確かに自分の作る弁当は趣味もあって多少(周囲の人間が語るには大いになのだが)女の子らしいものだったりするし、自分の部屋には可愛いぬいぐるみが置いてあったりする。でもそれと桜井自身の男らしさは違う。桜井はそう、信じている。しかしそんな彼の主張が彼の関わる人々に伝わることは、まずなかった。





今日も今日とて厳しい練習を終えて、桜井は今吉、若松、諏佐たちと共に部室を出た。廊下と室内の熱気との差に秋の訪れを感じる。

お腹が減ってきた桜井は自宅の冷蔵庫が貧相になって来ていることを思い出した。そうだ、食材を買って帰ろう。秋なら旬はなんだろう。黙ったまま寄り道を考えている桜井に声がかかった。

「桜井、そういえば青峰は今日は何でサボりやったん?知っとる?」

今吉が愉快そうに尋ねてきた。サボりというのは確定なんだなぁと思いつつ、桜井は反射的にスイマセンと言い答えようとした。

「確か、」
「『体調が悪いから保健室で休ませて貰ってた』んすよ、今吉サン」

低い声と共に桜井の上にのしりと被さってくる者がいた。一体誰なのかなんてわかりきっている。若松が威嚇を始めた。

「青峰ェ、テメェまたふざけたこと言いやがって…!!」
「まぁまぁ…」

諏佐が間に入り若松を宥める。堪忍してぇな、と言う今吉は全く困ってなさそうだ。桜井にのし掛かったままの青峰はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべ、上級生のやり取りを眺めていた。

「青峰も気が向いたら練習来いよな」

いきり立つ若松を押さえ込みつつ、諏佐は穏やかに青峰を諭す。ただ、その言葉が青峰に届くだなんて、誰も信じていなかった。

若松はギャンギャン噛みつくし青峰も相変わらずな若松に次第に苛立っていっていたけれども、なんだかんだ桐皇学園バスケ部レギュラーは連れだって昇降口を出た。珍しく青峰も歩調を合わせてそのままついてきている。

バスケの話に花を咲かせる上級生三人の話を流して聞いていた桜井は、ふと隣を歩く青峰を見上げた。

「スイマセン青峰さん。明日のお弁当は何が食べたいですか?」

青峰は少し考え、答えた。

「んー。アスパラとベーコンのやつ。あと良のハンバーグ食いたい。んでいつも通りキャラ弁な」
「わかりました」

淀みない答えからは級友に弁当を作らせるという罪悪感など欠片も感じなかった。それももうとっくに慣れてしまったことなので気にならない。桜井は先輩たちの手前携帯をいじるのも良くないので頭の中に必要な食材のメモをした。

二人の会話をしっかり聞いていた今吉・諏佐・若松はその内容の特殊さに後輩たちを振り返った。

「どこの夫婦やねん…」
「えっ、すす、スイマセン!」
「んあ?」

高校生男子二人の会話内容ではないことに自覚なしなのか桜井と青峰の反応は至って普通だ。だからこそこいつらちょっと異常じゃないかと感じてしまうのもまた真理だったりする。

「ハンバーグかぁー、俺も桜井の弁当食いてぇなぁー」

若松は拗ねた顔をして、桜井の髪をぐしゃぐしゃと乱雑にかき回した。その仕草は後輩にじゃれつく他愛ないものだったがしかし、若松の手を青峰の手がぺしり、とすかさずはね除けた。

「……」
「……」
「何なん、自分ら」

無言で睨み合う青峰と若松を見て今吉はため息をついた。

桜井はT字路に差し掛かった所で今吉たちに声をかけた。

「スイマセン、俺、スーパー寄るんでここで失礼します」
「おお、俺らももうすぐ寮だしな、この辺で」
「気ィつけてなー」

ペコペコと頭を下げて桜井は一人その場を去ろうとした。しかし桜井と一緒に歩き続ける者がいた。

「俺も行く」
「えぇっ」

何の気まぐれを起こしたのか、それは青峰だった。青峰は頭の上で腕を組んで、ゆらゆら歩く。

「んだよ、文句あっか」
「いえ…ないですスイマセン」

意外過ぎるなぁと思っただけで。…これは余分な一言かと思ったので言わないことにした。



主婦のお買い物ラッシュに鉢合わせてしまったため、スーパーの中は非常に混雑していた。きゃっきゃというこどもたちがはしゃぐ声も混じっている。桜井は買い物かごを手にとり歩き出した。青峰はきょろきょろと辺りに目をやりつつ、その後ろをついていった。

青果のブースに向かうとひやりとした冷気が漂ってきた。独特な青臭い香りがする。桜井はアスパラともやしを選んで買い物かごに入れる。そしてもう一品に椎茸でも使おうかときのこのコーナーに向かおうとした。

その時、やけに近い場所でたたた、という元気な足音がした。

「よーちゃんっ!まってー!!」
「うわっ」

どんっ、とちびっこが桜井にぶつかって店内を駆けて行こうとした。腰の辺りに衝撃を受けて桜井は少しよろめいたが、伊達に鍛えていないので直ぐに体勢を立て直した。

カッコ悪いなぁ…。桜井は苦笑いを浮かべて青峰を振り返る。

「ははっ、ちょっとびっくりしました…ってあれ?」

しかしそこに青峰はいなかった。

「おいコラガキんちょ。遊ぶなら公園行けよ、あぶねーだろが。あと謝れ」

思わず二度見した。信じがたいことに青峰が子供を諭していたのだった。仁王立ちして、威圧感満載だ。桜井は混乱して自分の頬をつねってみた。痛かった。っていうかあれ、子供泣かせちゃうんじゃないかな?

しかし叱られた子供も中々の猛者だったようだ。

「うわぁぁぁくろい!でっけぇ!!」
「…………」

青峰は無言でこめかみをひきつらせている。命知らずなその子は謝ることもなくちょろちょろと人混みに消えた。

嫌な沈黙が流れる。恐る恐る、桜井は訊ねた。

「…青峰さんて、ちっちゃい子苦手ですか?」
「……別に。俺は苦手じゃねぇよ。あいつらの方が、俺を嫌ってんだ」

ぶすくれて青峰は答えた。きっと、普段は泣かれるんじゃないかなぁ。そう予想をたてて、桜井はくすりと笑みを漏らした。すぐに笑ってんなと青峰に小突かれたけれど。




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