「リコ、大変だ!」 木吉は任務から戻ってきて早々、少し慌てた様子でリコを呼び止めた。珍しく木吉が焦っているのを見て、彼女も不安になりアレコレ悪い予想をしてしまう。今日は火神と組んでの初仕事だった。難易度はかなり低い依頼だった筈だが、まさか何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。 心配で上滑りする感情を抑えつつリコは木吉に尋ねた。 「鉄平落ち着いて。何があったの?」 「火神が…」 木吉はぶるっと体を震わせ、言った。 「火神が優秀だったんだ!」 「木吉さんひどくねーか、です」 遅れて事務所に帰ってきた火神はむくれていた。黒子はそんな火神を見上げて、ぷっと吹き出した。 ◆ 「ウチでの記念すべき初仕事だなっ」 電車に揺られて楽しそうに木吉が言った。彼の銀の尻尾は電車内、公共の場ということもあり隠されているが出ていたらきっと左右に揺れていただろう。まるで遠足に向かう小学生のような木吉に火神もそうっスねと気楽に返した。 とはいえ仕事は仕事。木吉は真面目な口調で話し始めた。 「資料に目を通したとは思うが、今日祓魔要請があったのは"鬼車(キシャ)"という妖怪だ」 鬼車、というのは鳥の妖で九つの頭を持っている。過去の文献では諸説あるのだがその血を浴びると不幸になると言われており、昼間は目が見えず、夜に活動する。 「それがなんか凶暴化したらしくてな。次の駅の小さな自然公園で人間が襲われる被害が多発しているらしい。……それと厄介なことに、事前調査でわかったんだが、今回見つかった鬼車は日中九羽の鳥に分裂するらしいんだ」 今まで鬼車が分裂したなんていう記述も報告もなかった。それを小さなことと見過ごすべきか、変化した理由を重く見るべきか火神にはわからなかった。 「目が見えない癖に動き回るみたいだし…だからまぁ、手間はかかるが昼間のうちに無抵抗な鬼車を全部捕獲してしまおうと言うわけだな」 「はい、ッス。楽勝っぽいな、ですね」 「お、強気だな!」 電車は速度を緩め、間もなく駅に停車した。空の中程まで昇った日はぽかぽかと暖かな春の陽気を運んでいる。問題の自然公園は駅から五分の場所にあった。入り口は黄色いテープが張られていて、立ち入り禁止になっている。公園内は中々広く出入口は複数あるだろうに、よく封鎖したものだ。木吉たちはテープを無視して中に入った。 「ここだな」 公園内の人間用に誂えられたベンチやランプがある広場で、木吉は足を止めた。 くるっぽーくるっぽー ばさっばさばさ 「…………………………」 火神は唇をひきつらせた。地味に喧しい鳴き声、飛び散る羽根、頬を掠めて落下していった汚物。そこには、もさもさという効果音でもつけたいくらい大量のハトがひしめいていた。 「いっぱいいますね」 「いっぱいいるな!」 おまえらなんでちょっと嬉しそうなんだよ!!木吉と黒子の反応はハトにエサでも与えそうなほのぼのとしたものだった。 「いやっ、これっ…おおぅ」 しかも集まっている鳥はハトだけでなくちらほらと違う種類が混じっている。見た目だけならば益々――わかりにくい。 「妖気から感ずるに、この広場に全部いるみたいだな。それじゃあ地道に捕獲するかなぁー」 「…木吉さん」 火神はサイレンサーを取り付けた拳銃を取り出した。 「もーなんかめんどいんで十秒ください」 十秒後、地面には九つの薬莢と九羽の鳥が転がっていた。 ◆ ってことなんだ。 木吉は説明を終えた。自分のデスクに座る彼の脇には黒子がいる。事務所に戻った木吉は尻尾を隠そうとしない。黒子はふかふかな木吉の尻尾を興味深そうに目で追っている。 木吉の話を理解したリコは深々ため息をついた。 「とりあえず…火神くん、」 「は…えっ」 わしり、とリコは火神の頭を掴んで――全力で握った。 「何勝手に祓ってんだこのバカァ―――!!」 「いってぇぇぇぇぇぇ!!!!」 女性とは思えない握力で攻撃され火神は前のめりになって絶叫した。黒子は自分も攻撃されそうだとでも思ったのか、そっと木吉の背後に隠れた。 「初日に教育係に従えっつったろーが!幾ら能力があってもね!!今回は良くても勝手な命令無視で最悪な事態に陥ったらどーすんのよ!!」 「いだっ、いっ、マジッ、すんませッ」 最後にスパァンッと頭を叩かれやっと火神は解放された。 「まーまーカントク、火神もそんくらいわかってるって」 脇で話を聞いていた土田が仲裁に入った。 「"そとくに"で祓魔してたって言ってたし、こっちとは勝手が違うんじゃないか?な、降旗」 同意を求められた降旗は素直に頷いた。 「向こうは個人主義の風潮が強いって聞きますしね。…っていうかずっと気になってたんスけど…」 火神はまだ頭を抱えしゃがみこみ唸っている。その姿に威厳がなくてやっぱり違うかな?と思いつつ降旗は尋ねた。 「火神ってさ、『大魔女』とタッグ組んでたっていう、あの"カガミタイガ"?」 「んぁ?お前アレックスのこと知ってんのか?」 火神は頭をさすりながら顔を上げた。降旗は驚愕し、目を輝かせた。 「うわぁやっぱマジだった!!」 「えー何々?どういうこと?」 降旗の話を聞こうと事務所員たちがついにわらわらと集まった。 「火神って"そとくに"ではちょっと有名な祓魔師だったんですよ。魔女の虎、とかたまに言われてて」 「へぇ、火神くんって凄かったんですね。魔女の虎(笑)」 「変な気配するもんな」 「雇ったのは私だし、まぁやればできる子なのは知ってたわ」 「アンタら結構俺のこと馬鹿にしてるッスよね」 黒子・木吉・相田の言い様に火神はむすくれた。 「でも…その……火神が下級丙種って言ってたから…」 降旗はものすごく申し訳なさそうに、素直に発言した。そう、火神は"やまと"の祓魔師試験に最低ランクで受かっているのだ。わかりやすく言うならば…悪質なこっくりさんを一人で祓えるレベルだろうか…。 火神はちょっと頬を赤らめて、口を尖らせて言い訳した。 「…こっちの試験って勝手がちげーんだよ、ですよ。そもそも筆記が…」 ぶつぶつ言う火神を見て全員が合点がいった。 「頭が悪かったのか」 木吉が納得し。 「バカだったんですね」 黒子は鼻で笑い。 「まぁバカだとは思ってたけど…」 リコはため息をつき。 「すげぇ勿体ない…!!」 降旗は残念がり。 「まぁ昇級試験はあるから…」 土田は慰めた。 確かに頭は悪いが、あんまりだ。火神はただ俯いて、ギリィ…っと唇を噛み締めたのだった。 言い訳無用 20120927 back |