祓魔師パロ3 | ナノ


ずずず…と無表情ながら嬉しそうにバニラシェイクを啜る黒子を、リコは机をはさんで正面から凝視していた。彼女の目は妖や怪異、悪魔を見破る力を持つ。普段なら何かしら彼女の瞳で暴かれる筈であるのに、リコは黒子が何者か知ることが出来ない。

「伊月くん、なんかわかった?」
「いやー…全く。カントクの目でわかんないものは俺もやっぱわかんないな」

リコの隣に座る伊月も本質的には違うが良い目を持っていて黒子を凝視していたのだが、やはり眉間にシワを寄せ不可解そうな表情を浮かべている。焦れた伊月は降旗を振り返り尋ねた。

「降旗くんが、"そとくに"の怪異の研究してたよな。カントクもそこそこ詳しいけどさ、なんか引っ掛かるものあったりしないか?」
「いや…全くわからないです。ただ、人形をとれるほど高位な"悪魔"だとは思います。ってそれはわかりきってますね。不勉強で…すみません」

降旗は申し訳なさそうに謝って、アップルパイに小さくかじりついた。

結局今、事務所では珍妙な侵入者のせいで外食はキャンセルされ、マジバーガーをテイクアウトして事務所内で食べるというなんだかちょっぴり寂しい食事会が始まっていた。

「あ…あと火神さんの方が詳しいかと」
「?」

輪の外で動向を見守っていた小金井、水戸部、土田の三人の先輩祓魔師は降旗の言葉に首を傾げ、火神に目を向けた。

火神は左隣に座る黒子を気にしつつも、本日五個目のハンバーガーを口に運んでいた。

「おーい火神どんだけ食ってんだ…お前いきなしトラブル持ち込んじゃってんだぞー、反省せんかい」

火神の食いっぷりに呆れつつ日向はナゲットを口に放り込んだ。黒子との出会いと言い思うところがあるので火神はすんません、と謝ったが。

「でも…これでも食欲なくて、いつもの半分も食えてないっす」
「はあぁ!? おまっ…え、マジで?」

日向はこれから先火神に奢る時は要注意だと心にこっそりメモした。

「……でも、ま、平静でいられてるあたりは感心したよ。祓魔師も人間だ、とり憑かれそうだー、とか思うと中々慌てずにはいられないから」

日向はナゲットを一つ火神にすすめつつ、フォローを入れた。遠慮せず火神はナゲットを受け取った。

「あーそれはなんていうか……黒子からは嫌な感じがしないからっすね。直感で」
「お、火神奇遇だな!俺もだぞっ」

いつの間にか現れ、黒子の頭をかいぐりかいぐり撫でながら木吉が言った。日向はダアホ、と言いつつため息をつく。日向だって困っているのだ、黒子からは悪霊や悪魔特有の負のオーラが全く感じられない。悪意も感じられない。徹底的に欺かれている可能性もない訳では無いが、今の時点でわかっているのは人外であることだけだ。

「あの、木吉さん、頭もげちゃいます」

黒子はストローからやっと唇を離して困った声を出した。木吉の力が強すぎたらしい。ずっと木吉に頭を撫でられていたため黒子の髪の毛はボサボサになってしまっていた。

「名前、覚えてくれたのか!嬉しいぞ」
「だって、火神くんの教育係さんなんでしょう」

小首を傾げつつ、黒子は話す。どうやら火神の側にずっと隠れていたのに間違いはないらしい。木吉は黒子に、にこっと笑顔だけを向けた。

改めまして、と黒子は話し出した。

「僕は、人間の影に住む悪魔です。自分で言うのもなんですが、影を住み処として間借りするだけなので基本無害です。僕自体、一人では何もできません」
「聞いたことがない」

伊月が眉間のシワを深くした。
取り憑く訳でもなく、呪い祟る訳でもなく、ただ住み着くだけ。純粋なる寄生。

本当に?

「これから火神くんがお世話になるらしいのでご挨拶で現れました。隠れていてもそのうちバレるかなぁとも思ったんで」
「………つーか黒子、お前俺の影に住み憑くつもりなのか」
「ええ。一応言っておきますが、僕も悪魔の端くれですので、どっかいけと言われて素直に『はいわかりました』と従いたくはないですね」

それに君の影、居心地が良くて困っている位なんです、と黒子は火神の影からの立ち退きを拒否した。

「どっか行けとまでは言わねえけど…」

火神は弱ってしまった。

火神の様子がやはりおかしいように思いつつも、二人のやや緊張感に欠けるやり取りを眺めていたリコは小さく頷いて結論を出した。

「わかった、じゃあ、契約の形をとりましょうか」

契約、という言葉に黒子はぴくりと反応をした。ほんの少し、気まずそうな。リコは注意深く黒子を観察する。基本的に無表情な黒子が感情の揺れを表すということは見逃してはならないポイントだ。

「…シンプルに火神くんの影に住む代わりに、火神くんの使い魔として働く、っていうのは?」
「所長、勝手に決めないでくれ、ださい!」
「ださい?…追い払う気もないんだったら契約で縛るしか方法はない。文句は言わせないわよ火神くん。それに黒子くんも、生憎ここは祓魔事務所でね。今祓われないのがラッキーな位よ?」

超然とした態度でリコは言う。黒子は口の端に笑みを浮かべた。

「…魅力的です。ですが、仮契約の形をとらせて下さい」
「仮?」

リコは眉をひそめる。

「だって僕は何もできませんから」

黒子はシニカルに薄く笑った。感情の起伏の小さなその表情から何か読み取れないか。リコは睫毛の揺らぎのひとつまで追おうとしたけれど、一瞬で彼は無表情に戻っていた。

「あともうひとつ、守って貰いたいことがある」

そう切り出したのは木吉だった。大柄な彼は屈みこみ、黒子の顔を覗き込んだ。

「……なんでしょう」
「この事務所では――皆がいる場所ではよっぽどなことがない限り火神の影に引っ込むのは禁止だ」
「………」
「だってな、やっぱりこっそりいるのって嫌だぞ。どうせなら、黒子のことも知りたいしな」

黒子は目を細めた。

「僕は…悪魔です。人ならざるもの。木吉さんならまだ良いかもしれませんが、馴れ合いはごめんです」
「だからな、これは契約で縛りはしない。ただの約束だよ」
「やくそく…」

木吉はにっこり笑って、小指を差し出した。小さな子供が気軽に行うその誓いのおまじないを見て、黒子は首を傾げた。木吉は勝手に黒子の小指を掬い上げて、上下に軽く振った。

「……しゃーない、黒子くん、のことはあそこに聞いてみるかな…」

リコは二人を見てぽそり、とそんな呟きをこぼしていた。


繋いだ小指と簡単なやくそく



20120925

 

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