火神は新人の祓魔師だ。エクソシズムを学び実践してきた経験は長いが、この島国"やまと"に戻ってきて資格をとったのは最近だった。在籍することになった事務所は『誠凛祓魔事務所』という。火神の他に三人、同期が就職することになっている。 最初はちゃんとしなきゃなんねぇな、と少し緊張して火神は事務所のドアを開けた。 「失礼します」 「おっ、こんにちはー!」 中に入るとすぐに明るい声が返ってきた。誠凛祓魔事務所は最近出来たばかりの事務所であり、備品は綺麗で使い勝手が良さそうだった。普通の会社よりも物の配置が家に近いように思える。まだ始業には早いので、各々書類を眺めたりと緩い時間が流れていた。 どこに行って何をすべきかわからずキョロキョロしていると、眼鏡を掛けた男が近寄ってきた。 「火神、だな。一応皆デスクあるからこっち来てくれ」 「うす」 「俺は日向。ま、あとで集合かけて自己紹介するけどな」 日向が簡単に事務所の説明をし終えると丁度集合するようにと号令がかかった。所長である相田リコが場をとりしきる。 「私は相田リコ。誠凛祓魔事務所所長よ。皆にはカントクって呼ばれてるけど。それじゃ新人四人、自己紹介どーぞ!」 さらっとリコに振られ、一番近くにいた福田から自己紹介が始まった。 「じゃあ俺から…福田です。大学三年生です。仏教専攻で祓魔師になりました。あ、試験評価も言うんですか?えーと、中級試験乙種合格でした。宜しくお願いします」 福田に習い、続けて他の二人も簡単な自己紹介をした。 「河原です。同じく大三仏教専攻、中級試験乙種合格です。宜しくお願いします」 「降旗です。"そとくに"の祓魔について研究してました。大学三年っす。中級試験甲種合格でした。宜しくお願いします」 試験評価、というのは祓魔師として仕事をする際に必要なものだ。例えば、正式な祓魔要請の場合Bランクの祓魔には中級試験甲種合格以上が二人は揃わないとならない、など。 試験は筆記と実技の二つで評価され、特級・上級・中級・下級の四つの試験がある。この試験のどれかに合格することで祓魔師資格が与えられる。また、上から甲種、乙種、丙種と合格の際も評価が分かれている。 「火神っす。少し前まで…"そとくに"?でエクソシズムしてた、です。下級試験…丙種合格…でした。えと、よろしくおねがい、シマス」 火神はギリギリ試験に合格し、どうやらこれからに期待して採用されたようだ。そのことに数人が不思議そうな表情を見せ、隣に立っていた降旗が弾かれたように火神を振り返った。 ちなみに、"そとくに"とは島国"やまと"の海の向こうにある国々をまとめて指す言葉である。 さて、一応たどたどしく火神が自己紹介を終えると、拍手が起こりリコがニコリと笑った。 「よーし、じゃあ他の祓魔師の紹介は追々していくから。人手は足りないしそれぞれに対して仕事の心配はあまりしてないけど、今日から一週間は研修期間だから、教育係の言うことよく聞いてね」 解散するとすぐにガタイの良い男が火神の肩を叩いた。火神よりも背が高い。ランダムに切られた短髪が特徴的で、人の良さそうな笑顔を浮かべている。 「俺は木吉鉄平。お前の教育係になったからよろしくな」 「宜しくお願いしま…、!?」 右手を差し出され、握手をしようと手を出したところで火神は固まった。視界の端に有り得ないものが映ったのだ。 木吉鉄平には、ふさふさで毛並みの良さそうな銀色の尻尾が生えていた。機嫌良さそうに揺れていて、明らかにファッションの類いではない。 「……あの、木吉さん…って」 「うん。俺、妖とのハーフなんだ」 握手をしつつ火神が控えめにおずおずと尋ねると木吉は笑顔で返した。気分を害した様子も無いし、対応が慣れている。握手した手は大きくて、爪が少しだけ尖っていた。 「だから勘も良いし鼻とかも良いんだぞ。な、火神もハーフじゃないのか?」 「え」 木吉はえっへんと誇らしげに自分の鼻を指さし何やら言い出した……が、火神の反応を見て首を傾げる。 「あれ?違うのか?人間じゃない臭いがするんだが」 「えぇ!?いや、俺普通に人間だけど?です」 火神が否定すると木吉はむぅー?と何やら言いたげな顔をして考えこんでいたが、まぁ何とかなるよな!と一人頷いた。 初日というだけあって覚えることが沢山あったが(火神には書類作成がネックだ…木吉もなんだかウロ覚えのようだったが、気のせいか?)丁度祓魔の依頼もそれほどに無かった為穏やかに一日が終わった。 「じゃあ今日はご飯一緒しましょうか!ちゃんとした歓迎会はまた今度ね」 一応設けられている終業時間になると、リコが立ち上がりながら皆に呼び掛けた。すぐに木吉が反応する。 「おー!いいな!」 「でもウチ、金ねーからなー。大したもんはできねぇぞ」 日向が先に宣言した。 「じゃあ、もうマジバでよくねー?」 「コガ、そりゃダメだろ、情けなさすぎる」 火神は話を聞きながら、ちょっと悩んで声の主の名前を思い出す。確か、さっきのが小金井さんで今のは伊月さんで。あとは向こうにいるのが土田さんに、水戸部さん、か。 早く覚えなきゃなぁと思っていると、不意打ちのようにボーイソプラノが乱入してきた。 「マジバなら、僕はバニラシェイクが飲みたいです」 「おいおいそれご飯じゃないじゃーん…、えっ」 ツッコミをいれつつ、小金井が固まった。それもその筈、発言したのが事務所の仲間でもなんでもなかったうえ、目の前に見知らぬ少年が立っていたのだ。 「うっわぁぁぁぁ!?」 思わず叫びながら飛び退く。職業が職業なだけあって身が軽い。それぞれが反射的に思い思いの武器を手にとり身構えた。現れた少年のベビーブルーの髪の毛と虹彩が儚げで、しかし普通の人間としか思えない外見に戸惑う。そんな中一人だけ、火神は少年を知っていた。昨日会ったばかりの、悪魔だ。 「黒子!?」 「はい」 じろ、とリコが火神に目を向ける。 「火神くん、知り合い?」 「知り合いっつか…昨日顔見知りになっちまった悪魔だ…です」 「何やってんだお前」 祓魔師として有り得ない危機管理能力の無さに日向が怒鳴った。火神は身を小さくする。自分でも昨日の自分の行動が信じられなかっただけにちょっと落ち込んだ。 「そんなに怒らないであげてください。僕に害意はないですよ」 言いながら黒子は火神に近付いた。火神は正体不明の黒子を恐れないし逃げようとしなかった。むしろお前のせいで叱られたんだと不満げだ。そんな火神にまた黒子は微笑んだ。 そして、黒子の足元が火神の影に繋がると、黒子の体は影に溶けていった。祓魔師たちは絶句した。黒子はどんどん影に沈んでいって、最後に真っ白な手だけがふらふら揺れる。影からはまた単調な声がした。 「だって、僕はずっとここに、最初からいましたから」 ずっといました 20120925 back |