いっしゅうねんきかく おまけ | ナノ


■ 黄瀬と降旗

なんでこんな奴が?と黄瀬は思っていた。高尾はいい、苛々している自分のために話しかけてくれたし、その上苛々を取り除いてくれた。彼のコミュニケーション能力は評価に値する。しかし、どうしてこの猫目野郎が赤司に招待され自分たちキセキの集まりに呼ばれているのかわからなかった。猫目野郎――降旗はずっとびくびく怯えていて、火神と黒子の側から離れようとしない。きっと自分たちのオーラにあてられているのだろうけれど、そんな様子を見ていていい気分にはならない。黄瀬はどうしても降旗とは話したいとは思えず、持ち前の器用さで気付かれないように降旗のいる輪から離れた。その動作はとても自然で、普通なら絶対に気付かれない。それなのに一瞬、冷んやりとした視線を感じた。しかも二つ。どうやら黒子と高尾には自分の感情がばれてしまっているらしかった。黄瀬は彼らの飛び抜けた洞察力に内心舌を巻きつつ、その視線もなかったことにした。

黄瀬の降旗への考えが変わったのは赤司が現れてからだった。あの赤司が、降旗に頼っているのだ。まるで――対等な友人同士のように。黄瀬は面食らった。いつだって赤司は絶対として君臨して、自分たちに隙を見せなかったのに、彼は降旗がいると不完全になる。ひとりの人間になる。もしかして。もしかして赤司はずっとこういう普通の友人というものを求めていたのだろうか。

黄瀬はまだ、降旗のことを気に食わないと思っている。降旗っちなんて呼んではやらない。でも、少しだけ、降旗の存在を認め始めていた。



■ 黄瀬と黒子

黒子テツヤには薄い膜のようなものが存在感していると、黄瀬は常々思っていた。それは拒絶にも近い何かだ。言ってしまえばプライベートゾーンというやつなのかもしれない。その誰にでも持ち得る境界が、実は、黒子にははっきりと見えるのだ。

昔は肌を覆うようで、薄く小さかったそれ。高校に進学してから再会した時は分厚く、大きくなっていた。まるで穴どころかヒビを作ることすら恐れているかのようだった。割れたところから染み入ることが怖いのか、漏れ出すのが怖いのかはついにわからなかったが。

「黄瀬くん、どうしたんですか?」

ひょこりと現れた丸い空色に驚いた黄瀬は、ふぇっと変な声を上げた。

「くく、黒子っち」
「黙り込んでいたので、どうしたのかと。もうすぐ火神くんのおうちです。雨で苛つくのはわかりますが、頑張って下さい」
「いや、苛ついてはいないんスけど」

どころか、耳元で傘がぱたぱたと雨を弾く音すら脳に伝達されていなかった。現実にもどってやっと雨脚が弱まっていることに気がつく。黒子っちのこと考えてたんスよ、なんて言ったらきっと引かれるだろうからと黄瀬は曖昧に誤魔化した。

火神の自宅マンションは黄瀬が思っていたよりも広く、全員がそのことを囃し立てた(但し、赤司と緑間は少し不可解そうな顔をしていた)。火神と、何故か黒子がテキパキと部屋の説明をする。

「火神くんの寝室は、たまに金髪美人が裸で寝ています」
「はぁ?!」
「ちなみに巨乳です」
「火神ィ、寝室見せろ」
「このアホ峰!!んな流れで見せるわけねーだろが!!」

ぎゃあぎゃあと喧嘩を始める火神と青峰は放置して、原因を作った黒子はするりと他の説明を始める。どことなく、黒子は愉快そうで、リラックスしている。黒子の境界線は皮膚と同化して、きらきら光っているように黄瀬には見えた。

黄瀬は、以前から感じてはいたが黒子の判断は間違ってなかったと改めて思う。黒子が誠凛に行って良かった、彼が彼を取り戻せて良かった。

そして気付く。そうか、もう黒子に境界線は必要ないのだ。傷付いてももう大丈夫、だから境界線は肌にはりつくだけなのだ。わかってしまうと黄瀬はニヤつくのが止まらなかった。

「黄瀬くん、なんか楽しそうですね、どうかしましたか?」

それぞれが寛ぎ始めたところで黒子がまた、黄瀬に尋ねた。構ってくれることも嬉しかったが、黄瀬は自分の発見を黒子に伝えたくなってしまって、ついに口を開いた。

「黒子っちのことを考えてただけッス!」
「黄瀬くん気持ち悪いです」



■ 高尾と緑間

たぶん、きっと、絶対。そう高尾和成は確信していた。

降旗と紫原の間に座っている赤司征十郎。彼はきっと――火神の家がでかいことを理解出来ていない。さっき皆で火神のマンションの広さをぶうぶう文句を垂れていた時も、ひとりだけきょとんとしていたのだ。間違いないだろう。…たったそれだけのことだったのだが、高尾にとっては想像通りすぎて、笑いが止まらなかった。しかし、表立って笑ってしまうとあの魔王には何をされるかわからない。だから高尾はひたすら笑いを堪えていた。高尾の隣に座っている緑間はそんな高尾の様子にはとっくのとうに気がついていて、重々しいため息を吐き出した。

「高尾。バレる」
「…ッ…。だよな赤司えんぺらーあい持ってるもんな…。大丈夫そろそろ収まるから」

そこではたと高尾は気がつく。毎日送り迎えする緑間の家。正直邸宅と言っていいほどでかい。庭も広けりゃバラが栽培されていたし、そもそも緑間自体が御坊ちゃまな雰囲気丸出しなのだ。高尾はこっそりと、緑間に尋ねる。

「…ねえ真ちゃん。この火神の家、どう思う?」
「? すこし狭いな」
「ぶふぉあああああ」
「!?」

高尾は限界だったのだ。赤司、そして緑間、彼らは両方ともにまごうかたなき御坊ちゃまだった。なんだかおかしくておかしくて仕方なかった。

「高尾くん?どうしたんだ」
「いやっぶふぉっおえっなんでもない」
「とてもそうは見えませんよ…」

赤司と黒子に不信感で溢れた視線を向けられて、高尾はいけないいけないとやっと笑いを押さえ込んだ。高尾はふう、と落ち着けるように息を吐き出す。もう腹筋はひくひくしていない。そして冷静に、ここまでの赤司と緑間の様子を思い返した。

赤司も、緑間も、普段はお前ら高校生だろ気取ってんじゃねえよと思うほどテンションが低い、というか平坦だ(それは黒子にも言えることだったが)。そんな彼ら御坊ちゃま二人は、今日はなんだかテンションが高い。赤司がテンションが高いのは、彼が友人と遊びたいと言い出したこともあり何となく察せるのだが、緑間に関してはなんとも言えない。二人に共通して、興奮材料があったのではないか?キセキたちの会話にフォローをいれつつ、高尾はそんな風に推測していた。

そういえばと、高尾はきょろりとキッチンに視線をやる。青峰や黄瀬たちがお腹がすいたとぎゃあぎゃあ喚いていたのもあり、料理が得意だという火神がひとり調理をしていた。高尾はいい匂いがしてきたなあと鼻をひくつかせる。頃合いを見計らい立ち上がると、高尾は真っ先に火神の元へ向かった。

「運ぶの手伝うぜ」
「お、やっぱ高尾は気が利くな。thanks!」
「ぶは、ネイティヴ」

山盛りの大皿を何個か運ぶと、リビングのテーブルには美味しそうな食事がこれでもかという量並ぶ。野菜炒め、エビチリ、唐揚げ……どれも短時間で作ったにしては凝っていたため、キセキたちはどよめいた。始めに紫原が火神すげー、と素直に感嘆の声を漏らす。

「え、これ、え、火神っち?!」
「火神、え、火神ィ?!」
「きゃあああ、かがみんすごーい!大ちゃんと違ってバスケ以外に特技あるんだね!メモしなきゃ!」
「さつきてめえどういう意味だ!」
「火神くんはすごいんですよ」
「黒子、お前がどやんな。ほら、箸と小皿回せよ」
「いただきまーす。…あー、これおいし〜」

わいわいきゃっきゃと騒ぎ立てる輪の中で、高尾は赤司と緑間が頬を赤くしてぽぉーっと火神の方を見ているのを見逃さなかった。火神、対人関係F難度の二人の胃袋掴みやがった…。無意識恐ろしいとはこのことか。

高尾が緑間の分のおかずを取り分けていると、緑間がぼそりと、独り言をこぼした。

「これが他人の家か」

感慨深げなひとこと。瞬間、高尾にはわかってしまった。赤司と緑間のテンションが少し高かった理由。彼らは御坊ちゃまで、温室育ちで、きっと、ずっと普通の友達がいなかった。だから友達の家に行く機会がなくて、一緒に過ごすこういったなんでもない時間もきっと知らなかったのだ。だから今――たぶん、きっと、絶対。楽しくて仕方ないんだ。高尾は緑間の分のおかずを皿に盛る。ちょっと肉多め、エビ多め。それを手渡したら緑間にバランスが悪いと怒られた。高尾は苦笑する。

「ねえ真ちゃん、今度俺んちに遊びにきてみない?」
「………ふん」



(20131030)

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