1:99? | ナノ


「1%ってでかくねぇ?」

とあるのどかな昼休み、花井がなにやらぼそりと言った。花井は俺の前の席に逆に座り椅子の背の上に腕を組んで、顎をそこにのせている。読書の秋、俺は読んでいた本からちらと少し目を外し花井を見、また視線を戻した。

「なぁ、阿部ぇ〜…」
「るっせぇなぁ。モノによるだろそんなの」

1%、例えばDNAならそれだけ違えば人間は猿になる。例えば体脂肪率なら違いは顕著には出ない。

「あぁ〜まぁ〜……うん…」

曖昧な言葉を吐きながら、ずぶずぶずぶ。花井の顔が更に腕に沈んでいった。タオルを頭に巻いているから薄手のニットのカーデと合わせて白い塊みたくなっていた。

……うん、コイツがまだ難しいこと考えて、ぐるぐるしているのはわかる。無視したいところだが、自分の目の前でずっと悩まれていちゃかなわない。

クラスの連中はそれぞれの話に夢中になっている。気候が肌に丁度良いのもあって校庭やら外に行っている奴らも多い。ついでに水谷も他クラスにでも行ったのか珍しく席を外していることだし――俺は花井の話を聞いてやることにした。読んでいた本は閉じて脇によける。

「1%がどうしたんだ?」
「エジソンの話。有名だろ」
「……。『天才は1%のひらめきと99%の努力でできている』?」
「That's right…」

なんで英語で返すんだよ。愈々花井がオモシロイ感じに壊れているような気がした。

「ん、で?田島か?」
「…今ちょっと心が折れてんだよ」
「ふぅん」

やはり、田島絡みの苦悩らしい。

花井が田島に良い意味での対抗意識を持っていることは、最初からわかっている。そして田島が意識しない方が難しい相手で、その癖意識し続けるのが非常に困難な相手だということもわかっているつもりだ。

花井の行動を見るに、まだまだ田島と競おうとしていることはよくわかる。でもやっぱり、花井もへこたれてしまうのだ。もともとメンタルが強くないのも理由にあると思う。

「しゃーない、全部吐け」

もやもやしている時は心の澱をうまく排出しなくてはならない。例えみっともない事でも溜め込むより吐き出してしまうに限るのだ。

花井はもそりと少し顔をあげて、視線をこちらに寄越した。目に力がない、本当に分かりやすく落ち込んでいる。

花井はおずおずと口を開いた。

「…別に俺は、天才になろうとか、そんなおおそれたことは考えてないんだよ。でもさ、天才に対抗するのにやっぱり99%の努力だけじゃ足りないし、100%の努力でも質が違うし。野球はひらめきとは違うけど、1%の……センス、が絶対的な差になってるっつうか…」
「…ああ」
「泣き言だよ」

うん。

「そうだな」

花井は俺の言葉に眉を寄せた。

「……それだけ?」

物足りなさそうに問う花井は、きっと俺に叱咤して欲しかったのだろう。だとわかっているから、俺はあまり語らない。

「だって、自分のどこが情けねぇのか花井は自分でわかるだろう。俺にわざわざ言わせるなよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」

そっかぁ…と花井はまたぺしゃりと机に潰れた。とても不服そうだった。

自分の考えていることを自分でも否定したいし他人にも否定されたいなんてどれだけMなんだよコイツは。そう思うけれど、花井はやっぱり叱咤激励を望んでいる。もう一度心を奮い起こす起爆剤を欲しているのだ。まったく、手がかかる。面倒ではあったが、俺は爆撃を執行することにした。起爆レベルなんて生ぬるいもん性に合わねぇ。

清々しい秋の空に、焼夷弾。

「――花井は努力もまだまだ足りてねぇよ。田島は、野球に関しては努力が苦じゃないんだ。だから、田島レベルの努力にすら、花井はまだ届いてねぇよ」
「う…」
「そもそも野球への一途さとか、スタートが遅れてるし、花井が頑張ってることは否定しねぇよ。でも花井なりの努力、それだけだったら花井は田島にはぜってぇ届かねぇ」
「急、に…グサグサくること言うなよな…」

俺は花井にでこぴんをお見舞いしてやった。文句言ってんなよな、自分から欲しがってた癖によぉ。

「1%のセンスを云々かんぬん言う前に、100%の努力を馬鹿にする前に、もっと足りないモンがあるだろ?」
「…」
「努力に苦悩してんじゃねぇよ。……まだ、出来んだろ、花井。
 センスがねぇって言うのなら、100%の努力で出来た、努力の天才になれよ。但し、やり過ぎんなよ。自滅すんな。それとは話が別だ」

数秒の沈黙の後に、花井はゆらりと頭をあげた。その目には僅かながら光が戻って来ているような気がした。

「……おう」

花井ははっきりと頷いて返事してみせた。その姿を見て、俺の唇は勝手に弧を描いていた。

信頼できる頼りない我が主将はしょっちゅう苦悩する。しかし、田島を追いかけて走ることをやめないコイツを――1%に苦悩するコイツを、俺は面倒ながら結構好ましく思っていたりするのだった。


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20120905


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