時給 火黒 閑 擬人カレシパロ 後 | ナノ





ピピピ、ピピピ、ピピピ

「なるほど、昨日のお前のあのハイテンションの理由は夏風邪か」
「す…すみません…」

サラダは作り終えたものの、食事中からほわほわふらふらとしていた黒子をおかしいとは思っていた。そして翌朝も黒子はやっぱりほわほわふらふらしていてしかも悪化していたため、火神はちょっと嫌がる黒子の体温を測った。そして案の定37.8℃と表示されている体温計を前にため息をついた。普段布団で眠っている黒子は治療のため強制的に火神のベッドに押し込まれおり、申し訳なさそうに薄手の掛け布団に顔を埋めている。…が、黒子はへにゃりとまなじりを緩める。

「でも火神くんのお布団安心しますね」
「……………」

これが彼女だったらなあと思う反面、彼女だった時ときっと同じ位こっ恥ずかしくなっているのはなんでなんだ……。火神は割と真剣に悩んだが、悩んでいる時間がもったいないのであまり深く考えないことにした。黒子は何故だか上機嫌のようだったが、ふと、悲し気に目を細めた。火神は熱が上がって来たか、と黒子の額に手を当てた。そんなに体温が低くない自分の手よりも尚熱い。くしゅん、と黒子がくしゃみをする。こりゃいよいよ本格的だな。火神がため息を吐きながらも黒子の頭を撫でたとき――ふわりと予想していなかった感触が火神の手に伝わった。

「……は?」

丸く尖っていて、柔らかで、くすぐったい感じ…しかも血が通ってて温かだ。火神は黒子とであってから一番の衝撃を受けた。黒子の頭から――獣耳が生えている。

「〜〜〜〜!!!??」

なんだこれ?!どっかのmoeなアニメのキャラクターか?!「くぅん」あっしかもくぅんって言ったぞこいつ素か!?素なのか!?もう気持ち悪いとかそう言うのではなくとにかく仰天した火神は黒子にわたわたと謝ってから一度部屋を出た。

「フリ――――!!!!」
『なんか予想はついた黒子だね!?』

携帯から電話をかけ開口一番絶叫すると降旗は色んなことを悟ったらしい。火神がまくしたてるように黒子が風邪を引いていることと、頭からなんか生えて来たことを伝えると、降旗はひとつだけため息をついてから丁寧に説明を開始した。

『そこが俺らの課題なんだよね…。あ、風邪に関しては人間とおんなじで良いから心配しなくていいよ。で、耳のことだけど、多分尻尾も生えてると思う』
「まじか」
『体力がなくなっちゃうと元の動物の姿に戻って免疫力を高めようとするのかもしれなくてさ…俺たちでも中々そこの調整がうまくいかないんだよね』

火神にとってはやや難しい話である。ところでフリ、と火神は声を潜めた。

「もしかしなくても黒子ってもともと犬だろ」
『うわぁバレた』
「バレたじゃねーよ!!俺犬苦手って知ってるだろ!!一応言っとけよ!」
『だって言ったら絶対引き取ってくんなかったじゃん!黒子はいい子なんだからそんな先入観で断られたら可哀想だろ』

降旗が言うことがあまりにも的を得ていて、火神は思わず言葉に詰まった。

「そ、れは…」
『ごめんて。でもうちの子泣かすなよなー。それじゃ、またなんかあったら言ってな』
「あっ、フリ」

耳元でぷつ、ツーツーと通話状態の終了を告げる音がする。降旗との会話をやや一方的に終えられた火神は、アイツなんか強かになったなあ、元はと言えば強く頼まれたから黒子を預かったのにと納得がいかない気分だった。そして、それ以上に火神の気に障ったことがひとつだけあった。

「……うちの子ってなんだよ」

それは無意識の、独占欲じみた感情であった。至極不満そうな様子で火神は唇を尖らせた。

こんな、心がちょっぴりささくれた状態で病人の黒子に接するのはよくないかもしれない。買い物にでも行って少し頭を冷やしてこよう。火神はそう結論を出し自室の扉を少し開ける。もっこり丸まった布団がベッドの上にまんじゅうのように乗っていた。

「こら、黒子。ちゃんと寝てろ」
「……すみません」
「ちょっと、買い物行ってくるから。大人しく寝てろよな」
「はい」
「…黒子?」

直感だが、なんだかさっきまでと違う、様子がおかしい。火神もわりと動物的な勘を持っていた。火神が布団をめくり上げようとすると、おそらく黒子の手によってそれは阻まれた。何なんだ?といぶかしんでもっと力を入れるが、やはり布団をめくられることを拒まれている。面倒になった火神は病人相手というにも関わらず黒子を布団ごとひっくり返した。ころんと水色頭の小柄なブレーメンが転がり出てくる。

「わ」
「何遊んでんだお前」
「あそんでませ…!」

黒子は反論しようとして、それより前に自分の姿を隠そうと両手で獣耳を覆った。その必死な動作にピンと来て、火神は話聞いてた?とストレートに黒子に尋ねた。黒子はふるふる、頭を横に振る。でも、どう考えても嘘だ。

「…小さい頃、犬にケツ噛まれてさ。情けねえだろ、こんな図体して」

火神が潔くカミングアウトすると、黒子の肩がひくん、と震えた。よく見ると熱のせいかずっと小刻みに震えている。もう一度、寝るように火神は告げるが、黒子は全く関係ない話を始めた。

「ぼ、僕知ってました」
「へ?」

黒子は涙で潤んだ目で、火神を見上げる。どうやらその涙は熱のせいだけではないらしい。

「僕は、火神くん犬苦手って知ってました。研究所から出るときに、ずっとびくびくしてましたから気づいたんです。でも、僕はずっとあそこにいるのは嫌で…研究所の外で色んなことを学びたかったから敢えて僕が犬なことを伝えませんでした。僕、卑怯者です。
 …だから火神くん、嫌だったら僕を明日にでも研究所へ連れて行ってください。細かい説明は僕がどうにかしますから火神くんは」
「ストップ。お前まずは寝ろ」

とん、とごく軽い力で押されたが、黒子は力なく後ろに倒れ込んだ。一瞬不本意そうな顔を見せたが大人しくしているところをみると、体に力が入らないのだろう。熱が上がっているのかもしれない。火神はその上からさっきひっぺがした布団をそっとかけてやった。ベッドの脇に座り込んで、ぽんぽんと胸の辺りをたたいてやると、黒子の体からふっと力が抜けた。

火神は、黒子にどんな言葉をかければいいのかよくわからなかった。なんでもかんでもわからないことだらけだ。でも、自分の本心だけは伝えておかなければと口を開いた。

「……俺はな、お前がずーっとうちにいりゃ楽しいのにな、と思うくらいにはお前のこと好きだぞ」

うわ、こっ恥ずかしいことを言ってしまったな。火神はほんの少しだけ後悔する。火神の言葉を聞くと、黒子の獣耳がピンっと立ち上がった。いきなりの動きに火神が驚いていると、黒子はもぞもぞと起きだした。

「ちょ、おい!」

寝てろっつったろ!そう思って開こうとした口は、黒子の唇で塞がれていた。ふわりと柔らかい感触が唇の上に広がった、と思ったらぺろりと舐められた。火神はバカみたいに呆けて、黒子がわん、と鳴いてもう一度布団に潜り込んだ後も暫く、ぼうっとベッドの脇に座ったままでいた。黒子がくぅくぅと眠りについた頃、やっと火神は金縛りから解放された。

火神は盛大にため息をついた。

「襲うぞバカ」

自分の口から不意にこぼれた言葉が信じられなくて、火神は自分の唇を押さえた。



黒子わんこの幸福






喫茶"キセキ"のスタッフルーム、その中央に配置されたテーブルに置いてあったノートパソコンの文章をうっかり最初から最後まで読んでしまった青峰は、テーブルに肘をついて重々しいため息を吐き出した。開いているパソコンを、彼にしては大人しい動きでそっと閉じる。青峰一人しかいない部屋に憂鬱な空気が停滞していたが、その空気を払いのけるように入って来たのは喫茶"キセキ"のマネージャーであり青峰の口うるさく救いようのない腐女子である幼なじみ、桃井さつきだった。

「ああー!ちょっと青峰くん、何勝手に読んでるの!」
「あ?読んでねえ、俺は何も読んでねえ」
「嘘、絶対読んだ!」
「読んで」
「読んだ!!」
「あー、もー、そうだよ読んだ、読んだけどお前こりゃねえだろ!」

青峰は強い抗議の念を込めて桃井のノートパソコンを指差した。今はスリープ状態になっているが、開けばすぐに先ほどのBL小説が恥ずかし気もなく顔を出すことだろう。しかも生もの。そして擬人化。ずっこんばっこんしてないだけ今回は良い方か。桃井は人の趣味に口ださないでよ、と可愛らしくぷっくり頬を膨らませる。その趣味に振り回されてこんな喫茶店に付き合わされている青峰からすれば勝手なことを言うな、というところだ。ただ、その代わりにうまい汁も吸わせて貰っているため、口には出さない。

ところで、青峰には理解不能なことがひとつあった。

「つか、お前のその癖どうにかなんねえの?――好きな奴を受けにしてやおい小説書く癖」

青峰がどうしても理解できないところがここだ。桃井はもう随分と前から、一途に黒子に想いを寄せている。にも関わらず桃井はどうして自分の性愛の対象である黒子を、他の男と妄想とはいえいちゃつかせるのを好むのか。

「大ちゃん、何回も言ってるけど…それはね、腐女子の性なの…」

桃井は悲しそうに眉を下げた。腐女子という生き物は、かなり高確率で自分が好きになったキャラを受けにして愛でることが多いという。そしてそれは何も空想の世界のキャラクターだけとは限らない。リアルに生きている人に対しても同様なのだ。

「好きな人を汚さずにはいられない…悲しい性…」
「どんなにぶりっ子して泣いてもお前らの心は汚えよ」

ぽろぽろと涙をこぼし始めた桃井に、青峰は呆れ顔で指摘する。しかしこのままダラダラ泣かれても面倒だ。青峰は心の中で火神に軽く、ワリ、と謝ってから桃井にとあることを伝えることにした。「とあること」、簡単に言えば――腐女子の餌だ。

「お前のこの小説、一カ所間違いがあるぜ?」
「え?まあ創作だからそりゃ…」

桃井はこしこしと目尻をこすりながら青峰を見る。そして青峰は餌を投下した。

「火神、同居人いるぞ」
「えッ!同棲してるの?!嘘、私としたことがとんでもない情報を逃してたのね…!!」

同居っつったろーが。火神が兄貴分とかいう奴の元に転がり込んだのはごく最近のことであったので、忙しくしていた桃井がネタを逃していてもおかしくはない。珍しいというだけだ。青峰はネタの公開を続ける。

「…なんだっけな。エロい、黒髪美人?」
「ともだち…とか…?」
「兄貴分つってたな」
「てことは、せ、せいべつは」
「男」
「ッきゃあああああ!!」

自転車の壊れたブレーキのような悲鳴に青峰は反射的に両耳を手で塞いだ。桃井は髪を振り乱し発狂した。

「やだ、やだやだやだやだ、かがみんおいしいネタ持ってるじゃない!元々素養テンコ盛りだってのにそれだけじゃなかってこと?!しかもエロい黒髪美人ってどういうことなの兄貴分とかおいしいいいい!!!!あああんもう今からちゃんとリサーチしなきゃ駄目だわ!大ちゃん!私帰るね!!」
「…お、おう」

我が幼なじみながら、せわしない。パソコンや荷物を手早くまとめてスタッフルームから駆け出していった桃井を、青峰はアイツ今日何しに来たんだ?と疑問に思いながらも見送った。





その後、いつものように店にやって来た黒子が、珍しくiPhoneを弄っていた。何してるんだ?と青峰が画面を覗き込むと、少年のイラストが大きく表示されている。

「なんだ、画像サイトか」
「いえ、違います。これはアプリです」
「アプリ?」
「ええ、擬人化した動物を育成するゲームです」

進め方によっては恋愛に発展するんですが、と黒子は付け足す。それは青峰が先ほど読んでしまった、桃井が書いた小説ままのアプリだった。どうやら桃井はこのアプリをもとに二次創作を行ったらしい。

「自分が好きなようにキャラクターの容姿と性格をカスタマイズ出来るのが人気なアプリですよ」

青峰はそこまで聞いて、もう一度画面の中を覗き込んだ。少年が頬を染めて、微かに微笑んでいる。その少年は気が強そうな顔をしていて、目と髪が燃えるように真っ赤だった。

「結構、楽しいです」

黒子は青峰に、普段の無表情からしては珍しくはっきり笑ってみせた。黒子は滅多に笑わない、こんなに優しく笑うのは限られた人の前だけだ。一応の相槌を打った青峰は、幼なじみの恋路があまり平坦ではないことを悟ったのだった。



20130819
"ブレーメン"という単語は川原泉先生の漫画『ブレーメンU』からお借りしました。


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