君知 終 | ナノ




ああ、でも言っておけば良かったかもなー。卒業してから、全っ然、会えてねぇし。てか連絡とろうともしてないし。

花井のいない夏の空気は俺の後悔まであぶり出そうとしているらしい。夜空に控えめに輝くベガを見詰めて、俺はぐだぐだ考える。

別に花井が初恋だって訳じゃない。好きな女の子もいたし、それなりに恋をしたこともちゃんとある。

ただ花井だけが風化しないのだ。会えなくなって日が経つごとに苦しくて苦しくてしょうがなくて。きっと人を本当に好きになるっていうのは、他とは段違いの強烈な想いを抱くことなんだ。

花井の怒った顔も泣いた顔も好きだった。笑った顔は一番、大好きだった。だけど。でも。俺はそこから目をそらしたのだ。

俺はきびすを返すと夜空から小走りに逃げた。昼間は大好きなグラウンドも、現実を突きつける敵みたいに思えた。



食堂に入るとスパイスのキツイ匂いがふわんと漂っていた。晩飯はカツカレーらしい。既に各々が食事を始めていて、端の席がぽつんと一つだけ空いていた。

「田島、遅かったじゃん。お前の分まで飯食っちゃうとこだったよ」

その空席の隣はさっき俺に声をかけてくれた奴が座っていて、そう言っておどけてみせた。俺はやっぱり調子が悪くて、それにも気の抜けた返事を返した。

古くて軋む椅子をひいて、そいつの隣の席に座ると心配そうな声をかけられた。

「田島、体調悪いのか?」
「……いや」
「やけにおとなしいじゃん、」
「なぁ」
「なんだ?」

チームメイトに顔も向けずに俺は問うた。

「これ以上無いかもってくらいもうれつに誰かを好きになったことってあるか?」
「はぁ?何だよいきなり!!」

あんまりにも唐突な話にチームメイトはぱちぱちと瞬いた。少し大きな声だった為周りのやつらが数人こちらを一瞬見た、が、すぐに興味をなくしたようにそれぞれ食事と会話に戻っていった。

「……何、好きな女でもいんの」
「まぁそんな感じ?」

目立たぬよう声をひそめて真面目に話を聞いてくれるあたり、こいつは良いやつだなと思う。笑い飛ばしたり、からかわれてたら多分俺はもっとしんどくなってた。

「んー…」

そいつはカツを一切れ口に運び、咀嚼しながら考えこむように上の方を見た。

「そこまではねぇな」
「そっか」
「田島、そんな風に言うくらい好きなのに、見込みないの?」

あーあ、なんかご飯がいつもよりおいしくねーなー。

「ない」
「断言かよぉ」

呆れたような声を出されてムッとしたけども、事実なのだから仕方ない。

「でも会ったりとか…」
「高校出てから音沙汰なし」
「…それでも田島は今の状態?どんだけ好きなんだよお前」
「わかんねぇ」

わかんねぇくらい好き。言ってはいないけどチームメイトの表情を見るとニュアンスは伝わったようだった。開いた口の両端を下げ、おぇぇとキモチワルそうな顔をされた。

「あーまーいー…俺もう腹一杯だよ…」
「じゃあカツ一切れ貰うぜ」
「おっとそれとこれとは話が別だな」

がつ!と食器が交差する。カツの略奪は阻止されちまった、ちぇ。

チームメイトは残りのカツもカレーも全部食べ終え、食器をテーブルの奥に少し押しやって頬杖をついた。

「で…一回会ってみたら?」
「だーからさぁ、怖くて会えねぇの!会ったらもっと我慢きかなくなりそうっつーか」
「ふーん、なぁ、」

俺はカレーを口に運ぶ。冷めてきてしまっている。

「田島はそれで楽しいのか?」

なんだかやっぱりおいしくない。

「……のしくない」

おいしくないよ。

たのしくない。

つまんない。

あの時の世界のきらめきが、はるかに遠い。

チームメイトの目は厳しくて、でも優しいから困ってしまった。お前はこのままじゃ後悔するんじゃないか?と言外に心配してくれている。俺はうーっ、と唸って、ほんの少し、ほんの少しだけ頑張ることにした。

「……今日電話してみる」
「おー、応援してっぞ」

チームメイトはにかっと笑ってみせた。



夜練、ミーティングが終わると時計の針は深夜であることを示していた。

だけど、今やらなかったら一生何も出来ずに終わるかもしれない。さっき絞り出した勇気はすげー貧弱だし、花井関連限定で出現する弱気だっていつまたひょっこり顔を出すかもわからない。

俺はグラウンドの端に立ち、携帯電話を取り出した。久しくかけていなかった番号を選択し、呼び出す。

――トゥルルル…

俺はまた空を仰いだ。ベガは静かに光っている。確か、ベガと彦星のアルタイルは天の川を跨いであるはずだから…くそ、ここじゃ天の川なんて見えねーよ。

――トゥル、ピッ、

「…ん…はい花井…。田島ぁ?こんな時間にどうしたんだ?」

久しぶりの花井の声は眠そうで、悪いことしたなとは思った。だけどそんなことよりも心がゆさぶられて。

花井。花井の声だ。ただそれだけで目頭が熱くなった。やっぱり、俺はこんなにも花井が好きだったんだ。駄目だ、動揺すんな。声、震えんな!

「ちょー久しぶり!いや、今度会いたいなって思ってさ」

多分またうまく騙せたと思う。花井の突然だなって苦笑いをする声が、耳元でくすぐったかった。

ずっと、これが足りなかった。

俺は花井の声を聞いて決心できた。一生抱え込む想いになったって、積み重なった想いに胸が裂けそうになったって言わないよ。堪えてみせる。どんなに苦しくても、満たされなくても、俺は花井の隣に居られればそれで良いんだ。

また見上げれば、ベガが穏やかに光っている。俺はそのの近くの星を適当に一つ選んだ。

「…もー、あれがアルタイルでいーや」

面倒なので、見つからない星は自分で勝手に決めることにした。

好きな人と遠く離れているだなんて耐えられない。一年に一度しか会えないなんて、無理な話だって。

もう戻れないあの夏の、無様な恋の続きをしよう、そう思った。



君の知らない物語



20120905



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