時給 火黒 閑 擬人カレシパロ 前 | ナノ



※擬人カレシパロ





火神は友人にとあることを執拗に頼まれて弱っていた。

「俺にモノ教えるとか無理だよ!」
「そこをなんとか!本当に日常的なことを教えるだけでいいからさー!!」

おごるからと呼び出されたのはなんだかちょっといい感じの喫茶店で、どんな話をされるのだろうかと思ってみれば、友人、降旗光樹は突然両手を合わせて火神に懇願して来た。曰く、「人になった動物」の世話および教育をして欲しい、ホームステイさせてやってくれと。意味がわからない。勿論詳しい説明を火神は求めた。

降旗は若くしてとある研究所に見習いとして努めており、その研究所では研究の成果が実り、動物を人間と同じ能力を持った個体として成長させることに成功したという。しかしその事実は未だ公式には発表されておらず、人化した個体をより人間らしく育て上げることで世の中に受け入れてもらいやすくしたいというのだ。

研究所にこもりきりで育てる、というのも変な話だし、それならいっそ信頼できる外部の人間に任せてしまった方がいいということになったという。随分と大胆な話だ。降旗はうっすらと涙を浮かべて再び懇願した。

「火神くらい信用が出来る人じゃないと駄目なんだよ!頼む…!」
「そりゃま、お前とは付き合い長いけど…」

人のいい火神は降旗の様子につい、うっ…となってしまう。他人に迷惑をかけることをあまりよしとしない性格の降旗がここまで困っているのだ。これは断った方がじわじわと後悔するかもしれない。火神は大きなため息をふうっと吐いてから、ついに首を縦に振ったのだった。





数日後の夕方、早速連れて行かれた研究所は想像よりも遥かに大きなものだった。どこも白く清潔で、廊下の両脇の部屋ではわんわん、にゃあにゃあと犬、猫を始めとした様々な動物が飼育されていた。火神は犬が苦手なので犬の鳴き声に少し怯えつつも動物たちのブースを抜けると、今度はきれいに整頓された、病院の待合室を家に近づけたような部屋に通された。中には人がひとりふたり、ぽつりと寂し気に過ごしている。

「ここで待ってもらってるんだよ。じゃあ、先に火神の家につれてって貰うブレーメンを紹介するよ。――黒子、おいでー」

ブレーメンとは、人化した生命体を総称したものだ。降旗はにこにこと笑顔を浮かべて、少し離れた場所で絵本を読んでいた水色頭の少年に声をかけた。少年はぴくりと反応して絵本を閉じると、火神たちの方へとぽてぽて近寄ってくる。年は15歳くらいで、無表情で愛想はないが可愛らしい顔をしているな、と火神は思った。降旗が二人の間でそれぞれの簡単な紹介をする。

「この子が火神の家に行って貰うブレーメンの黒子テツヤだ。黒子、言ってた人だよ。挨拶して」
「………はじめまして、黒子テツヤです」

黒子はぺこり、と慇懃に頭を下げた。倣うように火神も慌てて礼をする。黒子は、思ったよりも普通に、ただの人間だった。もしかして、騙されてるのか?あと、これって俺が面倒見る必要あるのか?そういった表情が自然と出てしまっていたのだろう。降旗は苦笑して火神に言う。

「黒子は優秀だから。火神、安心していいぞ。でも、やっぱり、元は動物だから人間の生活をちゃんと教えて欲しいんだ。実は俺も一人もう預かっててさ――結構大変な時もあったり」

安心させようとしているのか不安を煽っているのか微妙な内容だが、火神は取り敢えず頷いておいた。それじゃあ行こうか、そう言って降旗たちは部屋から出て行こうとする。これからどうなるかな、と黒子を観察していた火神は、黒子の視線が一瞬進行方向から逸れたことに気が付いた。

火神は帰りも犬の鳴き声にそわそわしながら研究所の廊下を通過した。降旗はケラケラと笑って、火神のためにと自分の家のブレーメンのことについて話した。火神はその話から必要そうな事項を拾いつつ、研究所を後にした。

蒸し暑い空気に迎えられながら研究所を出ると、必然火神は黒子と二人きりで、火神の自宅マンションへ向かうこととなる。ぽてぽて歩く黒子は無言。火神も話題なんて振る器用さがない。と、いうかこれは10人いたら9人が当惑するだろう。ちなみにその当惑しない10人目はコミュ力が高い代表格の知人・高尾和成である。アイツくらいしか無理だ。火神は悩んだ。悩んで悩んで――ひとつ思いついたことがあった。それは、さっきの黒子の、ふとした仕草だ。

「黒子、ちょっと寄り道するぞ」
「はい」

呼びかければ、黒子は素直にこくりと頷いた。



火神たちがやって来たのは駅前の商店街の本屋だった。ちょっぴり寂れたそこは普段火神がバスケット雑誌を買うときしか立ち寄らないのだが、今日はスポーツ雑誌のブースには向かわない。黒子はお店に来るのは初めてのことだったらしく、きょろきょろと辺りに視線をやっている。また、緊張もあるのか火神の後ろにぴったりとついて来ていた。紙の匂い、涼しいです、なんてぽそぽそ呟いている。

恥を偲んでどことなくファンシーな一角にやってくると、火神は一冊の本――絵本を手に取った。そして、これなんかどうだ?と黒子に押し付けた。

「え」
「さっき本読んでた。読み書きは出来るけど、まだそんなに得意じゃないって聞いたし」

細かい字が並ぶ文庫本などでは難しいし、疲れてしまうだろうという配慮らしい。黒子は手の中の絵本を凝視している。嫌いだったら興味を示さないだろうから、気に入らないということはないだろう。火神はまた黒子から絵本を奪うとさっさと購入してしまった。店の外に出ると紙袋に包まれたそれを、また少し乱暴に黒子に押し付ける。

「お近付きのシルシってやつだ。まぁ、金ねぇからこのくらいのモノしか買ってやれねぇけど」
「…」

黒子は、大きな目を更に大きく見開いた。驚いているだけではなさそうだ。心なしか、目元に喜色が滲んでいる。黒子は紙袋を抱き締めて、それから再び火神を仰いだ。

「あの、あの、」
「ん?」

黒子が、初めて挨拶や頷く以外で声を発した。

「僕、本、好きです」
「おう」
「これ、この絵本、『注文の多い料理店』、面白いです」
「へぇ?って、読んだことあったのか。…どんな話なんだ?」
「えっとですね、やたらとお客に注文をする料理店の話で…」

街灯が柔らかく照らす夜道を、火神は今度は穏やかな気持ちで歩き始めた。黒子にばかり話をさせるのは少し卑怯かとも思ったが、初対面の沈黙の重苦しさを思うと背に腹は変えられなかった。それから、楽しそうに一生懸命あらすじを話す黒子がなんとなく可愛く思えて、この調子ならなんとかやっていけるかもなぁ、と黒子にはバレぬよう、こっそり安堵した。




火神と黒子の性格は全く違うが偶然にもうまく噛み合ったようで、彼らの生活は比較的穏やかであった。しかし、火神がこいつは人間じゃないんだなぁと実感する場面も多々あった。例えば黒子は読み書きも出来るけれど、紙の上に並ぶのはミミズがのたくったような字であるし、箸を使うのも覚束ない。風呂が苦手だったり、正確に雨の気配を感じたり、動物的な性質も併せ持って生きているらしいのだ。そんな一面を見つけるにつれ、最近の科学は凄いんだなと勝手に感心していた。

一週間も経てばお互いに気心も知れて来て、黒子はまるで友人のように火神の側にいるようになっていた。火神もそれは嫌ではなかったし、一人ではない生活も悪くないなと思っていた。

そんなある日のこと、火神が恐れていたことのひとつが起こった。

「火神くん、僕も料理がしたいです」

キッチンで料理をしていた火神は包丁で人参を刻んでいる手を止めた。入り口で黒子がキラキラした眼差しで自分を見ている。火神はうっと言葉に詰まった。いつか言われると思っていたことだった。人間の生活を学ぶ、教育を受けるという目的で火神の家に転がり込んだこのブレーメンは、とかく火神の真似をしたがる。洗濯物を干すだとか、風呂を洗うだとか、食器を洗うだとか。これらならまだ良いのだが、料理は刃物と火を使う。危険のレベルが他とは段違いなのだ。やらせるとしても、普段より多く気をさかなければならなくなるので火神的には諦めて欲しかった。

火神が言いよどんでいると、黒子も断られることを予想したのだろう。視線を下げて、すみませんと謝った。

「僕、まだそんなことできるほど器用じゃないですね……」
「…ううん…そうだな、料理は危ないから、あまりさせたくない」

火神は婉曲に言葉を使うのではよくない、と結論を出し、自分の考えをそのまま黒子に伝えた。黒子は駄々をこねることはせず、ちょっと落ち込んだものの素直に頷いた。黒子はぽてぽてと歩き、リビングのソファの上で丸くなった。冷房の冷たい風がふわふわ、黒子の髪を揺らす。

黒子が料理に興味を持っているのはちゃんと理由があった。元を辿れば、黒子が黒子のホームステイ先が決まらず、降旗が頼みに頼んでやっと承諾してもらったという話を聞いてしまったところから始まる。色んな人に断られ続けてやっと許可を得ただなんて、自分なんて受け入れてもらえないんじゃないか。黒子はずっと不安だった。少しでも余分なことをしたらすぐに放り出されて、各方面に迷惑をかけてしまいそうで、火神と会ってあることに気がついた時も、それから二人きりになってからも、まともに話すこともできなかった。

それなのに、火神は不安を除いてくれるように自分に気を遣ってくれて、些細なことだったのに自分が本が好きなことまで気づいてくれた。自分が好きそうな絵本を買ってくれた。嬉しくなってついおしゃべりになってしまった自分の話をずっと聞いてくれていた。黒子は一日で、火神のことが大好きになっていたのだ。

そして、その火神が一番得意なことが料理だった。不器用でまだ中々細かい作業が出来ない黒子からしたら、火神の料理は魔法と同じだった。黒子は、大好きな人の一番得意なことを、魔法を、教わってみたかったのだ。

別にすねている訳ではない。でも、火神の家にいる間に教えて貰うのは難しいかも知れない。黒子は近くにあったクッションを抱き込んで、更に小さく丸まった。僕、かっこわるいなあ。落ち込んで、黒子がそのままちょっぴりうとうとしていたときだった。

「黒子、ちょっと手伝ってくれー」

黒子は火神の言葉に跳ね起きた。ふわふわとご飯の良い香りもしてきているし、出来上がった料理を運ぶのだろうか。火神は黒子の方へカウンター越しにちょいちょいと手を動かしていた。キッチンに入ってこい、ということだ。

「……どうしたんですか…?」
「黒子、サラダ作ろうか」

黒子はびっくりしたのか、固まっている。火神は黒子を見て苦笑しながら言葉を続けた。

「料理しながら考えてたんだよ。ちぎるだけだけど、料理は料理だし。ああ、そうだ、そんだけだとつまんねーしドレッシングと、ゆで卵も作ってみっか」

火神は黒子の返事を聞くより前にもう作る準備を始めている。黒子は嬉しさのあまりにうまく言葉が出てこなかった。僕のことを、ずっと考えてくれていたんですか?そんな、普通なことみたいに火神くんは言うけれど、僕にはそれらはいつも新しくって特別なんだ。そう、喉の奥で思いが絡み合っている。大きすぎるとすんなりでないなんて、言葉は難しい。

「かっ、かっ、…」
「ん?なんだ?」

火神は何やら言葉がつっかかっている黒子を見下ろした。自分を落ち着かせようとしているのかうつむいてしまってつむじが一番上に見えている。それがいなくなって、今度は水色の飴玉のような目が再び火神をとらえた。

黒子の頬は興奮で赤くなっていた。目も潤んで、少し赤くなっている。黒子は珍しく、大きな声を出した。

「火神くん、大好きです!」
「!!」

あの黒子が、火神と出会ってから一番の笑顔を浮かべた。今度は火神の固まる番だ。どかあああと顔が熱くなるのを感じる。そして我に返った。手で顔を半分隠す。うわあああ、俺どんだけ照れてるんだよ気持ち悪っ!!!ガキか!火神は照れてしまった事実を隠すように、黒子にまずは手を洗うように促した。





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