忘れ勝ち 11 | ナノ


11


折角許可が降りたのだからバスケは楽しんでしまおう。赤司は軽めのメニューをカントクに考えて貰い、それを一生懸命にこなしていた。元のスペックが高すぎることもあり、あまり負担にはなっていないらしい。大して汗もかかず、足下によってくる2号に構う余裕もある程だ。カントクがギラギラした目で赤司を見ていて少し怖かった。

シュート練ではほぼミス無し、レイアップは100%成功。フックシュートやフローターショットも試して、これらも成功率は人並み以上。3Pもやや難しそうに、でも日向先輩が自分の威厳に危機感を覚えるくらいには入っていた。ディフェンスも上手い、ドライブも上手い…つまり俺の出る幕は全くなかった。まぁベースはスーパー完璧超人だもんな。こういったところに天才と凡人の差が出てくるのか。

そしてふと思う。赤司には世界がどういう風に見えているのだろう。簡単ですぐに飽いてしまう、拙い玩具みたいなものなのだろうか。ぼんやり考え込んでいると、木吉先輩に「ふーり、はたっ」と声をかけられた。

「浮かない顔してどうした?ん?」
「別にそんなことないですよ。…ただ少し、ほんの少しだけ嫉妬してたんです」

そうだ、俺は羨ましいんだ。

「嫉妬?んー…赤司か?」
「はい」
「そうかー」

のんびりとした木吉先輩の口調は、俺が悩んでいることを受け止めてくれるようだった。俺は苦笑いを浮かべつつ、話せば少しは気が軽くなるかなと本音をこぼした。

「やっぱり赤司は天才で、自分とは全然違うんだなってスネてただけっすけど」

しかしただの相槌や肯定は返ってこなかった。

「んー?んん、降旗がそれを言ってやるなよ」

ただ聞いてもらえるというのは勘違いだったらしい。予想外の木吉先輩の返しにチキンで精神的に軟弱な俺は簡単に動揺した。木吉先輩は自身も天才であるけれど、より大きな才能に潰されそうになった人だから同調する言葉が返ってくるとばかり思っていたのだ。木吉先輩が俺から視線を外す。視線の先を追うと、赤司が楽しそうにレイアップを一本決めたところだった。

「綺麗なフォームだよな」
「…はい」
「確かにな、赤司なら黄瀬みたいに一度見ただけであれくらい出来ちゃうかもしれないな。でも、俺は赤司が記憶を失くしてもあそこまで上手く出来ちゃうのはちょっとおかしい気がするんだよな」

順番が来て、赤司がまたレイアップをする。ゴールリングをくぐり抜けた球体は、タァンと床を叩いた。

「体が覚えてるんじゃないか?脳みそが全部忘れても、繰り返された運動の記憶を、体が忘れてくれないんだと俺は思うぞ」

俺は耳元でバサバサと、紙片の擦れる音を聞いた。木吉先輩の答えが、俺の思考を小テストの度に真っ黒に染められる赤司のルーズリーフの波に突き落としたのだ。毎回毎回真っ黒になるまで、赤司はテスト勉強をする。ひとつのミスもないように努力する。緑間に会った時だってそうだ。赤司はいつでも全力で生きている。彼の努力を天才の一言で片付けるのは、彼を理解することを怠けていることと同義だ。キセキの世代と黒子の確執の中で、俺はその問題を見て来たのにどうして忘れてしまってたんだろう。

「……情けないです、俺」

さっきは赤司が反省して、今度は俺が項垂れる番だ。消沈していると木吉先輩がわしゃわしゃと俺の頭を掻き混ぜた。

「そんなに気にすんなよー。嫉妬と負けん気は似たようなもんだからな。俺は降旗のその負けたくないって気持ちは買いだな」

先輩のフォローをありがたく思いつつも――俺が、赤司に、負けん気!?何ソレ怖ッッ!!予想だにしなかった恐ろしい話に呆然としてしまい木吉先輩の手に抵抗できない。頭がもげてしまいそうになったところで大きな手はいなくなった。木吉先輩は最後ににかっと笑うと、ひょこひょこと不自然な歩みでカントクの方へと行ってしまった。俺は木吉先輩の大きな背中を見送る。

…ふと、先輩もくやしいのではないかと思い至った。木吉先輩はWC優勝にすべてを懸けてしまって、現在部活には殆ど参加できていない。一緒にバスケなんてできなくて、主に指導にまわっている。放課後は病院にリハビリに行く方が多い。マイナスな感情を溜め込まない人であるから、木吉先輩の火神や赤司を見る目は嫉妬というよりも羨望なのかもしれない。いずれにせよ、木吉先輩はそんなことおくびにも出さない。出したら、誰かが傷つくことを知っているからだ。俺は改めて、先輩のように強くあれたらなあと思ったのだった。

まずはこんな情けない顔で赤司に顔を合わせる訳にはいかないのでどうにかしよう。俺は両手で思いっきり顔を叩いた。ぱぁん!と乾いた音が重なり体育館に少しだけ響く。何人かがぎょっとした顔でこっちを向いた。ていうか、ほっぺた超イタイ。一番近くにいた福田がヒリヒリ痛む俺の頬に手を伸ばしてきた。

「フリ、突然どした?」
「ちょっと、気合い?」
「えぇ?」

俺はへにゃりと笑う。福田は納得していないようだったが、構わず俺は赤司のもとに向かった。赤司も困ったような心配そうな目を俺に向けている。

「赤司、次はミニゲームやるよ。ずっと一緒にゲームしたがってたから、俺たのしみ」
「…ああ!」

俺の言葉に赤司は嬉しそうに大きく頷いた。



赤司がバスケをやることによる懸念が、凡人の俺らしくもなく的中してしまったのはそのミニゲーム後のことだった。

伊月先輩・小金井先輩・火神・福田・河原チームと日向先輩・水戸部先輩・黒子・赤司・俺のチームに分かれてゲームは行われた。火神の戦力が埒外であるところを黒子と未知数な赤司でうまくバランスをとろうという組み方だ。実際力は拮抗していたと思われる。最後に福田の3Pが決まって、ブザーが鳴った。だいぶ競っていたけれど、今回は残念ながら俺と赤司のいるチームは負けてしまった。袖で汗をぐい、と拭う。荒くなった呼吸を少しずつ落ち着けていく。赤司は楽しめただろうか。俺は赤司の姿を探す。赤司は中身が抜けてしまったかのように、ぼんやりと立っていた。ころころ転がったバスケットボールをやけに静かに見ているな。俺は最初そう呑気に思っていた。

赤司の肩が、大袈裟に揺れた。

「――ひゅっ」

どうして聞こえたのか分からないけど、赤司の息はそれを切っ掛けに引き攣れ始めた。黒子がすぐに気がついて赤司に駆け寄る。

「赤司くん?!」
「ひゅはっ、ひゅ、はっ」
「過呼吸…!」

ベンチにいたカントクも焦った様子で赤司に駆け寄った。赤司は息苦しさに体を折り、耐えきれず床に仰向けに転がった。両手がシャツの胸元をくしゃくしゃになるまで握っている。顔が真っ赤だ。俺も赤司に駆け寄った。刹那、赤司から聞かされてた話が回想された。



『どうやら『僕』は、勝つことに固執していたらしいんだ。勝って勝って勝ち続けて、それで遂に負けて、心の均衡が保てなくなったらしい』

赤司と連絡を取り始めてすぐ、赤司が記憶を失った原因を赤司は電話でそう説明してくれた。自分の部屋で一人、多分俺しか知らされてない赤司の事情を聞いて、俺は背筋が寒くなった。

『だから、僕は『僕』じゃなくなった』

赤司の声は、今の赤司に肯定的な俺ですらぞっとするほどに他人事だったのだ。

勝利は基礎代謝だと、赤司は以前言っていたという。それが本当なら赤司は負けた瞬間息が止まる。そして完璧だった赤司は、完璧でなくなったら死ななければならない。



こいつはこうしてまた、負けた自分を殺そうとするんだ。

紙袋がないのでとりあえずハンカチで口をおさえようとするカントクの脇から、俺は赤司を奪った。驚いた目でカントクが俺を見ているのにも構わないで、赤司のシャツの首周りを掴んで引き上げる。なにやってるんだと焦った声が飛んだ、けれど、俺は赤司を離さなかった。赤司が涙の張った虚ろな目で俺を見ている。息も相変わらず荒くて、早くどうにかしてやらなきゃなんてわかっている。でも、どうしても俺は赤司に伝えたかった。

「なぁ、赤司……バスケってさ。――勝てなくても楽しいだろ?」

ひゅは、ひゅは、という音がノイズのように俺の声にかぶった。それでもちゃんと聞こえていたようだ。

「勝つことだけが、全てじゃなかったろ」

治まらない呼吸をそのままに、赤司は微かに笑った。



20130809

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