祓魔師パロ18 | ナノ


そろそろだなぁと日向が呟き、そろそろだねぇと伊月が頷く。彼らふたりの前では、仕事の合間に不気味な程静かに祓魔に関する教材を読んでいる可愛い後輩たちの姿があった。

「そろそろだな、祓魔師昇級試験!」

にっこりと笑って木吉がそう言うと、後輩四人の体が少しだけ小さくなった。火神にいたってはカタカタと小刻みに震えている。黒子はこて、と首を傾げた。どうしてそんなに怯えているのだろう。黒子は不思議に思い、火神の手元を覗き込んで、眉をひそめた。

「…火神くん、こんな問題も解けないんですか?これ、悪魔の僕でもわかるんですけど」
「………るせー…」
「あと、ここ漢字間違ってますよ。ああ、てにをはも不安ですね…」
「…うる…せぇ………うぅ」

黒子の言い返しはするが、火神の声に覇気は全くない。もしかしたらちょっと泣いているかもしれない。そういえば彼は実力とおつむの弱さがミスマッチしていてあまり上のレベルに到達できないんだった。火神がさっきから十分ほどシャーペンを片手に停止していた理由がわかり、先輩祓魔師たちは呆れてしまった。火神がバカガミであることは周知の事実であるのでそこまで驚くことではないのだが…やはり不安である。

「火神は今度はどのレベルを目指してるんだ?」

木吉は火神の手元を覗き込みながらそう問う。火神は彼らしくない、ぼそぼそと消え入りそうな声で木吉に伝えた。

「……下級……乙種だ…です……」
「ワンランクアップかー」

ははっと和やかに笑う木吉に悪意はない。それに今の火神を見る限り中級試験に挑めなどと無謀なことを言うのは無責任とも言えるだろう。火神の様子を見守っていた日向は席を立つと火神の側まで来て、火神と手元を見比べた。

「…ていうか、火神。もっかい確認するけど下級乙種狙いだろ?それで今から…そろそろっつったってまだ一ヶ月はあるのに、そんな、監禁数十日目の絶望しきった少年みたいになるか?」
「日向ひどいな」

歯に衣着せぬあんまりな言い様に伊月は苦笑した。でもあながち間違ってはいない。

「だってな、火神。お前以外の三人は大学もあるから、昇級試験と大学の定期試験が丸かぶりしてるんだぞ?」
「いえ、俺らは祓魔関係の学科でもあるんで、昇級試験も多少成績に反映してくれるんですけど…」

福田は眉を下げながら日向に説明した。しかし試験が重なる厳しさに間違いはないだろう。かつて自分がそうだった伊月や水戸部、土田は当時の忙しさとしんどさを思い出して遠い目をした。仕事や勉強をしながら思い思いの事を話していると、リコも話を聞きつけて輪の中へとやってきた。他の新人はさておき、リコは火神のバカさに対して不満も込めつつ発破をかけた。

「ちょっと、火神くん、会場で私も恥ずかしいから頑張ってよね!」
「っ、どうしてカントクが恥ずかしくなるんだですか!てか、会場って…」
「あれ、あ、そっか。お前らまだカントクのあだ名の理由知らなかったんだな」

そういえば、リコが試験会場で云々という話は、後輩祓魔師たちには話されていなかった。だから微妙に話がかみ合ってなかったのかと伊月が言った。

「カントクはよく昇級試験の試験監督やってるんだよ。だから、"カントク"なの」
「へええ!そうだったんですか!」

不思議な仇名だとは前々から感じてはいたが、思ってもみない理由に降旗たちは目を輝かせた。リコはそんな尊敬に溢れたキラキラしたまなざしを向けられて僅かに照れくさそうにして、試験問題は教えないわよ、と冗談まじりに釘を刺した。リコは指先で自分の目元に触れる。

「私の"目"は、本質を見抜く能力だからね」
「それを買われて、自分は上級乙種なのにかなりな回数試験監督やらされてるよな」

書類を製作中の土田が端から会話に参加してケラケラと笑う。リコはそれに対して、筆記は満点だったもんと口を尖らせた。

「火神くんは覚えてないみたいだけど、実は火神くんの試験監督もやったのよ?」
「えッ」

予想だにしなかった事実に火神は非常に気まずそうな表情になった。試験監督の顔なんて普通はいちいち覚えたりはしないけれど、知り合いだとなると途端気まずく感じた。リコは腕を組み、はぁ、とため息をこぼす。

「まー、ポテンシャルの割には酷かったわねー。こっちの祓魔に慣れてないから祓魔自体は成功しても点数がのびないのよ。次のテストではその辺留意してね」
「……………うっす」

火神は大きな体をますます小さくする。実はリコは、その試験監督をした際に目にした火神の才能が理由で誠凛に面接を受けに来た彼を内心ガッツポーズを決めて採用していたりする。しかし、その話はまた今度でいいかなあとリコはひとり笑った。

「それじゃ仕事に戻るけど…あ、火神くん、黒子くん使ってカンニングでもしたら資格剥奪するからね、…二人してその手があったかみたいな顔してんじゃないわよドタマかち割るわよ」

今度は冗談でなくしっかりと忠告する。彼女の脅しにぶるぶると震える皆の視線を背中に、彼女は自分のデスクに戻った。デスクの上には今日中にまとめなくてはならない書類が山になっている。リコはそれらをテキパキと選り分け、まとめ始めた。しかし、五分も経たないうちに、書類の山の中に見覚えのない一通の封筒が混じっていることに気がついた。裏を返すと、差出人は。

「カントク、それ、さっき届いた手紙だよ。秀徳博物館からの正式な要請みたいだ」
「えー、早く言ってよ!え?なんで?何かあった……そう言えばむちゃくちゃあったわね…」

伊月の説明にリコは思わず文句を言ってしまう。書類が多すぎるとこういう時に不便だ。茶髪をくしゃりと片手で崩して、リコは顔をしかめた。そして、どうやらリコの中では黒子という悪魔にまつわるあれこれはすっかり過去の話になっていたらしい。随分と大雑把だ。嫌な予感を感じつつ、手紙の封を切り、中にたたんであった書類を取り出す。滑らかな上質な紙をぴんと広げて目を通して、真ん中辺りの行に差し掛かったところでリコは瞠目し伊月に顔を向けた。脇から内容を確認していた伊月も驚きが隠せず、また、どうしてこんな話が上がっているのかと疑問に思う。いや、確かに、何もなかったことには出来ないため、正しくはあるのだけれど。

リコは火神と黒子に声を掛けた。げっそりした二人がよろよろとリコのデスクへ歩み寄る。彼らの疲れきった表情には同情するものの避けては通れない現実をリコは二人へ伝える。

「火神くん、それから黒子くんも。ちょっと、勉強する時間がなくなるかもしれない」

リコは秀徳から届いた手紙を、火神に渡す。不思議そうな顔で書類を受け取った火神に、率直に内容を伝えた。

「秀徳怪異博物館から、黒子くんの身柄を引き渡すようにとの通告が来たわ」

真正面でリコの声を受け止めてしまった黒子は少し目を見開いて、その後すぐに火神に脇からすがり付いた。真っ白い腕が火神の胴に食い込む。視線は少し責めるようにリコに向けられたままだ。

「やです」

黒子の主張はそれで終わらなかった。

「やです。絶対やです。ぜったいぜったいぜったいぜったい、ぜーったい、やですっ」
「あー、わかった、わぁかったからしがみつくな黒子」

火神は苦い顔をして自分にへばりついて離れない黒子の背中を規則的に軽く叩くことで宥める。よく見れば黒子の足下は火神の影に同化し始めている。根拠なく大丈夫だという火神の声は聞こえているものの安心を得ることができないらしく黒子はぐずる幼児のように火神から離れようとしなかった。この頃、こんな風に甘えてくることが増えたなぁと火神は嘆息する。勿論そう思っているのは火神だけではなく、傍から二人を見ている他の祓魔師も同様だった。時に老獪、時に無邪気、時に幼稚。黒子にはブレがある。

黒子の火神への執着についてある程度の理解がある木吉は、リコになんとかならないか?と視線を送る。リコは無茶言わないでよ、と視線を返した。しかし、リコの口から放たれた言葉は木吉に向けた抗議の目とはかけ離れたものだった。

「じゃあ、皆でどうにかしましょうか」

柔らかくて、本当にどうにかしようと思っている声。黒子はそんな、自分が望むような答えが齎されるだなんて思ってもみなかったらしく、彼だけがリコの答えにぽかんとしていた。他の誠凛の人々にとってはリコの答えは当然で、どこから話を聞いていたのかうんうんと大きく頷いている。黒子の足が、再び火神の影の上に実体化した。

リコは椅子の上で腕を組み、視線を落として悩むように目を細める。

「不自然な点はあるのよ」

博物館で"無知"に関する情報を受け取ったとき、応対してくれた副館長である大坪は、「早急な対応をおすすめする」「なんならうちでも協力しよう」「洛山に協力を仰ぐのも良いかもしれない」、と言っていた。それらの言葉は自分たちから関わろうとしているようだったのだが、結局博物館側からのアクションはなかった。つまりこの時点では言外に「しかし秀徳博物館側としては責任は負えない」と言って、「誠凛事務所主体で処理しろ」というスタンスだったということで間違っていないのだろう。実際彼らは"無知"についての僅かなデータを収集しただけであるのだ、負う責任がない。

「そこから何がどうなって黒子くんを受け入れるという結論――リスクを抱え込む結論に至ったのか、それから『"無知"を展示したい』なんて最もな理由までつけているのか…」
「うーん、でも、俺は正直そこまで不自然には感じないな。理屈が通ってるよ。博物館に展示するために"無知"を引き取る、というんだったら祓魔の必要はないし、むしろそれを思いついた人って機転が利くな、と思う」

リコの話に首を傾げ発言するのは土田だ。

「"七獄"の八番目だぞ?繰り返すけど、リスクが高い」

土田に対して日向も意見を述べた。堂々巡りになりそうな話し合いでリコはぐちゃぐちゃとまた髪をかき混ぜる。そして自分が一番疑問に思っていることを述べた。

「っていうかね、一番よくわからないのが、"洛山神社"が何も話に介入してこないところなのよ」
「え、洛山に話してないんですか?」

河原が驚きの声をあげる。どうやらもうとっくに情報が届いてしまっていて、その上で静観しているのだと思っていたらしい。

「誠凛(うち)は黙秘しているから、話が伝わるなら秀徳博物館からな筈。それが伝わってない、ということは秀徳も秀徳で"無知"の存在を隠してる…ってことにならない?」

木吉までもが珍しく真剣な表情で議論に参加する。

「……秀徳の意図が読めないな…。ひとつわかってるとしたら、『洛山にはわからないうちに』『"無知"を獲得したがってる』…ってこと?」
「それだな」

日向が神妙な顔で頷く。そして、今度は情けなく眉を下げた。

「さて…ぶっちゃけて言えば秀徳博物館、つまりは祓魔の機関としてウチよりはるっかに上位な機関なわけだ。ウチはしがない洛山大社公認の個人事務所だからな…。…………どうやって誤摩化そう」

日向の情けない姿なんて見慣れている彼らは特に何とも思わず各々の意見を言い始めた。

「普通に、『いなくなりました』で良くね?」「やっぱそうなるよね」「『危険と思われたので祓魔を試みたが逃走し、見失った』。どう?」「おお、それでいこう」「何にせよ始末書書かされそう」「でも楽しくなって来たな」……。

黒子は事務所の人々が話し合う内容を放心状態で、それでもなんとか聞いていた。どうして、どうしてこの人たちはこんなに優しくてあったかいのだろう。人間から受ける温情が、こんなにも悪魔の心を震わせるだなんて。

盛り上がる事務所の人々とは別に、伊月は何やら難しい顔をして黙りこくっていた。気が付いた日向が声をかける。

「伊月、なんだ、変な顔して」
「ああ、ごめん…ひとつ気になって」

伊月は今までのことを振り返りながら、日向に懸念を伝えた。

「俺とカントクだけ気付いて警戒してるんだけど、最近ずっと『視線』を感じてて…。今だって見られてるかもしれない。かなり力が強いみたいでさ、追いかけても大体色んな場所に撹乱されるから大元は掴めてないんだ。…でも」
「でも?」

日向は続きを促す。

「先月、火神、黒子、コガが"嫉妬"…黄瀬に襲われただろ?あの時コガは本当に危ない状態で…。あの事件に間に合ったのが博物館勤務の高尾って奴のお陰だったんだ」

新人故、後からきっと小言を言われただろうに、博物館の応接間に無断でやってきて、気まずそうに小金井の危機を教えてくれた彼は、確かに道徳ある人間だった。更に言うなら、もしも黒子を手に入れたいと思っている側の人間だったなら、敵に塩を送る行為でもあったのだ。

「コガのことを助けてくれたんだ、良い奴だとは思う。でも、千里眼持ちの高尾が瀕死のコガをたまたま見つけるっていうのはあまりにも都合が良すぎる。それに加えて、今回のことだろ。
 高尾はきっと相当な視野を持ってる。最近覗かれてるのも、彼が原因かもしれない」


鷹の目、鷲の目



20130808

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