02 楽園追放、最後尾はこちら 02 | ナノ




王家へのお目通りは比較的スムーズに受け入れられた。やはり、古くからの付き合いというものがあり、近臣が王へ進言しスケジュールに押し込んだのだろう。謁見の前日に僕は王都へと移った。見せる心の標本は多い方が楽しめるだろう、と結論が出て僕は光樹に頼んで荷物を一緒に運んでもらった。王へのお目通りは一人しか認められなかった為、僕は不安げな光樹を置いて、大量のガラス瓶と共に入城することになった。荷物は一部運んでもらい、臣下の後ろを歩きながら、失礼にならない程度に城内を観察する。伝統ある王家だから、悪いことでは決してないのだが…不況だなんだと王家も騒いではいるものの、調度品などは恥ずかしげもなく贅が尽くされていて鼻白んでしまった。

だだっ広い広間の荘厳で豪奢な玉座に、王は座っていた。即位して日の浅い彼はしかし祭り上げられることには既に慣れていて、肘掛けに肘をつき、退屈そうに、至極どうでも良さそうに、沢山の荷物に埋れた僕を見下ろしていた。年齢こそさして変わらないけれど、地位、というものが彼との間に絶対的な差をもたらし僕に不快感を与える。僕に、彼のご機嫌をとるような真似事は不可能だった。僕はもともとそういう人間だ。したがって僕は淡々と心の標本を披露した。

沢山の標本は、それぞれ物語を持っている。心の標本自体の美しさは勿論最も魅力的な点ではあるけれど、その美しさというのは心の持つバックグラウンドを知ってこそだと思うのだ。広い空間に僕の声だけが響く。エデン王は一応表面は取り繕っているものの、やかましそうに僕の話を聞いて、詰まらなさそうに心の入れられたガラス瓶を見ていた。エデン王の目はうつろな赤色だった。

最後のガラス瓶の説明を終えて、僕はひとつ、王にお伺いを立ててみることにした。

「陛下。ご自身の心を見てみたくはありませんか?」

意外だったのは、エデン王が初めてまともな反応を返して来たのが、この問いだったことだ。

「…俺の心を?」
「ええ、"アメ"である私の能力を知ってもらうのは、心の標本をお見せするだけでは到底足りないと思った次第でございます。また、エデンを統治する王たる陛下の御心は、私が集めた心よりも遥かに優れたものであることは自明のことと存じます」
「ふぅん…」

彼はどうやら興味を持ったらしく、やってみてくれないかとはっきりと意志を示した。臣下も意外そうにしている。僕は王の望むまま、彼の心を取り出すことになった。別に血が心の形を決める訳ではないのだが、王族の、しかも現エデン王の心を見てみたいという知的探究心がなかったと言えば嘘になる。結果、事がプラスに運んだのでよしとしよう。

僕は自分の持っているガラス瓶の中で、宝石で繊細な装飾がなされていっとう透き通って美しいものを選ぶ。心臓から遠く離れて難易度は高かったが、それでも僕はエデン王の心を呼び寄せた。

ぐるぐると渦を巻いて、ガラス瓶に心が入って行く。どんなものだろう、気分の高揚を覚えつつ、僕は王様の心がガラス瓶を満たすのを待った。

こぼこぼとガラス瓶を満たしたものを見て、僕は目を見開いた。

「…なんて、美しい…!」

うっとりとした声が、王から発せられる。エデン王は瓶の中身に目を輝かせた。否、正確に言うのなら『エデン王だけが』目を輝かせた。

…僕を始め側に仕えている侍女、近臣、衛兵、全員がガラス瓶の中身に閉口したのだ。王の心を移したガラス瓶の中には、不透明なヘドロが溜まっていた。何かの間違いかもしれない、そう思いながら指先で弾くと、ヘドロは小鳥の死体に姿を変えた。

王はそんな、内側がヘドロにまみれたガラス瓶を僕から受け取ると、両手で包み狂喜する。

様々な仮説が僕の頭の中で飛び交う。

一、僕の目がおかしくなった。
二、僕たちの目がおかしくなった。
三、エデン王の感覚が他者とずれている。

おそらく正解は三、それでも完全な答えには至っていない。考えろ、考えなければ。僕は今まで標本にして来た心とそれにまつわる物語を思い出す。僕が今まで分けてもらった心の持ち主は、光樹が連れてくる顧客である事が影響してか、誰かに贈呈するために心を取り出していた。そして受け取った相手も八割、エデン王と同じように猛烈な喜びを噛み締めて、いた。もしかして、彼らの間には何か他者間と違う繋がりがあったのか?大抵彼らは恋人同士で。恋、愛。

僕は王の手の中のガラスを叩き割りたい衝動に駆られた。僕が選んだ真実は、これ。


王の心は自己愛でのみ成り立っている。


王は、自分しか愛していない。だから王は自分の心にしか興味を示さなかったのだ。

僕は、その時初めて自分の職業に絶望した。アメによって心を閉じ込められたガラス瓶は、触れる人によって姿を変えていた。それは僕にでもわかる。そしてもうひとつ、心は、見る人によっても、姿を変えてしまうのだ。僕はいつも当事者ではなく観測者であったから、その他者との齟齬を殆ど感じていなかったのだ。

臣下たちも口にはしないものの、いまだ動揺でいっぱいの目で王を見ている。王は、誰から見ても滑稽だった。僕は血の気が引くのを感じた。人の心のありようが、こんな事故を起こしてしまうというのなら。アメの離職率の高さが、そのことに起因しているのだとするなら。

――じゃあ、光樹は?

光樹は僕の心に、何を見た?







王との拝謁を終えた俺は行きと同じだけの荷物と王の契約続行の言葉、それから行きより重くなった心を抱えて下城した。城の門の側の、人ごみから逸れた位置のベンチで、光樹が本を読んで僕を待っていた。どうやら他国から輸入されたもののようだ。僕のことを待つ間に購入したらしい。僕は大股で光樹に近づくと彼の隣りに荷物を乱雑に下ろした。がしゃ、かしゃんとガラスの擦れる音がする。光樹は何か勘違いしたのか、やっぱり駄目だったんだ、と残念そうに呟いた。

「でも、とりあえずおかえり、赤司」
「答えろ」
「え?」

僕は光樹の手元から本を奪い座面に放り投げ、きつく睨みつけた。苛立ったまま光樹の襟を掴んで引き上げる。光樹はひっと悲鳴をあげた。そして何の事だか分からないのかキョドキョドし始めた。言葉が足りないのはわかってる。僕は質問を投げかけた。

「お前が見た僕の心はどんなだった?」
「!!」

光樹は目を見張った。顔色がさっと悪くなり、しかし眉尻を下げつつも僕を見返した。

「赤司…何を見てしまったの?」
「答えろ光樹」
「…」
「そんなに、僕は……醜かった?」

声の端っこが、僅かに震えたのに気付かれなければいいのに。光樹は察しがいいから絶対に無理だ。その上、僕が気付かれたくないのを知っているから絶対に知らないフリをする。代わりに、僕を目一杯甘やかすのだ。

光樹はずっと黙って、考え込んでいた。今だけじゃないんだ、ずっと、彼が僕の心を見たときからずっと何かを考え、思い続けていたんだ。そしてついに、どこか観念したような口ぶりで、蕩けるような優しさでもって僕の質問に答えた。

「――ううん、俺が見たのは、とても美しいものだったよ」

それは、僕が思っていたのとは真反対の答えだった。

「だから俺はアメをやめてしまったんだ」

光樹は上目使いに僕の目を、逸らさず見つめ返した。嘘をついているときの眼差しでは決してなかった。

「俺はね…赤司の心を見て、『満足』してしまったんだ。あんまりにも、綺麗で…もう、何もいらなくなってしまったんだ。もう他の人の心なんて見なくていいくらいに、綺麗なものを見てしまったから。これ以上に綺麗なものなんてどこにもないって知っていたから。
 それで…どうしてかな、神様の啓示だとかそういったものかも知れない。俺は、赤司の心がそんなにも美しく見えたのは……赤司を、ずっと愛していたからだと、そう瞬間的に理解してしまったんだよ」

光樹の襟を握り締めていた手から力が抜ける。光樹は寂しそうに、照れくさそうに笑う。そして初めて、僕から視線を逸らして俯いた。

「……迷惑だと思った。気持ち悪いと思った。赤司に、嫌われたくなかった。でも、取り出したまま捨てられなかった赤司の心の欠片はいつまで経ってもずっと綺麗で――それが俺の答えだったんだ」

ずっと怯えてた。赤司が心の標本集めに満足したら、ほんとうに愛している人を見つけてしまったら、それが俺の想いの終わりだったから。

「ずっと好きだったんだ。エージェントとして側にいて、赤司が真実を見ないようにするくらいに卑怯者だけど…。本当ッ、迷惑だけど。俺はいつまでも、赤司を愛してるみたいなんだ。………だから、ごめん、ね、」

光樹は、寂しげに微笑む。どうして謝るんだよ。心臓がぐらぐら、変な音をたてる。じっとなんてしていられないほどの感情の揺れを感じた。光樹にこんな顔をさせたくない。触れたい、触れたい、触れたい。

僕は思わず光樹の唇に自分の唇を押し付けていた。柔らかい感触と満たされる心が僕の想いが自分のこの衝動的な行動が正解であることを告げていた。驚いた光樹が思わず僕の体を押しのけようとする。構わずかぶさるように抱きしめて、息もつかせぬほど何度もキスをした。僕は自分でも少し苦しくなったところでやっと光樹を解放した。はじらいと混乱と呼吸困難で百面相をしている光樹を見て、僕は笑ってしまった。

「わ、笑…!
 気持ち悪くないの!?こんな、俺、男なのに」
「気持ち悪くなんてないよ」
「嘘だ、」
「じゃあ、光樹の心を取り出してみようか?」
「ッ嫌だ、やめて!、んっ」

悲鳴をあげた光樹の唇を、僕はもう一度自分のそれで塞いだ。

「なぁ、お前の幼なじみは、気持ちが悪いと思いながら口づけできるような男なのか?」
「………できるかも」
「…信用ないな…」

正直な光樹に苦笑しつつ、今度はなだめるように光樹の潤んだ目元に口づける。光樹の体が軽く弛緩したのを感じて、ここぞとばかりに畳み込んだ。僕は光樹の平均より薄っぺらい体を再び抱きしめた。

僕が彼に触れたかった理由は、これだったんだ。

「ねぇ、好きだ。好きだよ、光樹。きっと、僕も、もうずっと」

そう穏やかに自分の心を唇から零れさせたら、光樹の涙腺はあっけなく崩壊した。



行きと同じように荷物を分けてふたりで家路につく。道すがら、僕は光樹に王宮でのあれこれを説明した。光樹は契約が継続されることに関しては喜んだものの、王の性質に関しては難色を示した。そりゃ、そうだろう。国のトップに君臨するものが実は自分のことしか考えていないだなんて、どこぞの有名な暴君のように成り下がるのも時間の問題だろう。

「光樹、いつかこの国を出よう」

前を向いたまま、光樹にそう誘いをかける。どんなに表面上は取り繕っていても、自分しか愛せない王のいる国なんてこの先長くないだろう。幸い周辺国とは言語が同じで、より栄えさせようと他国からの移民の受け入れが寛大である国もある。エデンとは違いアメという職業は存在しないけれど、逆にそれを売りにするのもアリかもしれない。そう考えると、僕はまだまだアメでいられる気がするんだ。今度はもっと、高い意識で。

「ついて来てくれるか?」

光樹に尋ねる。それは両親から継いだパン屋も、友人も、風景も、全てを捨てるということだ。光樹は空いている方の手を僕の手に重ねた。体温に驚いて光樹を振り返るとゆるく微笑まれる。

「俺、赤司と一緒ならどこへでも行けるよ!」

気付けば僕は路上で再び光樹の唇を奪っていた。





とある国の童話です。貧しいきこりの家の兄妹がいました。兄妹は突然現れた老婆に幸せを運ぶ、青い鳥を探すように頼まれます。兄妹は老婆の為に青い鳥を探す旅に出ます。そうして長い冒険の旅の中で兄妹は幸せの輪郭をなぞっていきます。しかし、結局青い鳥を捕まえる事は出来ませんでした。落ち込む兄妹、ですがその幸せの青い鳥は、実は彼らの住む家にいたのです。

「もっと詳しく説明しましょうか?」
「いや、結構。その話は一度読んだ事がある」
「そうですか」

我が家にふらりと現れたテツヤを、砂糖と牛乳をこれでもかと言う程投下したカフェオレでもてなすと、彼はどんな趣向か異国の童話を話し出した。とはいえその童話は有名なものであり良く知っていたので、詳細の説明は辞退する。テツヤはマグの中身に口をつけて、ほっと息を吐き出した。

「赤司くん、この国から出て行くんですか?」

随分と耳が早い。まさか、光樹から聞いたのか?だが光樹が話す理由がわからない。驚いて、無言でテツヤを見返した。テツヤはいつも通りの表情の読めない顔で続けた。

「今の君なら、民から絶大な支持を得る、王たる王になれると思うのですが。所謂賢王ですね。保証しますよ」

何の誘いだ。不審に思いテツヤの真意を掴もうと口を開いて、時間を無駄に費やすことになりそうだったのでやめた。僕は代わりにテツヤに答える。

「悪いが、それは無理だよテツヤ。僕はもう民のことなんて考えられないだろうから。隣りにいてくれる人を幸せにするので精一杯だ」
「そうですか」

テツヤはやはり、そう頷くだけだった。最初から決まっている答えを確認しにきただけのような態度だった。

「…テツヤのことは不思議だと常々思っていたが、益々不思議になったな」

僕はからかうようにテツヤに笑いかける。しかし、テツヤは何も答えずに、お幸せにと微笑むだけだった。


まだ暫く、ギルドや光樹の手配してくれる仕事は続く。心の収集もまだ続行中だ。だが、収集品は一番綺麗なものを手元に残して、他は誰かに託していつか一般人に公開しようかと思っている。それはつまり、瓶に入った標本は全部を置いて行くということなのだけど。だって一等綺麗な愛しい人は、その心を取り出す前に、僕の標本になってくれたから。








20130804

あとがき

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