02 楽園追放、最後尾はこちら 01 | ナノ


場所はどこだっていい。ただ、依頼人が落ち着ける空間が望まれる。だから大抵僕は依頼人の自宅へと赴く。そして依頼人を椅子に座らせて、その前のテーブル、出来れば心臓の位置くらいに小さなガラスの小瓶を置く。

「力を抜いて。楽にして…」

僕が指示をすると、目の前の男性は椅子の上でひとつ深呼吸をした。僕は両目でじっくりと、依頼人の体を観察する。まだ、固い。筋肉に余分な力がこもっている。僕は言葉を付け足す。

「そうだな、恋人のことでも考えていたら良い。あなたのさいわいな時間を、思い返して。いくらでも。眠るくらいに」

なるべくやわらかな言葉使いで言えば、少しは効果があったらしい。男性の前の机の上に置かれた小瓶に淡い桃色の光が集まって、ぱしゃん、と内側に広がった。きらきらと輝く液体を見て、僕は薄く笑った。瓶を手に取ると、小瓶の中身は軽そうな羽の形に姿を変えた。目を開けた男性は僕の手の中を見て驚き、興奮で頬を赤く染めている。



少し不思議なことに、エデンという国では心を瓶に詰めて売ることがある。それは完全に嗜好品で、心を瓶に詰めて売る作業が出来るのは限られた人間だけであったりする。僕はその、「アメ」という職業に従事している。例えば今回の依頼主である男性は、そうして僕の力で集められた自分の心を恋人にプレゼントする。

アメが必要とされるのは、小さいことなら恋人へのプレゼント、大きいことなら王族の式典と幅広い。



アメの仕事は、心を魅せることだ。







エデンの北方にある、とある州の小さな田舎町。仕事柄国中を駆け回ることが多いけれど、僕の故郷はここの他にはない。仕事道具を肩にかけて、他の土地よりも少し早い街路樹の紅葉を眺めながら到着したのは一軒のさびれたパン屋だった。僕は少しかさついた木製の取っ手を握りしめ、店内へと入る。からころと明るいドアベルが鳴ると、レジの奥で新聞に目を通していたらしい少年、降旗光樹が顔を上げこちらを見た。

「おかえり赤司。早かったね」
「ただいま。思ったより簡単に引き出せたからね。コレクションも1つ増えた」
「さすが、レコルテ」

言いながら、そこそこの重さがある荷物をレジに下ろすと光樹が引き取ってくれた。荷物を運ぼうとする彼を、僕は引き止めた。

「光樹、頬に小麦粉がついてる」
「えぇ…、俺このまんまお客さんの相手してたよ…」
「俯くな、とれない」

僕が手のひらで粉を拭うと、恥ずかしかったのか光樹は僅かに頬を赤くする。頬から手を離すと光樹はやっと顔を上げた。

「あ、そうそう、仕事が来たから受けておいたよ。ふたつ」
「そうか、ありがとう」
「座ってて。コーヒーいれるよ」

光樹は言って、店の奥へと消えた。僕はレジの近くにもうひとつ椅子を持って来て、腰を下ろした。店内をなんとはなしに眺める。きちんと綺麗にはしているけれど、最近人の入りが芳しくない。簡単に言えば不況、というやつだ。まったく、お偉方は何をやっているのだか。年を取ったせいか(こう言うと世の中の大人たちには眉をひそめられる)、どうも幼稚な王政であるなあと感じてしまいいい気がしない。そういえば一昨日、仕事仲間の黒子テツヤという男にそんな不満を漏らせば、じゃあ赤司くんが王様になればいいです、どちらにせよ何も変わりませんが、なんて嫌みを返された。僕はどうしてか、言い返せなかったのだけれど。

テツヤの失礼な言動を思い出して僅かに苛立っていると、光樹がマグカップを両手にこちらへと帰って来た。なみなみと注がれたブラックコーヒーに口を付ける。良質な苦みが気分を落ち着けてくれて僕はほっと息をついた。光樹は僕が一息つけたことがわかったのか、柔らかな笑みを向けてくれた。今日、少しだけ分けて貰って来た心のひと雫を光樹に見せる。光樹は小瓶を受け取ると、指先できん、と弾いた。その衝撃を受けて、小瓶の中の心は透き通ったカミツレの花へと姿を変えた。光樹は小瓶に視線を落としたまま、口を開いた。

「…赤司はコレクションをいつまで集めるんだい?」
「終わりは決めてなかったな。満足するまで、かな」
「そうか」

僕の答えに光樹はほっとしたようだった。小瓶を僕の手のひらに返却する。僕は手の中のそれをポケットへしまいこんだ。小瓶を見せるとき、先ほどのように光樹は何かにおびえているようで、不安げな表情を見せる。僕はたまに光樹が何におびえているのかが分からなくなる。それと、もうひとつ。文脈も何もなく僕は光樹に尋ねた。

「…光樹はもう、アメの仕事はしないのか?」

もう何年も前の話だが、光樹は、彼もまた有能なアメだったのだ。僕がこうしてアメとして成功できているのは元アメにしてマネージャーをしてくれている光樹の存在が大きい。幼なじみでずっと一緒に育って来たのに、僕は光樹がアメをやめた頃から光樹のことが少しだけ分からなくなっていた。光樹は僕の質問に驚き、そして困ったように眉を下げつつ僕に謝った。

「俺はちょっと、向いていなかったというか…親の店も、できることなら継いであげたかったし」
「光樹は有能だった」
「それはありがとう。…ほら、俺、直ぐに相手に感情移入しちゃうからさ、」

光樹は俯いて、マグカップの中身を揺らした。心を扱うアメの仕事は、心に対して冷たくあることが望まれる。これはアメの基本だ。確かに、光樹は他人の感情に流されやすい面が多々見受けられる。つまり、優しい、ということなのだけれど。僕は光樹の返事に納得がいかない。

「アメは…離職率が高いことで有名だ。そして離職した者は多くを語らない。ただ、今の君みたいに、曖昧に笑って口を閉ざすだけだ。……光樹、僕は知っているよ」

光樹の肩がおびえたように跳ねた。構わずに僕は続ける。

「君が最後に抜き取った心の一部の持ち主は、僕なんだろう?」
「……まぁね」

光樹はばつが悪そうに僕の言葉を肯定した。そしてまた、泣きそうな笑顔をみせる。

「赤司も、いつかわかるよ」

僕はやはり、何故臆病者の光樹が頑として理由を語ろうとしないのか分からなかった。僕が自分で自分の心を取り出せたならわかったのかもしれない。だが、残念ながら自分で自分の手術をできないのと一緒で、自分自身で心を取り出すことは出来ないのだった。もどかしい。この話題になった時、僕は光樹の心が自分から一番離れてしまうように感じていた。







翌朝、まだ太陽も僅かにしか空を照らしていない時間帯に僕は光樹に叩き起こされた。家族同然であるため光樹には元々僕の家の鍵を渡してあり、それはまぁ良いのだが、僕は正直朝には強くないので「ものすごく」不機嫌になった。僕は眉間にしわを寄せ、瞳孔を拡張させながら(自分では分からないがテツヤによると思いっきり広がるらしい)一体何の用だと光樹を軽く睨んだ。清々しくもなんともない早朝。ひんやりした空気が僕の眠気を拭おうとしてくれてはいるが全く足りない。理性が中々起床してくれない。僕の機嫌を損ねるのを覚悟の上で僕を起こした光樹はぶるぶると震えながら一枚の紙を僕に渡した。電報だ。開くと、アメの元締めからの緊急の呼び出しだという。

僕は光樹によってなんとか体裁を整えられて、集会へと送り出された。馬車を走らせて半刻程でギルドに到着する。到着する頃には流石に目も覚めてきていた。よく言えば趣があり、悪く言えば古くさい建物に入る。用意された席に着き、まずはじっくりと周囲を観察した。中には見かけない顔もおり、かなり広域のアメたちが呼び出されたようだった。元締めをはじめ事情を知っているアメの者たちが一様に血相を変えている様子からすると、並々ならぬ事件が起きたらしい。

「エデン王がアメとの契約を打ち切りたいと言っている」

会議が始まり、アメたちの唯一のギルドのオーナーである笠松が率直に伝える。数十人のアメたちはざわ、とささめいた。

「現エデン王は、もともとアメの能力に魅力を感じていないようだった。どころか、詐欺のようにも思っていたらしい。それに、アメに割く分の税金を国家の立て直しに充てたいとも言っている」
「えー、それじゃあ笠松さん、抗いようがないじゃないっすかー」

眠いのか目元をごしごしとこすりながら、高尾が発言する。笠松は唇を噛んだ。

「その通りだ…俺自身も、エデン王のその決定は正しい…とも思っている。所詮は俺たちの仕事は嗜好品の生産に過ぎないからな。生活必需品にはなり得ない」
「じゃあ…僕たちはいらない存在ってことですか」

珍しく暗い表情を浮かべ、黒子が俯く。そんな黒子を花宮が嗤った。

「はんッ、だったらギルドを解体して個人でそれぞれが儲ければ良いってだけだろ、バァカ」
「花宮、誰もがそんな風に切り替えて生活できる訳ねえだろ。そもそも国からの保護がある程度ないとやっていけない不安定な職業なんだ。勝手なこと言ってっとしばくぞッ」
「はぁ?そもそもこの形が正しいんだろ?競争上等だ。仲良しこよしで商売?甘ったれた理想ばっか言ってんじゃねーよ笠松」
「おふたりとも、やめてください」
「せやで、やめぇや二人とも」

言い争う二人を諌めたのは伊月と、今吉という腹の読めない男だった。今吉は笠松の代わりとばかりに会議の進行を助けた。

「まだ色々と打開策はあるんやで、皆。
 まぁ、まずは王様に、アメの素晴らしさを教えたればええ。美しいもので、魅せてしまえばええんや」







「それで、任されちゃったの?」
「ああ」

僕にすべてを託すという決定が下って、僕が家に帰れたのは正午を過ぎた頃だった。店で光樹が作ったパンを食べながら、光樹にギルドでの話を終える。光樹は気の毒そうな顔をして僕を見た。

「赤司は、意外と厄介事を断るのが下手だよね」
「随分批判的なものの言い方だね、厄介事だなんて。
 …そうかな。まぁ、今回に限っては僕が適任とは思うよ。あれだけの心を標本として収集してるのは、僕くらいだと思うしね」
「レコルテ(収集家)、」
「言われたよ」

言いながら、僕は自宅の標本で埋め尽くされた一室を思い出す。趣味が悪い、と言われたこともあったけれど、僕は自分で作ったあの部屋が大好きだった。様々な人間の心で溢れ返っているのにうっとりしてしまうほど静かで、眠れない夜は枕と毛布を持ち込んでその中で丸まったりする。もしかしたら心のかけらたちは音もなく、子守唄みたいに唄っていたのかも知れない。昔は光樹もよくあの標本室にやって来たものだ。珍しい心の詰まった瓶を抱えて、標本にされた美しい心よりも目を輝かせて僕に笑ってくれていた。

「――それじゃ、謁見の時のスーツを出さなきゃいけないね。ちゃんとした恰好でなけりゃ」

懐古しているうちに光樹がそう僕に話しかけていた。ぼうっとしていたせいで少しばかりたじろぎつつ、僕は頷く。頭の中で王に見せる選りすぐりの心をピックアップしていると、光樹はパンをのせていた皿を下げて、食後のコーヒーを出してくれた。

「パン、美味しかった?」

一旦思考を中止して、勿論と頷くと光樹は嬉しそうに頬を緩めた。僕は光樹がきらりと輝いて見えて、こっそり首を傾げた。何故だろう、輝いたのと関係あるのだろうか。願望を果たしはしなかったけれど、僕は無性に、光樹に触れたかった。




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