03 夕暮れ神社と月夜の明かり 01 | ナノ


東京都北西部にある町の、とある稲荷神社の周囲の様子がおかしい、という相談が、民間人から直接事務所に届いたのは七月の午後ことだった。周囲に住む人々が頻繁に耳鳴りや頭痛に苛まれるという。話を聞いたのは所長であるリコであり、大した妖ではないなと判断した。聞けば悪影響を受けている人には個人差があり、簡単に調べた結果被害にあっているのは皆僅かでも霊感がある者たちだというところまで分かっているという。

それじゃあ誰にこの仕事を割り当てようか。後輩たちに積極的に祓魔の仕事をさせたいなと悩むリコの前には大学の定期考査の試験勉強で半死半生となった三人がいた。この時期に仕事を増やしてやるのはちょっとばかし酷かもしれない。リコだってそんなに鬼ではない。と、いうわけで大学には進学せず、この事務所にのみ勤めている火神に仕事をさせることにした。(ちなみにいうと火神も祓魔師昇級試験なるものを他三人同様に控えていて、そのやばさについては他の追随を許さない のだが。試験と名がつくものはとにかく苦手な彼の状態を例えるならば半分も生きておらず、もはや死体だ。)

しかしながら、火神をメインに祓魔をさせる訳ではない。彼に単独で仕事をさせるのはあまりに不安であるため、火神は木吉の補佐としてついて行くことになった。ここで木吉が選抜されたのは彼の能力の高さも勿論であるが、一番は木吉が「狐の妖とのハーフ」であることだった。同族であるなら交渉もうまく進むだろうという期待が込められている。結果的には春の研修期間と同じような状態になったのだった。

木吉は尻尾を上機嫌に振りながら、火神は自分とセットの黒子も連れて。リコたちは和やかに彼らを送り出した。真夏のギンと刺す真っ白な陽光を受けて、彼らは稲荷神社への祓魔へと向かった。



夕方、事務所に帰って来たのは半べそをかいた黒子だけだった。



彼は帰ってくるなりテツヤ2号を抱きしめて、ぐずぐずと鼻を啜る。

「ふ、ぇ。ひど、です、ひどい、です…」

言いながら黒子は火神の椅子の上に小さく丸まった。2号は心配そうにぺろぺろと黒子の頬を舐めている。こりゃあ面倒なことになったかもしれないわねと動揺しつつ、リコは他二人はどうしたのか尋ねた。黒子は最初、リコの質問の意味がよくわからなかった。

「…ず…。…え、あのふたり…さきに、かえっちゃったんじゃ、ないんですか」
「へ?帰ってないわよ?」
「………ぼくのこと、おいてったんじゃないんですか?」

黒子は顔を上げて、驚いた拍子にか頬の上をぽろりと雫が転がって行った。だが、黒子はぷるぷるとかぶりを振った。

「でも、だって、僕ずっとお稲荷さまの祠の前で待ってました。ちょっと、近くにいた猫さんと遊んでたら二人ともいなくなって、きっとトイレかなにかだと思って…」
「いつから?」
「お昼ご飯食べる前からです」

黒子の表情が、寂しさや悲しさといったものから、不安げなものに変わる。不安になっているのはリコも同じだった。リコはまずは携帯で連絡を取る事を試みるが、相手の電話が電源が落ちている、もしくは電波が届かない場所にいるというお決まりの文句を告げられるだけだった。リコは依然2号を抱えたまま丸まっている黒子の頭を優しく撫でた。

「携帯からも、連絡がとれないみたい。大丈夫、きちんと武装してるあの二人が揃ってて負ける訳はないし…伊月くんが帰って来たら探してもらいましょう」

黒子は納得いかなさげであったが、こくりと頷いた。

それから五分も経たずに伊月は事務所に帰って来た。妙な雰囲気になっている事務所内に若干戸惑いつつ、リコのもとにやってくる。

「カントク、これ資料。…ていうか、どうしたの?何かあった?」
「…"何かあった"…かもしれないのよねぇ」

リコは嘆息した。一通りの話を聞いた伊月は、リコの前に立ったまま"鷲の目"を使って探索を開始する。良く知った二人であるので、探索は簡単なように思えたが、伊月は口をむっと結んで腕を組んだ。

「…途切れてる」

伊月は眉間にシワを寄せた。

「死んでる…とかじゃない、と思う。ただ、ものすごい広範囲で足跡を隠されてる、って感じがするんだ…。カントク、これやばい。これと同じの、一回見たことがあるけど………"神隠し"だ」

本気で面倒なことになったとリコは頭を抱えた。が、数秒で元に戻った。

「まあ、なんとかなるかな?」







事務所の全員が、「あの二人ならなんとかなる」という楽観視をしていた。祓魔師業界としてもこの考え方と判断はかなりな少数派であることは間違いないだろう。しかし、神隠しであることが判明してから二十四時間ほどが経過したところで、流石にこちらからもなんらかのアプローチをした方が良いだろう、ということになった。

とはいえども、祓魔師事務所で出来る事は限られている。日向は伊月に目をやった。

「伊月…無理?」
「俺、流石に異界の探知はできないんだよ…運が良ければ入り口見つけられるかな、くらい」

伊月はつるつるした自分の黒髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜて悔しがる。周りの皆には伊月の能力の制限が分からない。伊月は簡単に説明を始めた。

「簡単に言うと…数学の虚数解みたいな」
「わかんねぇよ」

少々勉強に不安のある日向はすぐに抗議の声を上げた。

「えー…。グラフの上に表示されないってことなんだけど。じゃあ、あるけどない、ないけどある。って言えばわかりやすいのかな」

やはり"見えない"他の祓魔師たちにとっては伊月の噛み砕いた説明も難解であるらしく、はっきりと理解を示せる者は同じく目の良いリコくらいしかいなかった。再び全員でどうにかならないものかと悩んでいると、珍しく黒子が発言した。

「失礼ですが、伊月さんよりも精度の高い"目"の持ち主の場所に行きましょうか」

黒子は2号を抱いたまま、事務所の玄関に向けて歩き出した。日向は困惑気味に黒子に尋ねる。

「そんなのいるか?言っちゃなんだが、伊月の目は祓魔師の中でも相当なもんなんだぞ?」

黒子と2号は、日向を振り返った。なんでもないことのように、黒子は答えた。

「高尾くんのところです」



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