君知 2 | ナノ




夜遅くに家から出ることに関して、あまり親は良い顔をしないけれど、星を見に行くと説明すると態度は柔らかくなった。

待ち合わせ場所にチャリで向かうと、花井が一人、空を見上げて立っていた。

「はーないー」

声をかけながら近付くと花井はこちらを見て、おーなんて手をあげて応えた。俺は停めたあった花井の自転車にくっつけるように自転車を並べた。

「田島が二着か」
「ま、家近いからな!」

にひ、と笑うと花井は微笑んで、それから何故か少し不機嫌そうな表情を浮かべた。

「そういや田島、お前この前の試合のアレ、どういうことだよ」
「…えー、アレって」
「いきなしバカって言ったじゃん俺のこと。なんかやったか俺?」

不機嫌の理由はわかったけれど、そのことには、あまり触れて貰いたくなかった。

「いやぁー…別に…なんでもねーよ?」
「珍しく歯切れが悪いな…ぜってぇなんかあんだろ…」

花井の視線から逃げるようにしていると、後から栄口、西広と部員が集まって来て、俺はうまく花井の追及から逃げ切ることができた。





「田島ってよく花井のこと見てるよなぁ」

そう水谷に言われたのは随分と前のことだった。完全に無意識だったから、俺は何のことだときょとんとした。でも、現に見ていたのだから否定のしようはなかった。

「…そーか?」
「そーだよ!田島がボーッとしてる時は視線の先にいつも花井でさ!――なんかさぁ、恋しちゃってるみたいだよね〜」
「っえぇー!?おっぱいもないハゲにどーやって恋すんだよ!」
「あっはは、言うと思ったよ」

水谷はけらけらと笑った。俺はふーん本当にそんな癖あんのか?なんて流して…あれ、また花井見ちゃったよ、って変な気分になった。

それからも、視界の端にはいつも花井がいた。疑問はあったけれど、別になんとも思っていなかった。自分に食らいついてくるライバル、だから気になるのかな、本当にそのくらいしか考えていなかったんだ。俺は野球以外で頭を使うのが苦手で。

それが一転したのがこの間の練習試合の時だった。

ツーアウト一二塁、回ってきた打順に花井が打ったのは見事なスリーベースヒットだった。心地良い快音を聞いて、一塁にいた俺は無事ホームに生還した。回が終わって帰ってきた花井は得意気に俺に話しかけてきた。

「田島!ホーム、返してやれたぞ!!」

花井はそう言って嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。今まで何回もあったような場面なのに、その日は何を思ったのか花井はわざわざ最高の表情で伝えにきたのだ。

そんな花井に俺は、

「…はないの、バカ」

小さくバカと言った。

はぁ!?なんでそうなるんだよ!ふざけんな!花井はむっとして怒ったけれど、どうしよう、どうしようもない。

「はないのばーか!」

叫んで俺は逃げた。逃げないと、どうにかなってしまいそうだった。足がもつれるなんて初めてで、それでも必死に土を蹴った。どんなに頑張って逃げてももう…どうにかなってしまった後であったのだけれど。

あの花井の笑顔は俺の目に焼き付いて、目を瞑っても浮かんできて、くらくらした。足を漸く止めたのはグラウンドの裏手だった。バカみたいに息が上がっていた。早くベンチに戻らなきゃ、まだやることは沢山ある、試合中に何やってんだ俺、モモカンに握られる――でも、でも、どうしよう。

膝からカクンと力が抜けて、俺はその場にへたりとしゃがみこんだ。

どうしよう。震える口元を手で押さえた。

どうしよう、俺、花井が好きなんだ。

しかも、信じらんないくらい前からずっと、花井の笑顔で泣きそうに成る程、どうしようもなく好きなんだ。

以来、俺は完全に花井を意識してしまっていた。自覚すると、花井の側の居心地良さとか、抱きついたりすると胸の中がほわっとするだとか、小さなことにも気付いて、更に自分の股間センサーがぶっこわれたことも判明した。

詳しくは語らないが、最悪だ。





約束の時間より5分ほどの遅れでメンバーが揃い、俺たちは山まで一緒に歩き出した。暫く林間を進む。懐中電灯がサーチライトのように行く先を照らした。

「引退した後ってもう…皆でなんかやるとかあんまできねぇと思うし…地味だけど思い出作りっつうか」
「花井、たまには良いこと言うじゃん」
「『たまに』は余計だ!!」

企画の理由を話す花井をからかうのは泉だった。珍しい、やはりノリが良いというか、テンションが高い。それは他のメンバーにも言えた。星を見るなんて地味企画に参加してるにしちゃ少しばかりハイになっている。

ああ、と誰も指摘しようとしない違和感に俺は一人頷いた。

――皆、逃げてるのか。

冷静に考えればそうだろう。皆は今までみたいに野球漬けの毎日から一転して、自分の中心が野球じゃなくなる。その日が確実に近付いているのだ。大きな変化は誰だって怖い。

それにこれからは団体戦ではなくて、個人戦だから。

少しの時間だけでも目を逸らしたくてバカみたいに笑ってはしゃいでごまかして、孤独やら不安に押し潰されないようにしてるんだ。

それは俺も一緒。

「お、」

俺は持ってきていた懐中電灯が照らす先にあるものを見つけた。それをむんず、と掴んで俺は花井に駆け寄った。

「はないぃぃ!!すっげーでけぇ蛾ー!!」

俺の手のひらサイズの蛾だった。ざぁ、と花井の顔から血の気がひいた気がする。暗くてあんま見えない。

「あああああこっち来んな田島ァァァ!!」

花井は絶叫して逃げてしまった。予想通りのからかうのは面白いけど、花井にひっつけないのは面白くない。俺は蛾を逃がした。

蛾はばさばさと重たそうに空に浮き上がり消えていった。俺は何となく蛾を追って空を見上げた。

そこまで豪華なもんじゃないけれど静かなきらめきに目を奪われた。

いつの間にか隣にいた三橋がぽそりと呟いた。

「星 が、降ってくる」

キレイな言葉だなぁ。

周囲の光も届かないし、頭上も開けているしここら辺でいいかと皆も足を止め、それぞれが空を見上げた。部活中のグラウンドに被さる夜空とは、違う。言うなら、硝子の破片をまき散らしたようだった。



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