04 黄黒 ただ、恋をしている | ナノ


俺は黒子っちが好きだ。

触りたい、抱き締めたい、キスをしたい、ぶっちゃけその先も、いけるところまでいっちゃいたいといった風に、大好きだ。

最初、俺は彼のひ弱さと凡才さを馬鹿にしていたけれど、あの、俺の中でのイメージは彼と初めて一緒に出た練習試合でリセットされた。俺の狭い視野が原因だっただけで本当ならよく見なくてもわかる。黒子っちは人を尊敬させるような部分をしっかりと持っている人なのだ。そもそも認知されることの方が少ないので、影が薄い彼のその素晴らしさに気が付いている人は数少ない。勿体ないとは思えど、俺はそれが嬉しかった。好きな人の好ましい部分は自分だけが知っていればいい、というやつだ。だから俺の彼への尊敬が恋情へと姿を変えた時も、彼の競争率に関してはそれほど心配していなかった。結果から言えばその慢心は誤りであったと言わざるを得ない。近い人では桃っちが黒子っちを恋愛の意味で大好きであることは随分前から知っていたけれど、その他にも黒子っちに想いを寄せる人がいたのだ。

昼休み、黒子っちに会いに行くと、大抵一人の女の子が彼の側で笑っている。彼女の名前を、紺野雪子という。

切りそろえられたボブの黒髪と濃いめの睫毛に縁取られた二重の目が特徴。名前の通りに肌が白く、身体は標準よりも少し小さい。黒子っちとクラスが一緒で、黒子っちにしては珍しく、雪子さんと下の名前で親しげに彼女を呼んでいる。紺野サンの方も黒子っちのことを黒くん、なんて甘ったるい声で呼んでいる。この時点で紺野サンは他より一歩、黒子っちに近い存在であると言えるだろう。

紺野サンは付かず離れず黒子っちの側にいる。どうやら鬱陶しい距離にならないように最善を尽くしているらしい。しかし俺にとってはウザい、心底ウザい。彼女が黒子っちのことを呼ぶ度に黒子っちの表層が汚される気がした。

「二人の接点って、なんなんスか?クラスメイトなのはわかってるッスけど…」

俺は一緒にご飯を食べている黒子っちと、迷惑にも机に集った彼女に尋ねてみた。黒子っちの前の席に横向きに座って、身体を捻って黒子っちと話していた彼女が、キョトンとこちらを振り向く。黒子っちは図書室ですっけね、と紺野サンに目をやった。紺野サンは覚えててくれたんだ!と嬉しそうに笑んだ。

「黒くんが高いところの本をとってくれようとしたんだよ。でも、黒くんでも届かなかったの」
「…届きました」
「あは、本当負けず嫌いだね。あー、でもあの時、不本意そうにちょっぴりむくれている黒くん、可愛かったなー」
「全然嬉しくないです…」
「でも、それが切っ掛けで、私が構いに行くようになったんだよ」
「雪子さんとは、本の趣味も似てますしね」
「マジバのシェイクも好きだしね。まぁ雪はチョコ味が好きだけど」
「本当、話が合いますね」

黒子っちは楽しげに、くすくすと笑いを零した。黒子っちが笑ったのが嬉しかったのか、紺野サンは表情を更に明るいものに変えていた。

「んん、それじゃあ、今度はバスケのこと教えて貰おうかな」
「バスケ、興味あるんですか?では、一度試合を観にきてみてはいかがでしょう?黄瀬くん、カッコいいですよ」
「ちょ、違うよ、黒くんを観に行くんだよ!」

そうなんスかー、と最早文脈を追うこともなく俺は二人に笑いかけた。内心焦りでいっぱいだった。どう考えても、紺野雪子は黒子っちに好意を寄せている。そして直感だが、多分、彼女は狡猾だ。話が合う、趣味が合う、というのも完全に外堀を埋めにかかっているのだ。…と俺は邪推してしまう。そもそも同性というどうしようもない不利な立場で、この遅れを取り返すためには俺はなりふりかまっていられないのだ。黒子っちが誰かのものになるなんて耐えきれない。純粋な好意を抱いている彼女には申し訳ないけれど、先ずは、彼女を黒子っちから遠ざけよう。俺の武器と言えば、器用さとルックスだ。そうだ、紺野サンか俺を好きになるように仕向けてしまえば良い。俺は紺野サンに沢山構うようにした。廊下や移動の際にであった時は声を掛け、黒子っちと紺野サンが一緒にいるのを見つけた時はなるべく俺も一緒にいて、彼女の気を黒子っちから逸らすように仕向けた。

紺野サンは手強かった。彼女は俺でも驚くほどに黒子っちに盲目的に恋をしていたらしい。作戦がうまくいかないことに苛立ちながら、俺は彼女との決定的な瞬間を迎えた。



とある昼休み、紺野サンが俺の教室に現れたのだ。珍しく一人でいた俺に、彼女は話しかけて来た。俺から彼女に近づくことはあっても彼女から俺を尋ねてくることは初めてだったので、自分の作戦が功を奏したのかと俺は俄かに浮き足立った。俺は席についたまま、彼女と中身のない話をひとつふたつ交わして、その中でわざと、紺野サンは可愛いッスねーとくしゃくしゃと彼女の頭を撫でた。俺の中では、彼女が照れて笑いでもするだろうという予想が立っていた。だって、俺に触れられた女の子は大抵そういう反応を返してくるから。しかし、その期待は大きく裏切られる。まるで俺の手のひらに愛想を吸い取られたかのように、彼女から表情がするりと抜け落ちたのだ。その急激な変化に俺は目を見開いた。彼女は頭の上に乗っている俺の手を両手で包んで胸元へ持っていき、冷笑した。

「凄いね、好きでもないのにこんな風に、できちゃうんだ?」

俺の手を持ったまま、紺野サンはひとつ、ふたつ、俺に歩み寄る。俺は思わず着席したまま後ずさって、でもその分紺野サンは俺に迫った。

「仲良くしてくれるのは嬉しいけど、その気もないのにベタベタしないでくれるかな。
 …ていうか、人の目がない時にほとんど寄って来ない時点で私に良い感情を抱いてないってわかるに決まってるじゃん。それとね、黄瀬くんのその癖、弱点だよ?認めてる人しか、そういう呼び方しないんだもん――ほら、『黒子っち』ってさ」

くすくすくす。耳元でささやくように嗤われる。二の句がつげない俺の冷えた手を彼女は静かに解放する。紺野雪子はもう話すことはないとでも言いたげに教室から出て行った。教室は未だ昼休みの騒がしさの中にあったが、俺の頭の中は驚く程にしんと静まり返っていた。紺野雪子の裏表の激しさに驚いて?違う。

俺は彼女の心の醜さに口の端を上げた。汚い女。これなら、罪悪感のひとつもなく彼女を排除することができるだろう。



数日後、複数の女子に呼び出されている紺野サンを見かけた。自分の思惑通りに事が進んでいる、と暗い喜びが胸を満たした。今から起こることが、俺が彼女にわざわざ構ったもうひとつの理由だった。女子の集団が重たい雰囲気をまとって移動する。俺はこっそりと、彼女たちの後を追った。

到着したのはなんのひねりもなく体育館裏だった。案の定、紺野雪子は女子に囲まれて、俺との繋がりに関して問い詰められている。苛立ちと非難の声に彼女は狼狽えて、眉を下げていた。しかし、彼女がそうして黙っていたのは最初の五分だけだった。

「あの、違うよ?私が黄瀬くんと話してたのは、黄瀬くんにその…恋愛相談されてただけなんだよ」

は?

「なんでアンタがそんな相談されんの?」
「えっとさ、黄瀬くんと仲の良い人と、私が仲良くてね。私は黄瀬くんが恋愛で好きなわけじゃないから、相談受けてたんだ」

紺野サンはその後も恐ろしいほど理路整然と嘘を並べていた。本当と嘘を編み込んで、俺の行動との辻褄を合わせて行く。嫌な予感がした。そしてそれは悲しい事に大正解だった。彼女はにこりと、柔らかく笑った。

「誰のことかは私もわかんないけどね、自分からは恥ずかしいから、もっとアプローチかけて欲しいなって言ってたよ」

俺言ってねぇよそんなこと!?

間も無く呼び出しは終了、解散となった。俺は口元をおさえた。やられた。これじゃあこの後から、おそらく、鬱陶しいほど女子が俺に群がってくるのだろう。邪険にはできないから神経も削れるし、何より黒子っちに会う時間が短くなってしまう…!

建物の影で呆然としていると、紺野雪子が俺の前に現れた。まるで、最初から俺が近くにいるとわかっていたように。

「あはっ」

彼女は青褪めている俺の顔をじっと見て、愉快そうに笑ってみせた。

「人気者は大変だね?」
「てめッ…!」
「ちょっと、自業自得でしょ?逆恨みもいいとこだって。もうちょっとで私の立場ヤバイことになってたんだから」

女子全員からハブとかキツすぎ、と彼女はため息を吐いた。それからつい、と大きな黒目がこちらを向いた。

「黄瀬くんはさ、なんで雪の邪魔するの?私は君に興味ないし、色々考えたんだけど、黒くんしか君との接点ないんだよね。黒子っちに相応しくないからー、とか言われたらドン引きなんですけど」
「…」
「あれ、図星?それとも、黒くんが好きなの?なーんて…」

紺野サンの馬鹿にするような口調が刹那止められる。

「――マジかよ」

彼女らしくもない口調。俺の微妙な表情の変化で、紺野サンは全てを悟ったらしかった。紺野サンの顔が見れなくて、俺は情けなく俯いた。ホモ、と罵られるのだろうか。罵られたとしても、俺は黒子っちを好きだという自分の、一番綺麗な感情にだけは嘘をつきたくなかった。

紺野サンはぐしゃぐしゃ、と自分の髪の毛をかき混ぜて、嘆息した。

「…私も、アンタみたいなヤツに黒くんはあげない」
「黒子っちはモノじゃねーよ」
「うるせぇよ揚げ足取るな猫かぶりホモ」
「黒子っち限定だし」
「…そこはまぁ…、黒くん男前だから仕方ないか」

紺野サンはふ、と微笑むように笑いを漏らした。その後はもう何も言うことはなく、踵を返していなくなる。遠く、予鈴の音がした。俺も教室に戻らなければ。リアルな夢から本物の現実に戻るような、奇妙な感覚に襲われる。でもこの夢と現実は繋がっていて多分女の子たちが押し寄せてくるんだろうな。

歩きながら何故か、紺野サンとの先ほどの会話が思い出される。

最後のところだけだが、紺野サンと意見が一致してしまったのは心外だった。





俺と紺野サンの戦いにまだ終わりは訪れない。水面下で余裕ないねイケメンくん、なんてからかわれながら、うぜぇよぶりっ子、なんて罵りながら、お互いへのわりかしえげつない妨害工作と黒子っちへのアプローチは続くのだ。黒子っちは俺を鬱陶しがりながら、紺野サンとの間にレデイーファーストと名付けられたぎり埋まらない距離を保ちながら俺たちの熱烈な愛情を受け続ける。

空き時間に二人揃って競うように黒子っちと話していると、黒子っちは不思議そうに、でも、嬉しそうに言う。

「黄瀬くんと雪子さんはすっかり仲良しですね」

盛大なる勘違いだ。しかし俺たちは単純で、ほんわかとした柔らかな微笑を見て、舞い上がってしまう。黒子っちの貴重な微笑みなのだ。心臓直撃だ、喜ばずにはいられない。そして彼の喜びを裏切れる訳がない。二人揃って嘘をつく。うん、黄瀬くんとは話が合うんだよ!そうそう、紺野サンの話って面白いんスよ!そんな風にお互いにっこりと最上級の笑顔を浮かべる。

完璧な笑顔の仮面の下、彼女と視線が一瞬だけ交差した。ああやっぱり、こんな時も俺と紺野サンの考えていることは全く一緒らしい。心の中で俺は盛大に毒づいた。



このやろう、いい子ぶりやがって!



ただ、恋をしている


20130704

あとがき

back
box965

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -