中三の秋 | ナノ


灰崎くんは、もう高校を決めたんですか?

ひと足早く白いマフラーを巻いたテツヤは、授業をサボっていた俺を探しだした。立ち入り禁止区域の屋上の、更に上に広がる秋の空は気が遠くなるほどに真っ青で、その風景の一部になっていたテツヤは、俺に尋ねながら俺の隣にストンと腰を下ろした。

テツヤと二人でいる時、俺たちは特に会話を交わしたりはしない。だから、テツヤが急にそんな話題を振ってきたことに俺は面食らった。

「どうした急に」
「気になったので」
「ふーん」

気になった、というのは間違っちゃいないが、おそらくそれだけではないのだろう。まずは素直に自分の進路を口にする。

「一応、静岡の福田総合ってとこ」
「え、東京から出るんですか?」
「まぁ、今のとこな」
「そうなんですか…」

テツヤはアテが外れた、と言いたげに視線を落とした。

「……お前、言いたいことあるだろ」
「え」
「言ってみろよ、言うだけならタダだしよ」

言葉を押し込められるのは好きじゃない。促せば結構簡単にテツヤは口を開いた。

「一緒に誠凛高校に行きませんか」

珍しく縋り付くような頼りない声だった。

「…お前からそんなお誘いがくるとは思わなかったぜ」

皮肉交じりに笑ってやると、テツヤの眉間にシワが寄せられた。

「茶化さないでください」
「悪ィ悪ィ。んで?どうしてテツヤくんは不良の俺なんかに一緒の高校に行きまショーなんて誘いをかけてんだよ」
「キミのバスケの才能は確かなものです」

俺はにやにやと笑っていた自分の口元が脱力していくのを感じた。奪えないスキル、失望の目、奪われたポジション、突きつけられた不必要のひとこと。

「…開花した奴らに負けた、負け犬だぜ?」
「個々の力で張り合うからです。勝てるかもしれませんよ――キミと、僕なら」

俺は、まともにスカウトしてくるテツヤの必死さが悲しかった。

「お前の頭ン中、本当にバスケばっかだな」
「それに」

テツヤは俺に顔を寄せる。アクアマリンの瞳が近い。

「天才達の下らない矜恃をバキバキに砕いてやるのって、絶対楽しいと思うんですよね」

しかし、その綺麗な瞳は陰ったままで、以前のような光は見つけることが出来なかった。敬語で誤魔化してはいるが、荒々しい言葉はそのまま今のテツヤのささくれだった心のカタチなのだろう。既に退部した俺にはわからないが、時たま耳にする噂の断片から想像はついた。テツヤはバスケ部で、矛盾でぐちゃぐちゃになった地獄を見てしまったのか。

「……はは」

乾いた笑いが漏れた。テツヤの、バスケという競技とそれのギフトを持った者への執着。テツヤを喜ばせるのも絶望させるのも、彼が心の底から愛しているバスケだけなのだ。輝きを失った瞳の側に、俺がいてやっても良いかもしれない。いてやらないと、駄目かもしれない。

ただそれだけで、俺の希望する進路は決定してしまった。

じゃあ進路変えるか、とテツヤに伝えるとテツヤの顔色が僅かに良くなった。…が、直ぐに不安そうな色を滲ませた。

「どうした?」
「いえ、その…誠凛て、少々偏差値が高くてですね…」

テツヤの憂慮の意味がわかり、俺はビキリと額に青筋を浮かべた。

「おいコラテツヤ、お前俺のこと馬鹿だと思ってんだろ」
「違うんですか」
「多分お前と同じ位の成績はとれてるっつの。紫原と同じ位だろ?」
「キミが紫原くんの成績を何故知っているのか疑問ですが、それだったら僕より成績上ですね。ムカつきます」
「殴るぞ。…はん、だからベンキョーはこれからお互い頑張るってことで」

話をまとめると、テツヤは満足そうに頷いた。目にやや生気が戻ったのを見て、俺はこっそり安堵した。…ていうか、コイツ推薦で高校に行けるんじゃね?せいりんとかいう高校の入学制度はよくわかんねぇけど、帝光バスケ部でレギュラーだったのなら、大抵の高校は簡単に入学を受け入れると思うのだが。そう思って俺が口を開きかけた時だった。

「そうだ、灰崎くん。僕さっきバスケ部辞めて来たんですよ」
「…………………………ハァ?!」

突然ぶっこまれた事実に俺は阿呆みたいに口を開いた。テツヤは小さく笑った。くすくすと薄く――寂しげに。

「あの人たちは、僕がそうだったみたいに、仲間が消える喪失感を感じてくれるのでしょうか」

溶けそうな水色の髪の毛が風にさらさら揺れる。



それが、中三の秋のこと。



20130625

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