中二の冬 | ナノ


冷たい冷たい昼下がりのことだった。赤司から何故か呼び出しを受けて、俺は部室に向かっていた。ひやりと鳥肌が立つような乾いた空気の中を、肩を竦めて歩く。どうして呼び出しなんかされたのか、赤司の思うところはわからなかったけれど、一不良として心あたりはありすぎた。どんな口やかましいことを言われるのだろうかと内心げっそりしつつ、部室のドアを開いた。赤司は既に到着していたらしく、パイプ椅子に足を組んで座っていた。伏せられていた真っ赤な両眼が俺に向いた。

「来たね。時間は取らせない、すぐに済む」
「お前が呼び出すんだから、んなどーでも良い内容じゃねぇだろ」
「そうかもね、でも俺は面倒なことは嫌いなんだよ。…灰崎、バスケ部を辞めろ」
「……は?」

赤司は、わざわざ休み時間に人を呼び出して冗談を言うような、酔狂な奴ではない。わかっているが、俺は赤司が俺に言った言葉を、即座に飲み込むことが出来なかった。

「退部しろ――そう言ったんだ」

もう一度言葉を聞けば内容の理解ぐらいはできたが、赤司がどうして俺を除去しようとしているのかがわからなかった。俺は素行こそ悪いが、バスケの実力はちゃんと持っている。これは行き過ぎた自信ではない。実際これまで勝ってきたのだ。そんな俺の思考を分かり切っているかのように、赤司は言った。

「じきに、黄瀬はお前を超える――その資質を持っている。そうなったら、お前はその高いプライドを捨てきれず退部することだろう。そう、どの道、退部するんだ。これはお前の為でもあるんだ」

退部届、書いたら持って来い。そう言って赤司は部室から出て行った。俺の答えなんて最初から聞く気がない、奴の中での決定事項は現実でも決定事項だ。アイツは、そういう奴だ。

部室のドアが静かに閉まると、俺はのろのろ歩いて室内におかれているベンチに腰を下ろした。なんの前触れもなく訪れた通告。俺は、断る術を持たないのだろう。事実関係を簡単に頭の中で整理して、ため息が漏れた。そりゃあ、そうだ。素行も良くてバスケも頭抜けてるリョータがいれば、俺の抜けた穴なんてなくなる。誰も困らない、むしろ部全体としては不良を厄介払い出来て、ひとつ上にいけるだろう。

俺が今までしてきたことと同じだ。人のものを奪うのは勝利の証。逆に言えば、敗北と簒奪されることは、同義だったのだ。

熱のない空気は、今の俺にはとてもありがたいものだった。天井を仰いでから、そっと目を閉じる。考えようともしていないのに、ロッカーの荷物運び出すのめんどくせーな、だとか退部のために必要なあれこれを計画している。本当、赤司は恐ろしい奴だ。もう、この部屋に入ることもあと数回しかないのだろう。

奪われた居場所、悔しい、けれど、どうして俺はホッとしてもいるのだろうか。



程なくして俺は帝光中学バスケ部から去り、帰宅部となった俺の前に唯一現れたのはテツヤだった。部から去って初めての放課後、部活中である筈の彼に捕まり、俺は驚いた。テツヤは、部活を放り出すような奴じゃないからだ。ジャージを着たテツヤの肩が、荒く揺れている。テツヤは俺を使われていない多目的室まで引っ張っていき、扉を閉めた。

「灰崎くん、どうして部活を辞めたんですか」

口喧しい水色が、俺の着ているカーディガンの腹の辺りを強く引いた。いつも表情が乏しい癖に、今日は眉間にシワを寄せて明らかに苛立っている。俺は人差し指でぐりぐりと、その眉間を指で潰した。やめてください、と手を払われる。本当のことだけ言えばいいか、と俺は口を開いた。

「…赤司にそうするように言われたからよォ」
「キミは赤司くんに言われたらと素直に従うようなタマじゃないでしょう」
「あー、まぁそうかもな。んでも、俺の代わりは…ま、俺より弱いがリョータがいるからよ。…そろそろバスケにも飽きてきたし、他なんかやるかなって」
「嘘と本当を混ぜないで下さい、タチが悪いです」
「俺の勝手だろうが。テメーにゃ関係ねぇ。離せ」
「やです」

テツヤは刃向かうように一層キツく俺のカーディガンを握り締めた。何すんだよ、生地が伸びるだろーが。引っ叩いてやろうと思って右手を上げると、テツヤが口を開いた。

「灰崎くんは本気で戦って負ける勇気がないだけです」

手のひらで叩こうと思っていたのに、つい握り拳をテツヤの頭の上に落としていた。

「いッ…」
「あんまナマ言ってんじゃねーぞテツヤ」
「手が出たってことは図星じゃないですか!」

目尻にほんのり涙を滲ませながらテツヤが声を荒げる。そのまましばらく膠着状態が続いた。俺は、テツヤの顔を見ることが憚られてテツヤから目を逸らした。それで視界からのテツヤの情報は遮断することが出来たのだけれど、他の感覚はそうもいかない。ふるふると小刻みな振動が俺の服へと伝わってきた。理由は見なくてもわかってしまった。

テツヤは絞り出すように口を開く。

「…しょうがないです、退部届が受理されているのなら僕が何をどう言おうと、もう意味がないですもんね。でも灰崎くん、……バスケ、続けて下さい」
「はぁ?」

何を言ってるんだコイツは、と俺はテツヤに視線を戻す。今度は、テツヤが俯いてしまっているため顔が見えなかった。

「僕、キミのバスケはそんなに好きじゃないです。でも、キミとのバスケ好きなんです。キミの隣で休むのが、好きだったんです」

テツヤの頭が、俺の胸にぶつかる。

「だから、せめて、やめないで」

後で確認したカーディガンは、すっかり伸びていた。



それが、二年の冬のこと。



20130625

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