中二の夏 | ナノ


キュ、キュ、と鳴っていたバッシュのスキール音が赤司の呼びかけで止まる。やっと訪れた五分の休憩に全員が一度息をついた。マネージャーから差し出されたドリンクのボトルを受け取って、俺は体育館の壁際に腰を下ろした。ごくごくと喉を鳴らし水分を摂取していると、テツヤが覚束ない足取りでふらふらとこちらへやって来た。歩くごとにぽたぽた、雫が床に落ちる。体力の限界を迎えていたらしい彼は、そのままぱたりと俺の隣りに倒れ伏してしまった。顔を覗き込めば、汗で前髪が額にはりついている。虚ろになった目はどこも見ていなくてかなり不気味だ。そんなテツヤと俺を見て、リョータは目を剥いた。

「ちょ…!黒子っちそこは駄目ッス!ショーゴくんの隣りは駄目!倒れるなら俺の隣りにさぁ!おいで!」
「うるせぇリョータ」

いつも通りにうぜぇリョータに悪態をついて睨みつつ、テツヤの頭を自分の片方の膝の上にのせてやる。テツヤは抵抗せずされるがままだ。その動作もリョータに衝撃を与えるには十分であったらしい。目を更に見開き、口はぱくぱくさせるだけで声が出ていない。スゥ、とテツヤが寝入ってしまったところで、リョータは「青峰っちぃぃぃぃぃ!!」と雄叫びをあげてダイキの方へと駆けていった。休み時間も飽きずにボールで手遊びをしていたダイキにリョータは飛びついた。

「青峰っち!黒子っちがウワキしてるッスよ!!」
「はぁ?俺とテツがホモって言いてぇのかテメー」
「そうじゃねぇッスけど!黒子っちがショーゴくんにとられちゃってるッス!いいんスか?!」

ぎゃんぎゃん喚き散らすリョータにダイキは可哀想なものを見るような目を向ける。

「とられるも何も…テツと灰崎は前からあんな感じだぞ?」

テツと俺は仲が良いってだけだけど、テツと灰崎はテツが灰崎に懐いてるって感じだからなあとダイキはリョータに説明した。その説明に訂正するほど間違った箇所はなかった。説明を聞いたリョータは驚愕の表情をした後ギラッと目を光らせ、今度は俺に詰め寄って来た。

「黒子っちが懐くとかアンタどんな手ェ使ったんスか…」
「お前本当に残念だな」

多分、今度は俺もさっきのダイキと似たような表情をしているんだろう。手というか、切っ掛けはなんの意味もない日常のヒトコマだったのだけど。リョータが必死になって騒ぐ中、テツヤと知り合ったばかりのことが懐古された。





俺は基本的に招かれざる客だ。そりゃあ、素行も態度もお世辞にも良いとは言えない俺が、歓迎される方がおかしな話だ。それ故、バスケ部レギュラーとの付き合いも希薄であったから、テツヤが新たにレギュラー入りした時もなんかうっすい奴が増えたなあと思っただけだった。そもそも黒子テツヤという人間がバスケ部に存在していることすら俺は全く認識していなかったのだ。その薄い奴はレギュラー入り出来たことが信じられない程に弱っちくて、部活中も一生懸命なのは分かるがどことなくふらふらふわふわしていて、気がつくと体力を使い果たしてその辺にぶっ倒れていた。そして、そんなについていくのがしんどいならやめちまえば良いのに、諦めずに出来る範囲で一軍の馬鹿みたいにハードな練習メニューに食らいついていた。テツヤについてすぐに分かったのはそれくらい。

関係性に大きな変化が訪れたのはテツヤがレギュラー入りして一週間と少しが経った頃だった。確か、売られた喧嘩を買った夕方。喧嘩には勝利したもののまだ体の中に苛立ちと熱が残っていて、近くにあったストバスコートで体を動かすことにした。丁度、ベンチの前にバスケットボールが転がっていたので勝手に借りて使おうとしたのだ――が。

「うぉっ?!」

ボールを手に取って漸く、俺はベンチに人がいることに気がついた。黒子テツヤが、ベンチに体を預けてスヤスヤと眠りこけていたのだ。どんだけ影が薄いんだよコイツ!びびってしまった自分を苦々しく思いつつ、寝入っているならまぁいいか、と俺はボールを拝借した。落ち着かない感情をそのまま叩き付けるように俺がガシャガシャとゴールを軋ませても、テツヤが起きる様子は全くなかった。あと、んだよこのボール。拝借したボールは表面の凹凸がすり減ってしまっていて、無茶苦茶使いにくかった。マイボール、どんだけ長く使ってるんだよ。

そして一時間程だろうか。日の入りはとっくに過ぎていて、ある程度頭の中の熱が収まったので俺は体を動かすのをやめた。ベンチを振り返ると、テツヤはやっぱり死んだように眠っている。そのまま放置して帰っても良かったのだが、このひょろいもやしを夜遅くまでほっぽいて何かあると寝覚めが悪い。

「おら、起きろテツヤ」

ガンッ、とベンチを蹴りつけて振動を与えると、テツヤは肩をびくりと跳ねさせて一瞬ぱちりと大きく目を開けた。アクアマリンがウロウロと虚空をさまよう。

「あ…、え?」
「いつまでも寝こけてんじゃねーよ。家帰れ」
「あれ、はいざきくん」
「あと、ケチケチしないでボール新しいの買えよ。使いづらい」
「え、勝手に使ったんですか」

持っていたボールを投げ渡すとテツヤは複雑そうな顔で受け取った。

「ていうかこれ、買ったばっかです」
「…へぇ」

俺はテツヤの顔を覗き込む。頼りない街灯の下だからかもしれないが、テツヤの顔色はあまり良くないように見えた。それだけで色々と察せる。

「……体力ねぇ癖に焦ってんじゃねーよ、新入り」

言いながら、まだ少しぼんやりとしているテツヤの額を軽く指で弾いた。弾いた指も痛かったので、テツヤへの衝撃も相当だっただろう。額を抑えてむっと口を結んだテツヤが何を思ったのかは分からない。

けれど、おそらくはこのやり取りがはじまりだった。



次の日の部活から、気がつくとテツヤが近くにいるようになった。といっても最初は、あ、なんか近い気がする、近い分よく目に留まる、程度だった。勿論テツヤはダイキと一番仲が良いし、アツシやシンタロー、そしてあの赤司とも良好な関係を築いていた。だが、例えばペアを組むとき、例えばバスでの座席の位置…などでテツヤが意志をもって関わる人間を選ぶ時は、大抵俺になっていった。そんなテツヤに気が付いた時の周囲の奴らの反応は滑稽だった。灰崎だぞ?良いのか?!、なんて俺の目の前で言いやがった奴は流石にぶん殴ってやった。

そういえば、いつだったか俺以外のキセキたちで集まっての昼食に誘われた時も、テツヤは誘いを断って、教室でいつも通りぼっち飯決め込んでた俺のところにやって来たりしたっけか。仲良しこよしが嫌いな訳ではない癖に、おもしろい気まぐれを起こしたものだ。あいつらと飯食うんじゃねーの、なんて尋ねてみれば今日はお断りしました、と端的な答えが返って来て、会話はそれぎりふつりと切れた。でも、俺も、きっとテツヤも生まれた沈黙が嫌ではなくて、テツヤは昼食のサンドウィッチをもそもそと咀嚼していた。そしてそれが食べ終わったらなんだか古くさい感じのする小説を取り出して黙々と読み始めた。俺は、もう一人で飯食えば良くね?とも思ったが放っておいた。

……本当は、人がいるのが心地好かったなんて、口が裂けても言えない。

そんな感じで、黄瀬がこうして一軍にやってくるまでずっと、俺とテツヤの遠いような近いような関係は穏やかに続いていたという訳なのだ。



黄瀬は依然きゃんきゃんと喚いて、黒子っち黒子っちうるさい。だったらこれからの付き合いで懐かせればーなんて言ってやると、それもそうッスね!と納得したようだった。多分でなく黄瀬は馬鹿だ。

「これから幾らでも一緒にいれるッスもんね!!」

そう言って黄瀬は破顔してみせた。


それが、二年の夏のこと。



20130625


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