※キセキと黒子が帝光大学(総合大学)に揃って入学している設定です。 ※青峰さんに捏造が含まれます。 ※モブがかなり出ます。 ※最初から最後まで黒光りする彼奴がつきまといます。苦手な方は閲覧しないことをオススメします。 ※ゴ●ブリの二つ名が沢山でてきますが、全て某掲示板まとめなど、ネットから拾ってきました。作者が考えた訳ではないです。 ※知識に不備がある箇所が多々あると思いますが、雰囲気でお楽しみください。 大丈夫な方はどうぞ。 ぎんとした陽射しが容赦なく突き刺さる昼下がりのことだった。黒子は暑さにふらふらとしながら大学の体育館へと向かっていた。体育館へ至るルートは幾つかあるのだが、この暑さを少しでも回避するために彼は比較的木陰の多い方へと向かう。暫く歩くと木々の間を賑やかに駆け回る一群に出会い、黒子はそちらに目をやった。彼らは虫とり網を片手に持ち、虫かごを準備してつまりは虫とりをしている。ただ、その虫とり小僧たちはどうみても世間的には大人に分類されるような大学生たちであり、更にその中にはおなじみの群青が混じっていて黒子は絶句してしまった。 青峰は慎重に大樹に登ると、一際大きな蝉をゲットした。じぃじぃと蝉が抗議の鳴き声を上げる中、青色ガングロは快哉の声を上げた。 「うっしゃー!とれた!!」 「すげーよ青峰!!それうちの研究室が欲しかったヤツだ!!くれ!」 「いーぜ、その代わりわかってるよな?」 「おう、堀北マイちゃんの最新写真集とおまけにえろほ」 「何やってるんですか青峰くん」 得意気な表情をしている青峰の顔をだらりと、暑さのせいではない汗が一筋伝った。 青峰はずきずきと痛む腹部を擦る。制裁として黒子のイグナイトがかまされたらしい。黒子は完全にお説教モードだ。これは体育館まで向かう間、ネチネチと説教されるのだろう。よく知っている元相棒の行動予測なのだ、悲しいことに大正解だった。 「部活を休んでると思えば………全く、サボった覚悟はできてるんでしょうね」 「テツだって練習時間に何やってたんだよ!」 「僕はレポートと、図書館に用事があって遅れたんですよ」 「俺だってバイトだ!」 「だまらっしゃいいかがわしい現物支給がバイトなんて認めませんからね。このことは赤司くんに報告します」 「ばっ、おまっ、俺を殺す気か!!」 青峰は口元を引き攣らせた。自業自得な青峰の自分勝手な発言に対し、黒子は冷ややかに答える。黒子の上目遣いのジト目に青峰は射すくめられた。 「まぁ半殺しくらいにはするつもりですね」 どんな方法でかはまだ決めてませんが。付け足して言う元相棒が青峰は恐ろしくて仕方がなかった。 それにしてもなんであんな交友が生まれたんですか。先のことで良い印象が持てない黒子が眉をひそめつつ青峰に問う。青峰は得意げにそれに答えた。 「アイツら昆虫研なんだよ。俺、虫とりが得意だからな。アイツらにも結構ソンケーされてんだぜ」 「あの中には先輩も混じってますよね…。まぁ良いです、キミの長所が評価されてるんですから面倒なことは言いません」 黒子は呆れた、と言いたげに息を漏らした。 青峰がその、行きあった顔見知りの昆虫生態化学研究室の人から声をかけられたのは翌日のことだった。彼は誘われるまま、偶然一緒にいた黒子と連れ立って研究室に向かった。室内に足を踏み入れると飼育用の餌や土の独特な香りがして、ほんの少しばかり蒸している。壁一面を使った大きな棚では様々な昆虫が飼育されており、おそらくは昆虫の飼育のためにエアコンを控えているのだろう。沢山の珍しい虫に青峰は目を輝かせた。揃って用事でもあるのか、室内はほぼ無人であった。 昆虫研の里中(仮名)は二人を丁重にもてなした。全体的に草臥れた部屋の中で唯一ピカピカとしているソファに二人を座らせ、紅茶を出してくれた。この暑いのにホットティーか、気が利かないなぁと思いつつ、喉が渇いていたので黒子はカップを手にとってみた。口を付けようとしたところで、一度停止する。カップの中の暗紅色の液体は芳醇な香りを漂わせており、ちょっとやそっとじゃ買えそうにない逸品ではないだろうか。続けて黒子は冷静に推察する。後から出されたこのケーキも、確か高級パティスリーの人気商品であったような。TVで特集されているのを見た覚えがある。このもてなし方は少しばかり行き過ぎている。黒子は裏があるんじゃないかと危機感を覚えたが、青峰の野生の勘はここでは働かなかったらしい。彼はなんかやけに美味い紅茶とケーキだなぁとしか思っていなかった。二人がしっかりそれらを口にしたところで里中は本題に入った。 「虫が逃げた?」 「そうなんだ、皆で探してるんだけど、中々見つけられなくてねー」 「ふーん、無理だとは思うけどまぁ見かけたら取っ捕まえてやるよ。何を捕まえれば良いんだ?」 里中(仮名)はやや気弱そうな笑顔で、目的の虫の名前を言う。 「ええとね、実験室で飼ってたゴキブリなんだけど」 「帰るわ」 「ええええええ!そんな、ハンター冷たいこと言わないでー!」 腰を浮かせた青峰に里中(仮名)は縋り付いた。里中(仮名)がぶつかったテーブルががたんと音を立てる。っていうか、 「ダサっ!!ハンターとかお前ら俺のことそんな風に呼んでたのか!?ただの陰口だろふざけんな!!」 「ほらあ、青峰こないだもシロアリ駆除手伝ってくれたじゃんー!」 「なんでシロアリが出て来るんだよ!」 「ねぇ知ってるー?シロアリはねー、ゴキブリの仲間なんだよー」 「嘘だろおおおおおおおおお!」 二人の高レベルだか低レベルだかわからないやり取りの中、黒子は遠慮気味に食べていたケーキと紅茶をしっかり堪能した。彼にはもう怖いものが無かったのだ。彼は紅茶を飲み干し後味の豊かさに微笑んだあと、二人の会話に参加した。 「やりましょう」 「ハァ!?テツお前なに言ってんだよ!!」 「ありがとうございますっ、テツさぁぁぁぁぁん!」 里中(仮名)は黒子の手をとり跪いた。青峰が蒼白になって黒子に詰め寄るも、黒子は一度決めたら決して意志を曲げたりしない頑固者だ。黒子は青峰の方に振り向いた。 「いやハンターさんなら出来ますって、ふ!」 「笑ってんじゃねぇかあああああ」 きっと高い紅茶とケーキで雇おうとするほど、青峰の生物捕獲スキルは飛び抜けてるんだろうなぁ。実は黒子はそういう感想も抱いていたのだが、青峰を調子に乗せるのが癪だったので黙っておくことにした。 ◆ 餌を求め這いよる黒き影 万物を貪り喰らい害を為す 1欠片との遭遇は三十の増軍の予兆 眩い光は全ての者に殺意を与え 接触は死すらも勝る その名はDEVILBUG-ゴキブリ- 「というわけで、黒い彗星を捕まえることになりました」 「どういう訳ッスか!!」 ところ変わって昼休みの帝光大学の食堂。わいわいがやがやうるさい中でも、黒子の控えめな声は普通に届いたようだ。いきなりであまりにもぶっ飛んだ話に珍しく黄瀬が黒子にツッコミをいれた。と、いうか美味しそうな昼食を前にする話ではないだろう。一緒に昼食をとっていた赤司、緑間、紫原もぽかんとしている。しかし黒子は構うことなく話を続けた。 「大丈夫です、アンストッパブル・ハンター()が捕まえてくれますので」 何ひとつ大丈夫な気がしない。黄瀬はここら辺から既に嫌な予感がしていた。 「…それはこの大学構内全てのゴキブリを狩るということなのか?」 まずは現状把握が第一だ。緑間は嫌そうに黒子に尋ねる。黒子は首を横に振った。 「いえ、そういうわけではありません。特徴的なのを数匹。外国のありがたいゴキブリなので、色が違います。赤いんです」 「赤い彗星じゃないか」 「やっぱ三倍早いの〜?」 「そんなことはないと思いますよ。簡単にお話を聞いたところ、アミン類に引き寄せられるそうです」 「あみん?」 聞き慣れない単語に黄瀬は首を傾げた。すぐにインテリ組が解説をする。 「化学物質の名称なのだよ」 「んーとね、化学式だと、アンモニアの水素の部分が炭化水素基に置換した感じかな〜」 「ちなみに腐敗臭の主要成分だな」 黄瀬は目を剥いて絶叫した。 「もうあみんるいとか言わなくて生ゴミでいいじゃないッスか!!つーか完全にただのゴキブリじゃないッスか!!」 「まぁゴキブリだからな」 「ただこのミッションの問題点は、ホシを生け捕りにしなくてはならないところなんです」 「ねー、黒ちん楽しんでない?」 黒子の目は何故かキラキラしている。 「だからどっかのサークルやらが仕掛けているゴキブリホイホイなんかに引っ掛かる前に捕獲しなくてはいけないんですよ」 はぁー、と黄瀬は疲労を滲ませて、おざなりに相槌を打った。 「それは大変ッスねぇ。ところで――青峰っちはどうして沈黙してるんスか?」 黄瀬は、椅子の上に膝を抱えて大きな体を小さくして黙り込んでいる青峰に目をやった。彼の黒歴史となったやさぐれていたあの頃はいつもだるそうでテンションが低かったが、それでも彼がここまで消沈しているのは初めて見る。 「ああ、青峰くんは蜂ほどではないのですが…」 「大輝はゴキブリもかなり苦手だからね」 「え」 青峰は深々と胃袋でも出て来そうなため息をついた。瞳が陰っている。 「いや、ゴキブリが好きな人がいても困るッスけど…」 要するに、今回の件を纏めると、日頃から部活への態度が悪く、更においたをした青峰にお仕置きをする、且つ慈善事業をさせるという一石二鳥な案件が転がり込んで来たのでこれを逃す手はないと黒子が無理矢理快く引き受けた…と。 「そういうことで間違いないか、テツヤ」 「ええ、そういうことですね」 赤司は概略を間違いなくまとめ終える。黒子は流石赤司くん、とふわりと笑んだ。あ、こいつやっぱSだ。その場にいた全員が思った。 そして、赤司はとても晴れやかな表情で言った。 「それじゃあ、皆でひと狩りいこうか」 皆で。…皆で?黄瀬・緑間・紫原はビシリと硬直した。黒子もちょっと驚いていたが、青峰を逃がさない為に人手は必要だと思い直し、言う。赤司くんの言うことは?――ぜったーい。つまりは赤司のこの言葉で、めでたく彼らが巻き込まれることが決定したのだった。 「ッうわぁぁぁん!!嫌ッスぅぅぅ――!!!俺モデルなのに――!!」 「…諦めろ、黄瀬」 「てゆーか、ミドちんも涙拭きなよ…ほら、ハンカチ貸してあげるし」 紫原は緑間の眼鏡の下に滲んだ雫をハンカチで優しく拭き取ってやった。アンストッパブル赤司はノリノリらしく、ゴソゴソと鞄を探ると一冊の本を机に置いて提示した。 「課題図書として、この漫画を提示しよう」 彼が差し出したのは、「このマンガがすごい!2013 〜オトコ編〜」第一位に輝いた『テラフォーマーズ』であった。有名だとは思うが念のため簡単に注釈を入れておくと、人類による実験によって火星で進化したゴキブリ(二足歩行)(黒い)(でかい)(ムキムキ)(パンチパーマ)と人類の、背筋が寒くなり胸が熱くなる紙面持てない系SFバトル漫画である。じょうじ。 どうして赤司がこれを、と全員が混乱のまなざしを向ける。赤司はふふ、と不敵に笑った。 「何事にも手を抜かない。それが僕の信条だ」 「それって節操のないオタクってことですか?」 「うっわ、黒ちんチャレンジャー…」 黒子がマトモに赤司につっこんでしまったのに紫原たちは頬を引き攣らせた。 大多数にとって憂鬱な昼食を終え、六人は太陽に灼かれながら校内を歩き会話する。混み合っている食堂では迷惑になるので席を譲り、作戦会議を空き教室で行うことにしたのだ。青峰はすぐに逃げようとするので赤司が直々に、服を掴んで拘束している。重苦しい空気の中で耐えきれなくなったのか黄瀬が、そうだ!と目を輝かせて名案を思いついたと発言する。 「人数増やした方が良くないッスか?ほら、ショーゴくんとか」 「アイツはそうやって構うと面倒ごとでも喜ぶからなんかヤダし」 黄瀬の意見を紫原が却下する。哀れ灰崎、と緑間はこっそりため息をついた。 「えええ…まぁそうッスね。じゃあ、火神っち!」 「駄目です、火神くんは呼びません」 二つめの意見を即却下したのは黒子だった。変わらず表情筋は仕事をしていないが、目に僅かに怒りが滲んでいる。正しいことを言った筈なのにと黄瀬は理不尽さを感じた。 「喩え、火神くんがゴキブリ叩き潰せる系男子だったとしても、天使はゴキブリなんて相手にしなくて良いんです。馬鹿なこと言わないでください」 「モデルは!?モデルはGとランデブーしても良いんスか!?」 うわぁぁぁん、と顔を手で覆うデルモ。ここでも緑間だけはこっそり黄瀬に同情していた。ただ、かと言って、高い戦闘力が期待される高校時代からの自分の相棒を巻き込もうとはやはり思わなかった。 黒子と黄瀬のやり取りを聞いていた赤司は顎に手をあて、ふむ、と何やら考えついたようだ。 「ランデブーか…」 「赤司?」 「よし、その作戦でいこう」 「は?」 「赤ちん何言ってるの?」 「まぁ教室に移動してから作戦を話そう。なるべく速やかに。ツインテールのあの娘が捕まえてもらうのを待っているからな」 「言い方変えりゃ良いってもんじゃねーんだよ」 頭をよぎるあの長い触角。依然テンションが低いながらも、青峰がぼそりと呟く。にやりと笑う赤司の顔を見て、他の五人は嫌な予感しかしなかった。 教室に入ると、赤司先生によるゴキブリ講座が始まった。その他キセキたちはそれぞれ着席し、冷房で涼みつつ赤司の講義に耳を傾ける。嫌われ者だからこそゴキブリの研究が一番進んでいる、などといった豆知識から講義は始まったが赤司が一番話したいことはゴキブリの交尾のことであった。 「ゴキブリはまず、雌のフェロモンに雄が引き寄せられることから始まる。そしてフェロモンを辿って雌を発見した雄は、雌に向かって羽上げ行動をするんだ」 「…それはその…羽をばさっと開くってことッスか?」 「そうだ。そして、雄の羽の下には『婚姻贈呈物質』と言うものが存在する」 「はぁ…」 文系の黒子には少しばかりややこしいらしく、こてりと首を傾げている。 「贈呈、ということは…」 「そう、真太郎が考えている通りかな。雌は雄のその物質を舐めるんだ…ぺろぺろ、ぺろぺろと」 「赤司くんやめて。やめてください、真顔やめて」 話を聞くだけなら大丈夫らしく、青峰は耳を軽くほじりながら感想を漏らす。 「なんか前戯みたいだな」 「青峰っち最低ッス!!……ウワァァァなんか意味わかんない想像しちゃったッスぅ!!キメェ!」 「黄瀬ちん、落ち着いてー。ほら、テラフォーマーズでも読んでさ〜」 「ギャアアアアア!」 「雄は雌がそうやって気を取られているうちに交尾をするんだ」 騒がしい一部は無視して赤司は話を進めた。故に、合体しているゴキブリは、上に乗り上げている方が雌ということなのだ、と。赤司はカッ、と目を見開いた。 「つまり…騎乗位ということだ」 「俺、赤司の口からそういう単語聞きたくなかったわ…」 自分は下品なことを言っていたことを棚に上げ、青峰は遠い目をした。しかし青峰のこの言葉は全員の総意でもあった。彼らは赤司に潔癖だとか、清廉だとか、そういった夢を見ていたようだ。赤司は彼らのそんな夢を無視した。 「だから、交尾中のゴキブリにエンカウントした時は、出来るだけ上に乗りあげている個体を確実に殺した方が良い、というわけだ」 「卵産むかもしんないッスもんねー」 「タメにはなりますね」 今回の捕獲作戦にはこのことを使おうと思う、と赤司は話をまとめた。 「誘引フェロモンを使って、取り敢えず赤い彗星(♂)を捕獲してしまおう」 「なんか壮大になって来ましたね…」 「しかし赤司、そのありがたいゴキブリの誘引フェロモンが一体なんなのか分からないのだよ」 「どっかで話聞いた程度だけど、ゴキブリの種類によってフェロモンってびみょーに違うんじゃなかったっけ〜?化学物質の配合割合がどうとかさぁ。あと異性体によっても効果はまちまちなんでしょ?」 「紫原っちは今日どうしたんスか?」 赤司の作戦の問題点をすぐにインテリ組が指摘した。赤司はその指摘がくるのが分かっていたらしく、問題ないと口角をあげた。 「僕に出来ないことはないよ」 「その都合のいい設定を使うことは憚られますが――今回ばかりは致し方ありませんね。ジェバンニが、」 「一時間でやってくれたよ。そのフェロモンの複数の主要物質がこれだ。配合比も合っている筈だ」 ことん、と教卓に置かれたひとつの小瓶を見て、全員がこれで勝つる、と確信した。 ランデブー捕獲作戦はすぐに開始された。赤司と緑間で考えた場所から誘導するようにフェロモンを撒く。この時、フェロモンが強過ぎるとゴキブリが混乱して最終目的地点まで来れないかもしれないので濃度を調整する。 百戦百勝の精神は未だキセキたちに刷り込まれており、敗北は許されない。赤司の指揮のもとフェロモンが配備され、後は引き寄せられるゴキブリを待つばかり。昆虫研の存在する棟で行われたこの戦いは、赤司たちに軍配が上がった。 トイレ近くの廊下。赤い彗星がカサカサと姿を見せた。 「現れやがりましたね」 「わぁ、赤いッスねー」 「まぁ僕の手にかかれば当然だけれどね。――大輝。捕獲しろ」 赤司そう指示すると、青峰は脱兎の如く明後日の方向へ駆け出した。今までの静かさからは想像もつかない、青峰本来の俊敏な動きで彼は逃げようとした。ずっと逃げ出す機会をうかがっていたのだろう。土壇場になって一か八かの賭けに出たようだ。しかしその先には紫原と緑間の二人による壁のようなディフェンス。しかも廊下という閉鎖された空間である。さしもの青峰でもこの防衛戦線を通過することは難しい。本能的に敗北を悟り致し方ないと体を反転しゴキブリを飛び越え逃げようとすると、今度は黄瀬が立ちはだかる… 「させねぇッスよ!」 が、青峰はそれを難なく交わし、顔面にラリアットを食らわせた。デルモは「顔はダメっぶふぅ」という言葉を最後に地に伏した。 そして最後に立ちはだかるのは赤司だった。体格が他に劣っているからといって侮るなかれ、赤司はディフェンス練習ついでに青峰をアンクルブレイクさせた。どんな戦闘力を持つ人間でも無効化してしまうこの能力。青峰も例外ではなく、ずべしゃァァァと思いっきり転がった。それでも逃げなくてはと目を開けた彼の目と鼻の先には赤い彗星がいた。赤くてもやっぱりゴキブリはゴキブリだ。青峰は一瞬息が止まった。本人にその意志がなくとも、リノリウムの冷たさや僅かな砂利っぽさよりも先に五感が目の前の生物の情報を捉えようとしてしまう。慌てて起き上がろうとするも青峰の背中を赤司は非情にも踏みつけた。人体の構造を良く分かっている赤司は片足で青峰を軽く押さえるだけで、青峰の動きを完全に封じていた。(この間黒子は静かに仲間たちの動向を見守っていた。) 「よし大輝。そこからなら届くだろう…舐めろ」 「ざけんなッ!!!」 「どうしてだ?お前が舐めて彼を引き留めてくれないとランデブー作戦は成功したことにはならない。ゴキブリ(♂)がお前の舌のテクニックに酔って完全に動きをやめたところを僕は仕留めようとしているんだよ」 何気にホモですね、と他のキセキは後ろの方でこそこそ審議している。青峰は恐怖と嫌悪感でわぁわぁ喚いた。 「今コイツ動かないじゃん!もう捕まえりゃ良いだろ!!」 「ん?お前は僕に逆らうのか?」 赤司は少し首を傾げ、目を細めた。魔王の圧力。自分に逆らう者は許さないという絶対的なポリシー。だが今これに下ったら青峰はゴキブリ相手に前戯をすることになる。まさに背水の陣。 「青峰くんっ」 限界まで追いつめられた青峰に、必死な黒子の声が届いた。青峰くん、そう呼んで元相棒は沢山自分を救ってくれた。くさっていた自分を励ましてくれたのも、どん底から引き上げてくれたのもこの声だった。青峰はかすかな希望を胸に、続く黒子の声を待った。 「それはツインテールのかわいいあの娘、あ●にゃんです!あず●ゃんですよ!そう思えばきっといけます!」 「それが無理なら限りなく無機物だと思いなよ〜。『環境適応型高機動多足歩行生物兵器 飛行ユニット/対衝撃曲面装甲装備タイプ』みたいな。ほら、カッコいいよ〜」 「だぁから言い方変えりゃ良いってもんじゃないんだよ!!畜生!」 ぎゃあぎゃあ喚き散らす青峰の目の前でゴキブリの羽がばさっと開かれた。ひぃっ!という情けない声が青峰の喉から漏れる。羽の下とかもうなんかグロいグロいグロい!!!ゴキブリさんは準備万端だ。と、いうのに青峰はゴキブリを舐めるだなんて不衛生なことが当然出来ない。喩え相手が愛するザリガニだったとしても多分無理だってのにどうしてこんな悪魔に唇を寄せ舌を這わせることができるというのか。本能が拒絶するのだ。生理的に無理というやつだ。青峰とゴキブリの間で膠着状態が続く。 アクションを起こさない青峰に痺れを切らして赤司が口を開いた。 「――そういえば、ここにまだ残っているんだよなぁ、性フェロモンが」 「…え?」 ぱこ、と小瓶を開ける音がして、それから青峰はざぁっと自分の血の気が引く音を時間差で聞いた。まさか、赤司はそこまで非情な奴ではないだろう。青峰はそう、信じた。顔だけ動かして、赤司の表情を見る。 赤司はそれはそれは嬉しそうに、恍惚といった表情で笑っていた。視界の端では、黒子たちがそろって合掌していた。 「おっと、手が滑った」 「いッ…………ああああああああああああああああああああ!!!!」 だくだくと青峰の頭にしたたる性フェロモン、青峰は今、ゴキブリホイホイとして生まれ変わったのだった。数分後、紫原がぼそりと、俺レイプ目初めて見たし、と呟いた。 ◆ 「わぁ、捕まえてくれてありがとねー」 虫かごの中でカサカサ動いている赤いゴキブリ計三匹を確認すると、里中(仮名)はのほほんと笑った。表情にその手の中の悪魔への嫌悪感は微塵も感じられず、キセキたちは昆虫研すげぇ、と何故か感動してしまった。しかし、その思考を読まれていたのか、研究室の他の仲間がぼそりと、「里中(仮名)さんは少数派だからね、レアケースだから」と呟いていた。 「いえ、お役に立てたならよかった」 「完璧超人、有名人な赤司くんまで手伝ってくれて助かっちゃった。他の個体はこっちでもうちょっと頑張って探すから」 「まだ全部は捕まってないんスか?」 「そうなんだぁ、せめて死体見つけなきゃ」 「大変なのだな」 「うん、人事を尽くすのだよー」 「…」 それはそうと、と里中(仮名)は話を変えた。 「申し訳ないんだけど、忙しくってお礼がまだ準備出来てないんだよねぇ」 青峰の保護者とおぼしき人々が集まってしまっているから普段のようないかがわしい現物支給は避けた方が良いだろう。里中(仮名)はそう気をまわしてううん、と唸る。キセキたちはそろそろ里中(仮名)が抱えているゴキブリ入りの虫かごを何処かに置いて欲しかったが、どうしてか皆彼に進言出来ない。カサカサカサカサという音がものすごく不愉快だ。その微妙な静かさの中で、里中(仮名)はそうだぁ、と笑った。 「最近貰ったんだけど、結構美味しかったからこれあげるねー。他のお礼もちゃんとするけど、取り敢えずね」 里中(仮名)はやっとデスクに虫かごを置くと、大きめの瓶を取って来た。赤司はにっこり笑って、青峰に目を向けた。 「なんだかんだ、今回頑張ったのは大輝だからね、功労賞として受け取ると良い」 「お、…おう?」 青峰はむず痒そうな顔をした。赤司に頭から臭う薬品をぶっかけられた男とは思えない反応だ。単純なので褒められたのが実は嬉しかったのだろう。紫原がいいなぁ、と口を尖らせる。受け取ったそれは想像よりもずしりと重かった。そして青峰は期待で胸を膨らませつつ側面から瓶を見て――硬直した。 「珍しいでしょう?スズメバチ入り蜂蜜」 あと、養蜂家さんがくれたハチノコとザザムシもあるよー。…と里中(仮名)は呑気に言った。黒子が後ろの方でブフォ、と噴き出す音がした。 それから暫く、青峰は昆虫研のいかがわしいバイトには手を出さず、比較的真面目に部活に参加するようになったのだった。 大学で活躍するセ峰と黒き悪魔の仁義なき戦い thanks 100000hit!! 20130612 (〜20130712 フリーお礼文として配布しました) back |