普通の、よくある過程 | ナノ


俺は良の「スイマセン」が嫌いだ。



良は聞いている相手がめんどくさくなるほど謝りまくる。癖で片付けてしまえば簡単だけど、癖で片付けてしまえるレベルの謝り方じゃない。

スイマセンスイマセン、俺なんかがペアでスイマセン
あああ、シュート外しましたスイマセン自分マジ羽虫っす
スイマセン、俺なんかが部活出ててスイマセン

久しぶりに参加した(制服のまんまだしほとんど見学)部活で、視界に入る良がいつでも謝っていて、俺は正直引いた。ドン引いた。



あのまま良を放置するのは胸クソが悪かったので、とりあえず練習終わりの部室に侵入した。空気が汗で蒸していてオエッとなった。中学の時から運動部に所属しているが、この空気は本当に不快だ。換気扇が動いているけれど追いつきやしない。もわもわとねちっこい空気をかき分けて進む。丁度良がいなかったから、俺は遠慮せず着替え途中の若松サンに話しかけた。

「なー、良のあれ、どうにかなんねーの?」
「あ?何タメ口聞いてんだコラ」
「若松、ええ加減諦めやー」

訊く相手間違えた。若松サンが俺にガンを飛ばして来たのを無視していると、今吉サンが会話に入って来た。今吉サンは、掴み所がないから苦手だ。ただ、頭良いし若松サンに話を訊くよりも手っ取り早い。俺は今吉サンの方に体を向けた。今吉サンはネクタイを締めつつ、話を続けた。

「そうやなあ、確かにあれは、異常やな」
「”あれ”って何すか」
「若松サンはもういーわ。お疲れさんした」
「んだとコラ」
「あーもーやめぇや。若松、”あれ”ってのは桜井の謝り癖のことや」

今吉サンは呆れをにじませながら俺たちを止める。”あれ”で何で分かるんすか?!と若松さんが騒いだけど、今度は今吉サンと二人そろって無視した。

「ゆうか、青峰はなんで突然そないなことを言い出したんや?」
「なんつーか…ムカつかねえ?」

正直に言うと今吉サンは苦笑してみせた。

「せやな、青峰からするとああいう自虐的なんはイライラするもんかもしれへんな」
「アイツ、俺が弁当取り上げても謝るし、逆にグラビア貸してやっても謝るんだけど」
「お前最悪だな!!」
「若松に同意せざるを得ないわ…」

俺に飽きれた後で(なんでだ)、今吉サンは直すのは無理やと思うで、と眉を下げた。

「謝る、ゆうのは自尊心が低い証拠や。なんでもかんでも少しでも自分に非があると思ったら謝る。と、ゆうかなんでもかんでも自分が悪いと思う…。もしかしたら、なんや、家庭の事情ゆうんがあったんかもしれへんな」
「家庭の事情って?」
「そんなん、ワシが知るかいな」

反射的に訊き返すと、突っぱねられてしまった。俺にも少しは常識があるからわかる、詮索が過ぎるということなんだろう。

「ふーん…」
「まぁ、バスケでは負けず嫌いなところもあるし、救いようがない訳でもないんとちゃうか?」

今吉サンはそう言って、自分の荷物をまとめ始めた。今吉サンが無理というのなら無理なのだろう。俺が何やったって無駄ってことだ。そう思うとなんだか一気に白けてしまって、俺は部室から出て行こうとした。と、同時に部室のドアが開いた。

「あ、スイマセン青峰サン」

開いたドアの向こうにいたのは良だった。

「スイマセン、お、お疲れさま、です」

良はそう謝りながら、俺の脇をすり抜けて行こうとした。俺は思わず、良の腕を掴んでいた。

「おい良」

掴まれた自分の腕に向けられていた、アーモンドみたいな目が俺を見上げた。つるりと潤っている。

「お前さー、親にいじめられてんの?」

良の目がこぼれ落ちそうな程に見開かれる。次の瞬間には、若松サンの拳が俺の側頭部にヒットした。結構力のこもったそれに俺は思わずたたらを踏み、バランスを崩し尻餅をついた。面倒なことになりそうだったため、ぶん殴り返したいのをこの時ばかりは堪えた。

「ってーな…なにすんだよ」
「何すんのはお前だよ!!頭おかしいのか?!」
「桜井、今のは気にせんでええからな」

今吉サンまでもが良のフォローに回る。流石に疑問に思った。俺はそこまでに変なこと言っただろうか?親と仲が悪いかどうか訊いただけじゃねぇか。不合理に感じる。それが自然と怒りに変わり、俺は思わず誰ともなく睨んだ。下から見上げた視界の中に何人もの部員が映る。その中でちっせえ茶髪から、しずくが落ちていることに気がついた。――良が、ぼたぼたと涙をこぼしていた。声も出さず、涙だけが滴っている。呆然と見上げていると、小振りな唇が震えながら動いた。

「…僕の家族のこと、悪く言わないでください」

良はすたすたと自分のロッカーに向かった。そして収納してある自分の荷物を抱えると、またすたすたと歩いて部室から出て行った。今吉サンがやってもうたな、とこぼす。若松サンは俺を小突いて後で謝れよ、とか言ってる。

良の茶色い目は、部室から出て行くまで一回も俺の方を向かなかった。



次の日、俺は俺なりに反省し、朝礼前に学校にいた。これ、すごいことだから。やればできるじゃん俺。どのくらいすごいのかと言うとクラスメイトが信じられないと言わんばかりにちらちら不躾な視線を向けるくらいだ。教室内を軽く見回す。良はもう学校に来ていた。自分の席に座って本を読んでいる。俺は鞄を持ったまま迷わず良の席に向かった。

「良、ちょっとツラ貸せよ」

俺が良にそう言うと、近くにいた奴らがざわざわし始めた。面倒くせえな、喧嘩しようってんじゃねえんだよ、むしろしてるから謝ろうとしてるんだよ空気読めよ。外野は置いておいて、良は本を閉じると黙ったまま立ち上がった。俺たちは廊下に出るとあまり人気のない方へと向かった。俺は遅刻扱いでも構わなかったけれど、良はそうもいかないだろうから教室からほど近い場所、理科室の前あたりで足を止めた。

良を振り返って、俺はまず昨日の謝罪をした。良の目は、ちょっと見れなかった。

「その、なんだ、昨日は悪かった、わ」
「…いえ、別に大丈夫です。僕も感情的になってスイマセンでした」
「おう、うん」

幼い感じもするやり取りだ。俺はマトモに人に謝るのとか久しぶりすぎてムズムズした。あとなんか、なんて表現したらいいんだ、モヤモヤする。

「あのよ、」
「?、はい」
「お前にそんなこと訊いた理由があるんだけど」

良は首を傾げて俺の言葉を待った。

「良、スイマセンって謝り過ぎでイライラすんだよ」

良は一瞬唇を尖らせて、慌てて両手で口を抑えた。多分また「スイマセン」って咄嗟に謝ろうとしたんだと思う。ウザイとかなら今吉サンも容赦なく、良に対して使ってたし俺のこの表現もギリセーフ、だよな。だけど良は口元を抑えたまま、俯いてしまった。襟の隙間から白いうなじが僅かに見える。ちぢこまったその恰好のまま、良が口を開く。

「………青峰サン、その、それが何で僕の両親の話に飛躍するんですか」
「あ――…なんつぅか、今吉サンに詳しく訊いてくんね?俺には難しくて説明無理だわ」
「…」

良は小さく頷いた。それからすぐ予鈴が鳴って、俺たちは教室に戻った。





「謝ったっすけど、どうして良が両親かばったのかわかんねえんだよね」
「青峰、桜井も大事だけど部室に来るんなら部活出ような?」
「一年は準備始めてるでー」

放課後、また部室に行くと今吉サンと諏佐サンだけがいた。他の一年二年は準備をしているらしい。まじ縦社会めんどくせー。諏佐サンは昨日部室にはいなかったが今吉サンから話を聞いていたらしく、すんなりと会話に入ってきた。で、俺の疑問と言えば、両親との不仲についてつつかれた良が、どうして両親を本気でかばっているのかということだ。

俺はベンチにどっかりと座り、ため息をついた。

「俺らの年って、親なんていると鬱陶しいくらいの存在じゃねぇっすか」

尋ねると、今吉サンは何が面白いのかケラケラ笑った。

「まぁ、そうやなあ。反抗期こじらせてる奴なんて親のことえらい煙たがるしなぁ」
「一概には言えないけどな。珍しいと思うけど、桜井みたいなタイプも少なからずいると思うぞ」
「…そっすか」

丁寧に答えてくれた諏佐サンの言葉には素直に頷いておいた。しかし、これ以上ここで二人の意見を聞いたって、俺のモヤモヤは解消されそうになかった。結局は一般論と個人の見解が出揃うだけだ。二人が部室から出て行ったら帰るか、なんて算段をたてていると、今吉サンがふと口を開いた。

「まぁ、そういう特徴あったりするんやけどな」
「は?」
「ただの一般論や」

今吉サンの隣では諏佐サンが困った顔をしている。この表情は良くない。きっと今吉サンが言おうとしていることを聞かない方がいいんだろうなと思った。だが、人の嫌がることをさせたら右に出るものがいない今吉サンは俺に耳を塞ぐ間を与えなかった。

「虐待されている子供って、親のこと必死になってかばうんやって」

今吉サンの表情は、最悪に意地が悪かった。



数分後、俺は着替えて体育館にいた。つってもまた舞台の上で足をぷらぷら揺らしているだけなのだが。舞台との空間を分けるボール除けの緩いネットの向こうでは、えげつない量の練習がされている。じっとしていると、さつきが俺に気がついて文句を言いにやってきた。

「ちょっと青峰くん!部活出てるんだったらちゃんと練習してよ!」
「うっせ」
「…しかも何見てるかと思えば、桜井くん?どうしてそんなに必死になって見てるの?」
「うっせーブス」
「ひっどい!!」

さつきの洞察力にやや動揺し思わず悪口が飛び出す。いや、思わずでなくともしょっちゅう悪口は言っているのだけど。いつも通りさつきはぎゃあぎゃあ怒りだした。ただ、敏腕マネージャーは忙しい。暫く放置すれば青峰くんにばっか構ってられない、なんて憎まれ口を叩いてどこかへ行ってしまった。

バスケットボールが接触せずにリングに吸い込まれる。良の手から放たれたものだ。

さつきもいなくなって、誰にも邪魔されずに俺は良を眺める。運動する良のTシャツはひらひらとめくれた。その度晒される良の体に痣らしいものや傷は見当たらなかった。あったとしても小さなもので、他人によって故意につけられたのか部活中の接触でできたのかは判別がつかない。これは、あの腹黒メガネにハメられたのかもしれねーな。俺は普段、学校も部活もサボり気味だから良の体をあまり見ないし、ああいう気を引くような発言をしておけば理由はどうであれ俺が部活に参加してくると読んでいたのだろう。そう思ったら腹が立って来た。

「やってらんねー」

俺は舞台から飛び降りると、体育館の外に向かった。こんなむさい場所からとっとと帰ろう。今吉サンが俺を呼び止める声が聞こえたような気がしたが、無視した。

「あ、青峰サンっ」

部室へ向かう廊下の途中、ゆらゆら歩く俺に声がかかった。男にしては少し高めの声は、良のものだ。目を細めて振り返ると、良は両手でズボンを握りしめ直立していた。こもった力のぶんだけ本当はおびえているんだろう。うろうろとさまよう視線は、いつもよりせわしない。

「…んだよ?」
「そ…その…も、すぐWCじゃないですか、できたら、もう少し青峰サンとも練習しておきたいっていうか…」
「俺らはもともと個人主義だろ?なにうぜーこと言いだしてんの」

良の発言は正直良が言いだしそうな内容ではなかった。多分、上の学年の部員に俺を連れ戻すようにでも言い含められたのだろう。桐皇学園のやり方をわかってないような、小物にでも。律儀に従ってしまうのがコイツの悪いところだ。俺は今吉サンにだまされたことに苛立っているところだったので、良へのあたりが自然キツくなってしまった。

「す…スイマセン…でも」
「だから謝んのウゼエしムカつくっつったよな?」
「っスイマセン、あ、また謝っちゃ、どうしようスイマセ…」
「…良?」

俺は首を傾げる。さっきから、言い直すなら朝から良の様子がおかしいとは思っていた。追いつめられた、ような。良は俯いて肩を小さくすぼめてふるわせて、口だけは取り憑かれたように動かした。

「スイマセ、っごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、謝るなって言われてるのに謝ってごめんなさい、でも、僕なんか謝るしか能がないんです、あ、謝ることすら能がなくて、うるさくて、雑音なんです」

おかしい気がする、じゃない。こいつちょっと変だ。俺は良の右肩を掴んだ。

「良。良、もう良いから一旦黙れよ」
「ひっ、スイマセン、ごめんなさい、ごめんなさ」
「だから」
「すみませ、」
「だぁ――――も――――!!!!」

無限ループか!!鬱陶しさのあまりに吠えると、良は驚いてやっと口を閉じた。

「いいよもう!俺もわぁったから!悪かった!!良の謝り癖は、良が周りに優しくしようとした結果なんだろ?!それを否定する気は俺はないんだよ!!」

まくしたてるように良のフォローをする俺は、本当にらしくない。でも嘘ではない。良が謝るとき、大抵良は誰かに優しいのだ。その裏返しで自分を損なうのだ。落ち着いて考えると俺が嫌なのはそこなのだけれど。良はぽかん、と俺を見上げていた。が、テンパる俺を見てふにゃ、と笑った。

「…っあ、ありがとう、ございます」
「でも練習はしねー」
「……はい」

散々だ。肩を落として体育館へ戻ろうとする良が見てられないとか、らしくない。

「だから見学する」

こちらを振り返った良はぱぁ、と目を輝かせた。

俺は良と肩を並べて、またむさ苦しい息のする体育館へと向かった。隣の良が上機嫌にスイマセン、と小さく言ったけれど、俺はもう何も言わなかった。ただ、他の言葉が欲しかったなと残念に思うくらいだ。

体育館に戻ると俺は無言でまた、さっきまでいた舞台の上に座り込んだ。部員の複数人が眉をひそめるが、それよりも多くの奴らが俺の存在に再び驚く。良はその辺の部員によくやったとか褒められていた。

膝の上に肘をついて部活を眺めていると、珍しく諏佐サンが近寄って来た。ネットを通り抜けて、舞台の下、俺の右脇に立っている。

「何すか」
「戻ってくるのが意外だと思ってな」
「…良がうっせーから」
「ふぅん、一悶着あったわけだ」

俺は少し顔を上げ、諏佐サンを横目で見た。諏佐さんはほんの少しだけ、口角を上げていた。

「……今吉サンみたいな探り、よしてくんね?」
「はは、俺にはあいつみたいな意地の悪いことは無理だよ、向いていない」

笑った後で、でも、と諏佐サンは言葉を続けた。

「お前は、なんで桜井なんかが謝り過ぎるのを許せなかったんだろうな」

ぱさり。飛んできたボールのせいで、ネットがゆらゆら揺れた。諏佐サンの言葉は、俺が敵愾心を抱かないくらいに穏やかだった。

「桜井は、なんでお前に謝り過ぎだって嫌な顔されるのがダメだったんだろうな」

諏佐さんが言い終えた後に見せた笑顔は今吉サンよりも柔らかなものだったけれど、本質はおんなじな気がした。



俺は良の「スイマセン」が嫌いだ。

でも、良の「ありがとう」は、悪くねぇと思う。


普通の、よくある過程



20130525

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