※方言適当 「部活…終わってしもうた…」 練習を終えた部室にて、暗鬱な声が部屋の隅から漏れていた。声の主の2mの巨体は、膝を抱えて丸まっても尚途轍もない存在感を発している。「うざいアル」と近くにいた劉は眉根を寄せた。何故かショボくれている岡村の顔を氷室は覗き込んだ。 「主将、どうしたんですか?お顔がすぐれませんよ」 「室ちん、言いたいことはわかるんだけどね、それじゃ蔑んでるよ?」 正しくは顔色がすぐれないだよー、と紫原はのんびり訂正をした。紫原はこう見えて頭が良いのだ。氷室はそっか、と納得し岡村に謝ろうとした、しかし。 「いや、氷室は間違ってねーよ。コイツはお顔が優れてねぇ」 「あー、福ちんだー」 「あれ、福井さんも来てたんですか」 コートとマフラーでもこもこと着膨れした福井が現れた。現在受験真っ最中の福井が部活に現れるのは久しぶりのことで、後輩たちは知らず知らずのうちに顔をほころばせた。福井の方は気付いてないようだが。 「そのアゴリラ回収しに来た」 福井は岡村を指差し端的に言う。 「ふくいぃぃぃ…」 「うわきも」 涙を湛えて自分を見上げてくる岡村に対する福井の言葉に優しさは欠片も見当たらなかった。 「ねぇ、福ちん、なんでしゅしょーこんなことになってんの?」 紫原は至極どうでもよさそうに尋ねる。福井はそれでも質問にはちゃんと答えた。 「今日、バレンタインデーだろ」 「ああ」 「そのアゴリラは自分にチョコが来るという夢を捨てきれずに、引退してんのに部活に顔出してシャイガールからのチョコをずっと待ってたんだよ」 「主将…」 氷室はうっかり憐憫に満ちた視線を岡村に向けてしまった。紫原も呆れた様子で言う。 「てゆーか、そんなんでヘーキなの?受験とかさ〜」 「ムカつくことに推薦決まってんだよコイツ、しね」 「福井辛辣じゃ…」 岡村は縮こまった。推薦が決まっているのに今まで積極的に部活に参加していなかったのは後輩を気遣ってのことだという。 「そういや、お前らは貰ったのか?チョコレート」 福井は氷室・紫原・劉の方を見て尋ねた。 「うん、いっぱいもらったよー?」 「敦のは大体義理だろぉー?」 「うーん、そーかも。タッパーとかでね、いっぱい配ってて〜、いちご味おいしかったな〜」 「氷室は…バッグめっちゃ膨らんでんな」 ベンチに置かれた氷室のバックを見て、福井はまぁ予想通りだなと確信した。 「ああ、知らない人もくれたん………………そういえば、こっちのバレンタインはそういう意味だったよね、しまった…」 普通に受け取ってお返ししてしまったよ、と氷室は困った顔をした。 「因みに俺も普通に貰った」 「お前ら、やめるアル。モミアゴリラのHPはもうゼロアル」 割合モテるバスケ部レギュラーの戦績の報告は岡村の心を深く抉った。劉も実はチョコを受け取っていたりしたのだが、黙っておいてやることにした。 ふと紫原が名案だとでもいうように口を開いた。 「あ、でもホワイトデーにお返ししなくて良いしさ〜、いいんじゃない?」 「おまえはおれをおこらせた」 「アツシお前は余計なこと言うなアル」 逆効果だったらしい。 「ところで氷室、こっちのバレンタインはーっつったけど、アメリカだと何か違うのか?」 「ええ、普段の感謝を伝え合う、という感じですね。まぁ、恋愛の意味合いも勿論あるんですけど…」 氷室が説明するところによると、日本で言う『友チョコ』の文化が日本より強いのだとか。家族愛、友愛もバレンタインの対象なのだという。 氷室は自分の鞄を手に取り、中を探る。 「だから…俺も一応チョコ買ってあって」 「あぁ、室ちんさっきくれたよね〜」 「俺ももらったアル」 氷室は依然じめじめといじけている岡村の脇に跪いた。そして薄っすらと微笑み――その周りにはキラキラと眩しいオーラが輝きはじめ――。 「主将…俺のバレンタインプレゼント、貰ってくれませんか……?」 「い…イケメンなんて…イケメンなんて……チクショオオオオオオオオオオオ!!!!」 岡村はしっかりと、氷室からのプレゼントを受け取った。大きな手のひらに転がったHERSHEY'Sの包みが、とても温かかったという(岡村談)。 「福井さんも良かったらどうぞ」 「おお、さんきゅな。これ甘いよなー」 「俺はわりと好きですよ」 福井はそれじゃあお前らはさっさと着替えろ、と言う。まだ中途半端にジャージなままの氷室たちはキョトンとして福井を見た。福井はにっと、口角を上げ笑った。 「コンビニまでちょっと行こうぜ。肉まんでも奢ってやんよ。岡村が」 「うおおおおおい?!」 暮れ方、秋田のとあるコンビニでは、平均より遥かに大きな体の高校生たちが仲良く肉まんを頬張っているのが目撃されたという。 20130512 20130515 back |