神様しか知らない | ナノ


しとしと落ちる雨はアスファルトに染みを作って、とっくのとうに水浸し。天気予報によればこの雨はだらだらと明日の朝まで降り続くらしい。教室の窓から見上げた空は確かに全面パッとしない灰色だった。雨のせいで気温もぐっと下がる。指先が冷えてきしりと痛んだ。僕は雨の日に元気になるようなひねくれものというわけでもないので、ほんのり憂鬱になりため息をついた。するとそのため息は前の席の誰かさんのそれとかぶり、二重奏を奏でた。

火神くんがちろ、と僕を振り返った。

「んだよ」
「僕の真似しないでください」
「はぁ!?テメーが勝手に俺に合わせてため息ついたんじゃねーか!!」
「そんなことないです」

少し煽れば火神くんはすぐに火のように感情を剥き出してくる。相手にするのは疲れるので意味のない議論をすることはやめた。僕は彼にどうしてため息をついたんですか、と問うた。火神くんは僕と会話するために椅子に横に腰かけて窓に背を向けた。唇がつんと尖っている。高校生は子供だけど、こどもみたいだ。

「ストバスコートが水浸しだなぁって思ったんだよ」

その愚痴は心底残念そうなものだった。バスケは室内競技だけれども、火神くんは足りないと思うとストバスに行って練習する。と、いうか、遊ぶ。勿論コートは屋外に設置されているため、雨では使用することはできないわけだ。

「水溜まりができてしまうと次の日もちゃんとは使えませんからね」
「あー。雨最悪」
「まぁ、明日には晴れるそうですから」

僕はそう無難に励ましの言葉をかけた。火神くんはそれでもなぁ、と後ろ頭を窓ガラスにぶつけて依然しょんぼりしていた。





予報と火神くんを大きく裏切り、雨は二日経っても降り続いた。室内に引っ込みっぱなしの僕らを嘲笑うかのようにしとしとぽたぽた。

「俺はもう何も信じねぇ…」

火神くんは僕の机に突っ伏しぐずぐずし始めた。大きな手が僕の目の前に片方だけ投げ出されている。無防備に旋毛が晒されていて、つんつんと硬質な彼の髪の毛を思わず撫でそうになってしまった。なんだかおかしなことだと思うので実行しないでおく。

「止まない雨はありませんよ」
「おちょくんな」

不満だだ漏れで僕に噛み付く言葉も、普段より勢いに欠けた。耳を澄ませば、窓ガラスの向こうからはさぁ…という細かい音がする。昼休みの今でさえ雨はだらだらと降っていた。

「んでこんなに天気予報外れるんだよ」

ついに火神くんは苛々と気象予報に八つ当たりを始めた。

「所詮予報ですからね」
「でも意味ねぇじゃんっ」

彼の様子は小さな子供がぐずっているのに似ている。こんな体のでかいだだっ子は遠慮したいものだ。

「…」

ふと、思い付いたことがあったので、彼に話してみることにした。

「火神くん、本当のことは誰も知らないんですよ」
「…なんだ?」

火神くんは僕の語り口に違和感でも感じたのか、顔をあげると片目をしかめて僕を見た。僕は重ねるように、もう一度言ってみせる。

「真実は神様しか知らないんです」

火神くんはますます怪訝な顔をした。僕の言葉の真意を計りかねているらしい。確かに自分でも突飛な話題であると自覚している。

「お前ってクリスチャンなのか?」
「いえ、無宗教です」

火神くんが一番に確認したのは意外なことだった。日本では神様の信じ方がかなり適当であることを彼は知らないのだろうか?そんなことはないと思うのだけれど。僕は、真実は神様しか知らないという由縁の説明を始めた。

「わかりやすいのは裁判ですね。喩え人を殺めていなくても、裁判で有罪判決殺人罪だったら、それは人間にとっては真実なんですよ」

あ、火神くん面倒そうな顔してますね。ダメですよ、バカでもバスケは出来ますが、バカじゃ勝てないんですよ?というのはカントクの弁ですが、ごもっともなのでお借りしました。僕の話とバスケはあまり関係ないけれど興味なさげな顔をされると意地悪なことを考えてしまう。

「だから無実だったとしても、その人が無罪であるという真実は、神様しか知らないんです」
「……なんだか、難しい話だな」
「そうでしょうか」

一応聞いてはいたのか、火神くんはむつかしそうに悩んだ。納得がいかない、というのが一番あたっているかもしれない。バカ正直で真っ直ぐな彼は、間違いでも人間にとっては、法的には真実だ、なんて認められないに違いない。言葉に迷うような、よくある沈黙がじわりと迫ってきた。別に、嫌な訳ではないけれど、落ち着かないな、と椅子に座り直した。火神くんが口を開いたのはその後すぐだった。

「それってひとりひとりにも言えそうだよな」

おや。目の前のおばかさんが考察してくれるとは思っていなかったので僕は目を見開いた。

「人間が、自分がそうだと決めてても、他から見たら違ってる、とかさ」
「火神くん珍しく鋭いですね。まぁ、ただの主観客観の話ですが、僕が思うのはそこなんです。究極の客観は神の視点ですからね。
 どんなに幸せだと思っていても、どうしようもなく不幸だったり、ですかね」
「おま…鬱なことを言うなぁ…」

火神くんが呆れた声を出した。うるさいですよ、これが僕の性格なんですから。ちらりと窓の外に目をやると、黄色い傘がくるくると校庭を横断していた。きっと地面はぐずぐずなのに、どんな用事があったのだろう。

「でも、なんでこんな話をしたんだ?」
「……ちょっと、僕の中の真実に思うところがあったので」

ふぅん、と火神くんはしげしげと僕を見た。二重のつり目気味の大きな目が、やけに近い。

「なんですか」
「いや、お前って結構自分の意志とかがっちり固まってるイメージあっから、不思議」
「……僕も迷いますよ」

特にきみのこと。

口には出さないで、思う。

実はこれ、ほんのちょっとだけだが色っぽい話だったりする。僕が悩む真実というのは、火神くんのことなのだ。

この赤く錆びた色の側が心地よいと思ったのはいつからだったか。僕のバスケをするために近付いたのに、もうそんなこと関係なしに彼の近くにいたいと思うようになった。ただそれが深い友愛なのかと聞かれると、僕は口ごもってしまう。きっと、彼に口付けたいだとか明白な欲求が出るまで、僕の真実はピントのボケた写真のようにしか写し出されることはないんだろう。

だからそれまでは、僕の真実は神様しか知らないのだ。

「火神くん、ちょっと手、貸して下さい」
「あ?」
「指先が冷えてしまって」

僕は冷えた手で、火神くんの手に触れてみた。冷たい、と彼は非難の声をあげたが言葉とは逆に僕の指先を包んでくれた。手袋買えよなんて世話を焼いてくるあたり彼らしい。火神くんは子供体温なのか、その手はとても熱かった。指先は段々温くなる。伝わる熱量くらい貰っても、良いと思う。でも。

神様はこの行動を、有罪とするだろうか。

やっぱりそれも、神様しか知らない。


神様しか知らない


20121231
20130510 修正・再掲

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