※葉+宮のような、葉宮のような。 閑 アドレス交換なんてしなきゃ良かったと宮地は後悔する。 『みやじいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!』 「うるっせえええええ!!!!いきなり電話してきたと思えばなんなんだテメー!!声帯抉って吊るすぞ!!」 テレビ画面にはアップで一時停止された推しメンの姿。アイドルのDVDを見るという濃密な受験勉強のご褒美を堪能していた宮地は突然の葉山からの意味不明な電話にブチ切れた。さっきからみやじいいい!としか言ってこない。死ね。二度死ね。大体葉山は宮地が受験生であることも忘れているのだろう。通話を拒否する正当な理由なんて山程あるのに休憩中だからと律儀に電話に出る宮地も宮地ではある。 宮地はソファに前のめりに腰掛け、誰が見ているというわけでもないので苛立ちを隠さず貧乏ゆすりをした。 葉山はちょっとコイツ泣いているんじゃ…というくらいに濁った声で宮地に訴える。 『だってだって、赤司がいないんだ!』 「…は?」 赤司がいない?興味は引かれるが、宮地は正直どうでも良いなと思った。ただ、言動とは裏腹に彼は(彼自身は認めていないが)優しい性質であったので、電源ボタンを押すことは勘弁してやることにした。 葉山は一転声を落としてボソボソと話し出した。 『なんかうちの高校、ずっと休んでて……。理由がわかんないんだ。勿論部活にも来ないし』 「赤司にも事情があるんじゃねーか?中身は魔王でも体は人間だし」 ままならない家の用事に付き合わされることだって当然あるだろう。それから、赤司は一年生にして主将を任されているだけあり、三年生の他の主将たちに引けを取らないどころかそれ以上の能力を持っていて、主将としての役目を完璧にこなしていた。彼の統率力は気味が悪いくらい、上級生の部員から文句が出ないほどである。そんな赤司なのだ、自分がいない間の的確な指示を何かしら出してるんだろ?そう宮地が問いかけると、葉山は頷いた。 「それじゃ、」 『でもそれじゃ駄目なの!』 問題ないじゃないか、という宮地の意見は葉山の反駁に掻き消された。一方的な葉山の口調は駄々をこねる幼児に似ていた。宮地は眉根を寄せる。なんで俺が噛みつかれないけねぇんだと苛立ちが募った。 葉山はお構いなしに宮地に自分の思いをぶつける。 『皆、赤司が大丈夫って言うなら大丈夫だって、何か意味があるんだって言うんだ。けど、俺たちは大丈夫でも、もしかしたら赤司は駄目かもしんないじゃん。 いっつも赤司が大丈夫って思わせてくれてるんだ。でも、だから、よく考えてみたら、それって体良く不安もなんもかんも赤司に預けちゃってるってことじゃんって…おもって…』 葉山のなんだか頭の悪そうな散文的な主張はしりすぼみに小さくなっていく。遂に音は途切れて、宮地と葉山の間は頼りない無音になってしまった。 その沈黙の中で、宮地は葉山の主張の読解を進める。だから自分に聞き役がまわって来たのかと、宮地は静かに悟った。自分の学校と関係ない第三者に話したかったのか、と。バスケ部としてだけ繋がっていた他校の問題なんて、既にバスケ部を引退した宮地には関係無いし、どうでも良いことだった。でも、宮地は握ったままだったリモコンを横に続くソファに放った。 「で?」 宮地はソファの背凭れに体重を預ける。あと五分だ。それくらいは、コイツの話に付き合ってやろう。受話器の向こうの葉山はもう一度、自分の懸念を伝えようと努力を始めた。 ◆ 受験真っ最中の今、高校三年生は自由登校となっている。センターを好成績で無事切り抜けた宮地には大学の本入試が待っているわけだ。宮地はON・OFFの切り替えが上手いので、勉強なんて集中してちゃんとやれれば何処でやっても一緒だと思っている。だから、宮地が言うには、「たまには学校で勉強しようと思っただけ」だった。 今日のノルマ分の問題集と過去問を一通りやり終えて、宮地は息を吐いた。外を見ようと窓に目をやると、とっぷり日がくれてしまっている。ガラスには自分の姿がくっきりと映っていた。「最終下校時刻寸前」。教室にはまだ数人、人が残っていた。身体を冷やさないようにコートを着て、首にはしっかりとマフラーも巻きつける。 「気が向いたので」宮地は「きっともう誰もいない体育館」を覗いてから帰ることにした。自分の努力した日々を思い返して、更に発奮するためだとかちょっと面倒な理由をこじつけてみたりしていたのだが、記述することが面倒なので省略する。 「重…」 目的地までの廊下、参考書やプリントでずしりとした鞄が肩に食い込むのに宮地の口から愚痴がこぼれた。 学校内の消灯が進む中、体育館からは煌々と明かりが漏れていた。予想通りの癖にまだ練習してんのかとぶつぶつ言いながら、宮地は扉から顔を出した。照明の光を受けた緑の髪が何よりも先に目に入る。緑間が見慣れたフォームで機械よりも正確なシュートを繰り出していた。 「あ」 緑色の目がちらっと宮地を捉えた。 ――バンッ。 ボールが勢い良く軋んだ音を立てて落下する。ゴールリングの中央を通過し、擦りもしない。緑間がこちらに気が付いたので宮地は手を上げ応えた。ついでに体育館内に入る。練習した後のむわりと汗臭い空気と熱気が僅かに残っていた。跳ねたボールが目の前に転がってきたので、宮地はそれを拾い上げた。緑間は練習の手を止め、宮地に向かい合った。昔だったら練習中だと先輩をシカトすることもあったのだから、内面も成長したなと宮地はしみじみ思った。 「よう」 「こんにちは。何か御用ですか」 口調だけは折り目正しく、緑間は宮地を少しだけ見下ろす。しっかりと運動しているため、薄手の長袖Tシャツでも緑間はさほど寒さを感じていないようだった。 宮地はぶっきらぼうに返した。 「別に。気が向いたから来ただけだ。残ってるの、お前が最後?」 「いえ、高尾が。今は外してますが」 やっぱニコイチか。もうすぐ一年、付き合って来た奴らなので当たり前のことでもう何も感じない。 緑間は表情をあまり変えぬまま、口を開いた。 「先輩はもう受験期でしょう。速やかに帰宅して勉学に励み、人事を尽くすことをおすすめしますが」 「おっまえ、誰にモノ言ってやがる。轢くぞ」 ぴきりと宮地の額に青筋が浮いた。が、直ぐに宮地の脳内でエア高尾が緑間の言葉を翻訳した。真ちゃぁん、先輩が心配だからってその言い方はないっしょ、まじウケるんですけど!ぎゃははははは!そう、本物の高尾がいなくたってある程度緑間の本心はわかるのだ。いやでもエアにしても高尾ってうるせぇな。無駄な思考も差し込みつつ、宮地は静かに溜飲を下げた。 「…まぁ、いいわ。ついでだからちょっと聞きたいことがある。 洛山の知り合いから相談されたんだけど、」 洛山、という単語に緑間の身体が微かに動いた。対照的に表情は感情を殺すように変わらない。だから、それだけでもう宮地はわかってしまった。コイツ、何か知ってんだな。んでもって隠そうとしている。宮地は容赦無く言葉を続けた。 「赤司って今、どうしてんの?キセキ繋がりでさ、知ってっか?」 「知りません」 「嘘つくな」 隠し事は単純に胸くそ悪い。逃がすもんかと宮地は緑間を睨む。ついでに持っていたボールを緑間へと投げ渡す。強めに放られたそれを緑間はなんてことはないように受け止めた。その間も緑間は宮地から目を逸らすことはなかった。 「では、言い換えます。進んでお教えするつもりがありません」 「…」 即答するのがおかしいと言外に咎めてみれば、あっさりと躱され秘密の存在を明言した上での籠城作戦だ。緑間は涼しい顔のままである。しかしこの言い様。どうしよう前言撤回めっちゃ殴りたい再教育したい。受験期のストレスもあいまって宮地の沸点は下がり気味だった。 ぼこぼこと沸騰しそうな思考を落ち着かせるように宮地はガシガシと自分の後頭部をかき混ぜた。 「洛山の知り合、あーもぉーめんどくせぇな!!っ無冠の葉山がキャンキャンキャンキャンうるっせぇんだよ!猫目の癖にな!赤司がいないーっつってよ! アイツ、赤司のことを心配してんだ。無理強いはしたくねぇけど、出来ることなら、なんかしら知ってるなら教えてやって欲しいんだけど」 「……」 緑間のボールを持つ手の甲に白く筋が浮いた。 「そう…ですか」 宮地が言い終えた時から、緑間の強硬な態度が目に見えて軟化した。どの言葉が彼の琴線に触れたのだろうか。事情を葉山からしか聞いていない宮地には当然わからない。緑間の顔に、長い睫毛の影が出来る。 緑間の唇が薄く開かれた。 「……確かに赤司は今、あまり良い状態ではないと思います。 でも、赤司は大丈夫です。……赤司は今ひとりではないのだよ」 呟くように、緑間は言葉を付け足して、口癖が混じるその部分が生々しい。 宮地は葉山の言葉を付け加える。 「……不安を押し付けている、とか言っていたんだけど。自分たちは精神的に安定出来ているけれど、赤司はどうだかわからない、ってよ」 緑間は一瞬宮地から目線を逸らし、考えをまとめているようだ。そして俺にも赤司の思うところはわかりませんが、と口を開いた。 「では、漫然と安心するのではなく、アイツを信じてやって下さい」 そうお伝え下さい、と緑間は宮地を見た。緑間の視線はぶれない。宮地は口角を上げた。 「…先輩に伝言頼むたぁいい度胸だなぁ」 「葉山さんの連絡先を知りません」 「〜〜…まぁ、そうだな、くそ」 腹が立つ正論に宮地が顔を顰めた時だった。 「みっやじ先輩じゃないっすかぁーッ!!」 「っだぁ!?」 突進して来た高尾が相変わらずのテンションで宮地に飛びついた。両腕で胴体をホールド、両脚も使い全力でしがみついている。よろめいた宮地は咄嗟にごんっ、と右手で作った拳を高尾の頭に振りおろした。ほとんど反射であったため力の加減ができていない一発だった。高尾は痛みと衝撃に堪えかねたのか、ポロリと床に転がった。 高尾は涙目で宮地を仰いだ。両手で頭を押さえている。 「暴力反対っす!」 「いきなり抱きついてくるお前が120パーセント悪ィだろが。過剰分の20パーセントを拳に込めただけだ文句あんなら轢くぞ」 「だって、宮地サンに会えたからさー、テンション上がっちゃったんすもん」 「もんじゃねーよ、きめぇ」 宮地が悪態をついても、高尾は楽しそうにきゃっきゃと笑うだけだった。緑間がやれやれと小さくため息を吐いて、高尾に小言を言い始める。凸凹の二人の馴れ合いの自然さが今まで自分たちが参加してきた部活の延長線上に綺麗に立っていて、宮地はなんだかほっとしてしまった。 「そういえば、宮地先輩はマスクをしないんですか。この時期は風邪が流行ります、然るべき時に実力を出せなかったらどうするつもりですか」 「ぎゃはははは!!真ちゃんうるっせー!!マジおかんでしょ!!」 「んとにるっせーな!!わぁってるっつの!!」 宮地は緑間と高尾の頭をぺしぺし叩く。素直ではないので表には出さなかったが、宮地は最近の彼にしては珍しいくらい上機嫌になっていた。高尾はそんな宮地を見てくつくつ笑った。最後に練習しすぎんなよ、と注意をして宮地は体育館を後にした。キンとした空気を切って帰る。途中でコンビニに寄りマスクを買った。いつの間にか、鞄の重さなんて忘れていた。 風呂上り、宮地は携帯を操作し葉山に緑間から聞いたことの大体をメールで送信した。 まだ濡れている髪をわしゃわしゃとタオルドライする。少しも乾かないうちに、携帯が音声着信を告げた。さっきメール出してから一分も経っていない。でもこのタイミングで電話を掛けてくる奴が一人しか思い当たらず、大好きなはずのアイドルグループの着うたが今だけ宮地にはけたたましく思えた。 案の定液晶に表示されている名前は「葉山小太郎」だった。ソファに腰かけ、応答する。 『詳しいこと全然わかってないじゃん!』 「死にてぇのか」 開口一番文句を垂れた葉山に対し、宮地はわりと本気で殺意を抱いた。そもそも宮地が葉山のために頼まれてもいないのに動いてやったのだって、彼にしてはあまりにも甘過ぎることなのだ。当然宮地の機嫌は急降下した。葉山は宮地の機嫌に気付かない。葉山に付き合って風邪を引くのも馬鹿らしいので、宮地はまたタオルで髪を掻き回す。髪に八つ当たりしているのか手付きは先程よりも乱雑だ。 ふふ、と耳に柔らかな息が伝わって、宮地は一度手を止める。呑気な葉山が笑顔になった音だった。 『でも、宮地、えへへ、ありがとねっ!』 「んだよいきなり」 『だって宮地優しいから!』 「はぁ?」 自分には似つかわしくない、意外な言葉を言われたせいで宮地は素っ頓狂な声を出してしまった。ただそれは宮地の自分の評価が間違っているだけなのだが。葉山は馬鹿ではないらしい。 『ヤッベー、嬉しいよ!ねーねー宮地ぃ、俺ね、心配だけど、赤司のこと信じてみる!』 「おーおーそうしろ」 『そんでさー、緑間にもありがとって言っといて!』 「またテメェは…」 俺は伝書鳩か。後輩に良いように使われる上級生。自分の威厳はいつからこんなに失われたのだろうか。やり切れないなあ、なんて宮地は溜め息を漏らした。同時にそれは安堵の息でもあった。葉山はすっかりいつも通りのテンションで、もう大丈夫だ。宮地は満足した。 話は済んだので宮地は電話を切ろうとしたが、宮地の言葉が音になるよりも早く葉山が口を開いた。 『宮地、早く大学受かってね!そんでさっ、どっかで1on1しようぜ、1on1!!』 「…はぁ?」 『ねー?』 宮地には京都に、バスケットボールに前足をのせ遊んで遊んでとせがんで目をキラキラさせている猫目犬が見えた気がした。こんなところで千里眼が使えるようになるなんて、とか阿呆らしいことを考えてみたり。それはさておき、だ。葉山の言葉にオブラートはない。要するに気遣いがゼロだ。受験生に対しての言葉としては零点だが、宮地には葉山の言葉がどんな励ましの言葉よりも何故だか嬉しく思えてしまった。 そうだなぁ、バスケ、してぇなあ。宮地はくしゃりと相好を崩した。 「馬ー鹿」 20130429 back |