忘れ勝ち 08 | ナノ



08


店員に運ばれて来たボウルにはもんじゃのタネが入っている。お腹も空いたことだし、と後はご飯を食べながら話すことにした。

ふと、赤司が不思議そうに、じっと俺の手元を見ていることに気がついた。

「赤司、どうしたの?」
「…出来上がっていないものが運ばれてくるのか?」
「ああ、そうだよ。特にもんじゃ焼きはやっぱ自分で作らなきゃね」

もんじゃ焼きってわからないのかな?食べたこともなさそうだ。折角なので俺は赤司に解説をしながらもんじゃ焼きを作ることにした。金属製のつるりとしたボウルを手に取る。

「先に具を焼いてー、土手を作ります」
「土手?」
「うん、こうやってドーナッツみたいに具を輪っかに盛るんだ。それで、この輪の中に残りの小麦粉とかの混ざった生地を少しずつ入れて混ぜながら焼いて行くんだよ」

鉄板の上でぷくぷくともんじゃが焼けて行く。ある程度出来上がったところで、俺はやってみる?と赤司にボウルを差し出した。赤司は頷いた。彼がわくわくしているのを肌で感じる。赤司は最初、ぎこちなくもんじゃを作っていたのだが、慣れて来たのか大胆に残りのタネを注ぎ込んでしまった。じわぁと土手の中の汁が外側に滲み出ている。

「あはは、決壊しちゃったな」
「…意外と難しいんだな」

赤司は不本意そうに少し唇を尖らせた。コツがあるんだよーなんて話している俺たちを見て、高尾はけらけら笑う。その手元には半面が焼けたお好み焼きがある。

「そんじゃ、高尾ちゃんも張り切っていきまーすっ!」

そう言うと高尾はお好み焼きを高めに放ってひっくり返した。芳ばしい香りがふんわりと鼻腔をくすぐった。鉄板にべしゃんと落下したお好み焼きは音こそ不恰好であったが、綺麗に焼き目がついていて赤司は目を輝かせた。

「高尾くん、すごいな。美味しそうだ」
「いやでも高尾、それはやめときなよ。前にそれで緑間の頭にお好み焼き不時着したじゃんか」

笑いながら緑間の方を見ると、彼は無言で高尾を見やっていた。

「懐かしっ!つか真ちゃん顔怖えよあんときゃ悪かったってば!」

高尾はばしばしと緑間の背中を叩く。しかし、緑間の表情は晴れなかった。お好み焼きが理由ではないらしい。いつもの仏頂面とは違っているようだ。機嫌を損ねるような事をしてしまったろうか。少しだけ気にかかりつつも、俺は両手にヘラを持った。最後に全体をぐちゃぐちゃとかき混ぜれば、もんじゃ焼きは完成だ。

「それじゃ食べようか」
「…これで出来上がりなのか」

赤司は驚いた様子で完成したもんじゃ焼きを見た。中途半端にどろりとしているのが奇妙に思えるらしい。そういえば、前に緑間はこれのことをゲ…うん。と、表現してたっけか。見た目に関しては確かに否定しきれないところが悲しい。

俺は赤司より先にもんじゃを口に運んだ。魚介の香りが強く、ダシの濃さもちょうどいい。俺の様子をじっと見ていた赤司ももんじゃを小皿に移してから、ふぅふぅ息を吹きかけ恐る恐るひとくち食べた。形の良い唇が緩く波打つ。

「……なんかよくわからないけどおいしい」
「ん、良かった、」

赤司は中途半端な肯定を口にした。微妙にお気に召したようだった。俺はホッとして、赤司の頭を軽く撫でた。

「…何も良くないのだよ」

唐突に、緑間が低い声で言い出した。その暗さに俺は赤司から手を引っ込める。何がいけなかった?緑間は赤司と俺の両方を睨めつけた。

「どうしてそんなにへらへらとしていられるのだよ。どうして必死になって記憶を取り戻そうとしない、何故人事を尽くさない!」
「ちょ、ちょちょちょ、真ちゃんストップ!」
「おまえはっ、」

高尾が慌てて遮る中、緑間の目は今度は赤司だけを捉えた。

「お前は赤司征十郎だろう!」

綺麗な翡翠の目が、怒りで薄っすら赤くなっている。ひゅ、と赤司が息を吸い込むのに失敗した音がした。

しんとしてしまったテーブルで、高尾が珍しく怒ったように口を結んで緑間の脇腹を小突いた。緑間はぐっと眉間にシワを寄せていたが、最後にため息をついた。

「…すまない、少し外に出るのだよ」

木製の椅子ががたんと音を立てる。緑間が一度店の外に出るのを、赤司はぼんやりと見ていた。高尾は俺たちを安心させるように、ぱっと表情を明るくした。

「うは、あの真ちゃんが謝ったよ。二人とも、うちの緑間がごめんねー?とりあえず食べようぜ、折角作ったんだし」

言いながら高尾は完成したお好み焼きを俺たちにも取り分けてくれた。緑間の分もちゃんと取り分けているのがなんというか。ふっくらと焼きあがったそれは美味しかったけれど、正直他のことで頭がいっぱいだった。

――俺、間違ってるの、か?

高尾と話しながらも頭の中はそればかりだった。

赤司の為とか思ってるけど赤司を甘やかし過ぎてる、かな。俺が側にいるんじゃ、悪影響なのかな。マイナスな思考がぐーるぐーるまわり出す。赤司のことを俺よりも遥かに長く知っている緑間からの非難は正直堪えたのだ。赤司も気まずそうに箸を動かしている。高尾が場を盛り立てようとしてくれているのがわかって、益々肩身が狭くなった。

このままじゃいけない。それに――緑間の意見、ちゃんと聞きたい。

「ごめん、俺、少し緑間と話してくるわ」

俺はマフラーだけを手にとって席を立った。俺がそう言い出す事は予想がついていたらしく、高尾は口の中身を飲み下すと、俺を呼び止めた。

「降旗、それじゃあ、真ちゃんにこれ訊いてみて?――」

なんだか意地悪そうに笑う高尾が何故そんなことを言うのか、そしてその質問の答えすら俺にはわからなかった。



店の外に出ると刺すような冷気が肌を震わせた。店内との寒暖の差に思わず身震いする。やっぱコートも持って来るべきだったかと後悔した。

扉の脇には直立不動でそれこそパネルのように突っ立っている緑間がいてビクッとしてしまった。彼もコートを着ていないので、やはり寒そうだ。鼻も赤くなってしまっている。俺だけコートを着ているというのも気まずいので丁度良かったかもしれない。道ゆく人がちらちらと緑間をうかがっている。彼に話しかけるのはかなり勇気がいるので、ひとまず俺は緑間の隣に並んでみた。

「…なんなのだよ」

降ってきた声に顔をあげると、緑の双眸が気まずそうにこちらを見ていた。

「うん…ちょっと緑間と話してぇなって」
「俺は話すことなどないのだよ」
「つれないなぁ…。先に、高尾から伝言」

俺は高尾に言われた通りのことを言った。

「『どうして赤司はここにいたと思う?』だってさ」
「?…、!」

一拍おいて緑間は瞠目した。その後厄介そうにため息を深々と吐き出した。俺は高尾の単純な質問に思い当たるところがあったらしい緑間に驚いた。どういうことなのか訊こうとすると、先に緑間が話し出した。

「おい」
「えっ、うん?」
「お前は赤司が怖くないのか。確か、WCの前にキセキの世代の集まりに来ていたのはお前だろう。あの時、お前は物凄く怯えていたように思うのだが」

自分の存在に気付いてくれてたことにも驚いたけれど(そして情けないところをしっかり覚えられていたところが悲しかったけれど)、緑間の言うことは俺の立場をきっちり捉えていて思わず苦笑してしまった。

「うん…でも今は怖いより心配が勝ってるっていうかさ、」
「解せんな」

ふん、と緑間は鼻を鳴らした。

さっきよりも、緑間の周りの空気が柔らかい。これなら訊くことが出来るだろうか。また緑間の逆鱗に触れたらと思うと少し怖かったけれど、俺は勇気を出すことにした。

「なぁ、緑間、赤司のことなんだけど。俺間違ってるかな。こんなん聞くの情けねーけど、やっぱ自分じゃイマイチわかんな」
「良いのだよ」

俺が言い終える前に緑間はそう肯定して、俺の言葉を止めた。

「俺が、不甲斐なかっただけだ。だから、お前は、そのままで良いのだよ」

その眼差しがいつもよりも穏やかだったのは、気のせいだろうか。彼の話も抽象的で俺には掴むことができなかった。ただ、俺は緑間に認められたことが嬉しくて、ありがとうとだけ言って微笑んだ。



店の中に戻ると、高尾がやはり屈託のない笑顔で迎えてくれた。高尾がうまくフォローをいれてくれたらしく、赤司も大分元気が戻っていた。再び和気藹々…とまではいかないけれど、楽しく昼食をとることが出来たのだった。



食事も会話もほとんど済んだので俺たちは店を出た。冬とは言えど、流石にまだ日は高い。これからどうしようかと考えていると、いきなり肩にずしりと負荷がかかった。

「重っ!え、何!?」
「仲直り出来た?」

振り返ればすぐそこ、頬がくっついてしまうほど近くに高尾がいた。肩を組んで来たようだ。仲直り、という言葉に思い当たるのはひとつしかないわけで。

「…緑間とは直る仲がないんだけど」
「ぎゃは、それもそっか!」

高尾は笑いながら頷いた。丁度、緑間も赤司となにやら意思の疎通を図っているらしい。緑間のぎこちなさも微笑ましく思う。だから赤司は緑間に任せて、俺は高尾と話を続けることにした。取り敢えずは先程の緑間の反応について。高尾は苦笑しながら言う。

「降旗の優しさが赤司に必要だって、緑間にもわかったんだよ」
「俺、別に優しくなんかないよ?」
「うっそ、降旗それはねーよ!ダメだ、ウケる」

高尾はげらげらと笑い出した。もうこいつのツボがどこにあるのかわからない。ちょっと顔が引き攣ってしまった。ようやっと高尾の笑いが引いたところで俺はもうひとつ尋ねることにした。

「な、高尾。赤司ってどうしてここにいたんだ?緑間は結構すぐに理由がわかったみてぇだったんだけど」
「あ、そっか、降旗はバスケ始めたの高校からだもんな」

じゃあわかんねぇ、かな?少し首を傾げつつ、高尾はあっさりと理由を教えてくれた。

「WCは別の体育館だったけどさ、こっちの体育館は中学のバスケの試合でも使ってたんだよ。真ちゃんは頭良いけど赤司のことでテンパってわかんなくなっちゃったんだな」
「あ…」

高尾の洞察力に驚きつつ、俺はチラッとキセキの二人に視線を送った。だから、高尾は彼にしては珍しく緑間に対して怒ったのか。WCで秀徳は赤司率いる洛山に敗れた訳であるし、高尾と赤司は決して仲が良いわけではない。でも、追い詰められている人間を理由も知らずに詰ることは、あってはならないと思っているのだろう。

「…」

赤司は。

「人事尽くしてるなぁ…」
「だな」

高尾は珍しく、おちゃらけることもなく頷いた。

背後にはぽつぽつと会話を交わす二人がいる。情けないことに俺は、赤司がひとりで頑張ろうとしていたことがほんの少しだけ、さみしく思えた。





カーテンの隙間から光が射し込んでいる。朝だ。母さんがかちゃかちゃと忙しく動く音がする。目覚ましよりも少し早く起きてしまったことをちょっと損したな、とか思いながら俺は寝返りをうった。昨日あんなに疲れたのに(主に精神)、どうして目が覚めちゃったんだろ。ぼうっと目を開けていると、視界にちかちかと人工的な光が見えた。携帯に着信があったようだ。画面を開くと知らないアドレスからのメールだった。

今まで迷惑メールが来たことがないので不思議に思いつつ、一応メールを開いた。

『non title
今日の蠍座のラッキーアイテムは孫の手、射手座のラッキーアイテムは柚子胡椒なのだよ』

「…」

遅れて、高尾からメールが届いた。予想通り、緑間に俺のメアドと星座を教えたという報告だった。俺、高尾に誕生日教えてたっけ?高尾はやはり緑間の行動にツボったらしく、文面には賑やかに大量の「w」が出現していた。

俺はもう一度、緑間から届いたメールを開いた。射手座って赤司のこと、だよな?初めてのメールなのに、自分の伝えたい必要最低限の言葉しか書かれていない。その癖「なのだよ」なんて特徴的な語尾はそのまま。

不器用だなぁ。思わずくすっと笑ったあと、俺はアドレスの登録から始めたのだった。



20130421

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