夏の練習で、休憩として取り入れられている『昼寝』の時間はいいものだと俺は思っている。体を鍛えるには、体をフルに使うこともだけれど、うまく休みをとることが大事だからだ。(他の学校も昼休憩くらい当然とるだろうけれど、『昼寝』とわかりやすいくくりで時間をとることはあまりないような気がする。) 寝る場所はカクギジョウの畳の上で、ちょっと汚く感じるけど自分達も汚いからおあいこだ。むしろそんな俺たちを寝かせてくれるだけありがたいことだった。 誰もいないからっぽのカクギジョウにぼてっと横になると心地良いだるさが手足の端からじわじわじわ〜とのぼってきた。大きく息を吐くとパンパンに膨らんでいた疲労タンクがぷしゅうと萎んでいく感じがした。 「田島もう横んなってんのかよ」 「へへっ」 後からやって来た泉が笑いながら言った。俺は一番乗りで寝っ転がったから、ちょっと浮いてたかもな。泉にはただ笑い返したつもりだったけど声に眠気が混じってしまっていたと思う。背中が振動を感じて、他の野球部員も室内に入って来たことがわかった。 やっぱ体力を底まで使っているからな、瞼が重い。俺は落下するように夢の世界に引き込まれていった。 「、ん」 ――みぃーんみぃーん、ジワジワジワ… ふっと音が戻って来て俺は薄く目を開けた。まだ頭がボンヤリしていて、野球へと思考が切り替わらない。主将の花井が時間通りに動くから、まだ休憩終わってねぇんだな――と思って。 俺の視界でゆっくり、花井の肩が上下していた。先に寝てしまったから気付かなかったが、花井は俺の隣で眠っていたようだった。そんなこと今まで一度も無かったんじゃねぇかな。珍しいな、と純粋に思った。 ちょっと嬉しいのはお互いに寝た状態だから身長差が無くなってること。花井のでっかい体(細いけど)は俺の劣等感を煽るからキライなのだ。別に、花井が悪いわけじゃねーし俺がでかくなれば関係ねぇんだけど。 起きるのもまだイヤで何となく花井の観察をしてしまう。 こちらに顔を向けて眠っている姿はいつもより子供っぽい。普段は少し背伸びしてるところがあってそれが常だから余分に大人びて見えていたのかもしれない。夢でも見ているのか瞼はふるふる震えていて、それを縁取る睫毛はハゲの癖にやけに長い。 練習では暑苦しい癖に…同じ高校球児の癖に花井は…俺や他のヤツらなんかよりキレイだと思う。 「んー…」 やばっ!! 花井がぐずって目を覚ます直前に、俺は目をつむって狸寝入りをした。………って別に起きてたって構わねぇはずなのになんで寝たふりなんてしちゃったんだろ。てか、寝たふりって難しい。体に余分な力が入ってうまく抜けない。花井が早くおきろーって号令を掛けてくれればいいのに。そしたら嘘つきをやめられるのにな。 布の擦れる微妙な音で花井が起き上がったのがわかった。逆に、それ以外は蝉の合唱くらいしか音が無くて、皆爆睡してるようだ。 花井は起き上がったきり動く気配がない。 早く号令かかんねーかなぁー、とそわそわしている時だった。 さらり、と花井の手が俺の髪を撫でた。 俺は固まった。息が、止まるかと思った。 飼い猫を愛でるような優しい手つきだった。三回ほど髪を整えるように撫で付けられて、次にくしゃくしゃっと楽しそうに髪をかき混ぜて、最後にもう一度穏やかに撫でて。 え、何、コレ。どーいうことだ!? 大混乱している俺をよそに、花井は立ち上がって、声を掛けた。 「野球部ー休憩終わるぞー。起きろー」 その声に数人がだるそうに体を起こした。小さな唸り声がいくつもあがる。俺もなるたけ自然に起き上がった。 花井はもうこっちを見ない。どうしてか見ないようにしているなって意志が伝わる。次に視線が交わるようになるには、どのくらい時間がかかるだろうか。 でも花井と目を合わせるのが気まずいのは俺も一緒だ。 だって俺は嘘をついている。 そして花井は隠し事をしている。 お互いに見せられないやましさをうまく処理できないから、今はまだお互いに騙し騙されたふりをしている。やましさの正体はよくわからない、でも、次の昼寝も花井の隣で眠りたいなぁ。今はそうとだけ、思う。 シタゴコロ 20120905 back |