祓魔師パロ17 | ナノ


賑やかな通りに面しているとある喫茶店には燦々と光が差し込んでいる。ガラスを通過して伝わる熱はじんわりと肌を刺した。高尾はあーと大きく口を開き、ミラノサンドにがぶりと噛み付いた。そのままもっきゅもっきゅと咀嚼しごくりと飲み込んで、高尾は目を開いた。

「真ちゃあん、瀕死のキセリョあっさり助かっちゃったよ。案外早く動き出しちゃうかも。本当に良かったの?」
「別に問題ないのだよ。奴は今、どうやったとしても黒子に手が出せないからな」

断定的な物言いにどういうこと?と高尾は首を傾げ、緑間を見やる。

「力づく以外に方法を考えつくまでにまだまだ時間がかかりそうだ、ということなのだよ」
「うは、カワイソー。それ、馬鹿って言ってるようなもんじゃん」

高尾はいくらも可哀想とは思っていないような顔で笑った。

「じゃ、真ちゃんはちゃんと考えているんだ?」

高尾がにやにやといやらしく笑ったまま問うため、緑間はほんの少し不機嫌そうに、むっと眉間に皺を寄せた。

「ああ」
「ふうううん」
「それで高尾、奴のことはわかったのか」
「奴ってー?」
「勿体ぶるな。黒子が寄生している影の主のことなのだよ」

緑間は苛立ちを隠さない。その緑間に全く動揺せず、加えておちょくる高尾も高尾だ。

「この短期間で、お仕事もやってて調べてたんだからちょっとしか情報ないよ?しかも実のない情報しか集まってねえ」
「役立たずめ」
「これでもちょうがんばってますからね?!」

高尾ちゃんの体力フル活用なんだから!いーッ、と子供のように顔をしかめる高尾を、緑間はひたすらに睨む。高尾は表情を緩めると、やっと緑間の求める話を始めた。

「火神大我――結論から言うと、生まれも育ちも只の人間だね。どういう風に育ったとか、細かいところはまだ切り込めてないけれど。
 "やまとびと"の両親から生まれて、幼い頃に親の仕事の関係で"そとくに"に渡った。そんで、"大魔女"、アレクサンドラ・ガルシアに師事してる。そこで一通りの祓魔を叩き込まれたんだろうな。"やまと"まで情報が伝わるくらいだし、ポテンシャルも向こうでの成果もかなりなものだよ。で、成人する少し前にこっちに戻って来て祓魔師国家試験を受験、下級丙種合格。これは何か理由がありそうだけどまあ…全体的に思いの外綺麗で、何かありそうだ」

しゃべり終えると、高尾はアイスカフェオレに手を伸ばした。乾いた口の中が潤う。緑間は暫く高尾を見たまま黙していた。

「どったの真ちゃん。憎まれ口叩かないじゃん」
「いや…そうだな、言うなら、もっと人事を尽くせということか。経歴しか上がっていないのだよ」
「それはごめんて」
「ふん。まぁいい……高尾、動くぞ」
「! …どうすんの?」

高尾は思わず身を乗り出した。緑間が簡単に計画の説明をする。聞いている間の高尾の表情は普段のおちゃらけた雰囲気が抜けて真剣なものだった。だが、話を聞き終えた彼はそれらをなかったことにするかのように不敵に笑った。

「仰せのままに、悪魔様」

その高尾を見る緑間の目は冷ややかだったが、高尾は気にしない。そろそろ仕事に戻らなければどやされると高尾は残っていたカフェオレを一気に飲み干した。その後高尾が呼吸に混ぜて薄く溜め息したことに、緑間も高尾自身も気付かなかった。

喫茶店を出て、高尾は強さを増す陽射しに目を細めた。無意識に街路樹の影を目指す。

こつ、こつ、こつ、こつ。規則的に地面を叩く無機質な音がして、高尾はついそちらの方へと目をやった。想像通り、白杖が器用に男性をを導いていた。街を歩けば一回くらい出会う光景だ。動きからして弱視ではなく全盲の方らしい。ああ、俺もあんな風に生きていた。緑間とこれからの話をしたせいもあってか、高尾は柄もなく感傷に浸った。男性は人に避けられつつ、ゆらゆらと人の波の中へと消えていった。

少し前まで、高尾は音と感触、憶測でしか成立しない世界に生きていた。色も明るさもどういうものなのか知らなかった。自分が生きている世界が暗闇でしかないことも知らなかった。周囲から投げかけられる同情の言葉ですら高尾は正しく理解することができなかった。だって、自分に与えられている世界は自分が今持っているもの、一つしかないのだから比較のしようがないのだ。

新しい世界を求めて強欲にも光の射す方へと手を伸ばしたことを高尾は後悔していない。

先のことはわからないが、今のところは本当だ。

…戻ろう。そして、緑間の言う計画を進めよう。高尾は秀徳博物館へと足を向けた。




高尾が事務室の扉を開けると、上司の宮地がすぐに雷を落とした。宮地は色素が薄く、ベビーフェイスであるのにキレている時の迫力は他の上司に劣るどころか勝っている。

「たぁかお!!てめえどんだけ昼休みとってるんだよ!轢くぞ!」
「うえ、つっても一分遅れくらいじゃないすか」
「お前の今やってる書類がねぇと仕事が進まねぇんだよっ」
「あ」
「『あ』、じゃねぇ」

ぺしんっと叩かれて高尾は苦笑した。そういえば宮地に回さなくてはならない書類がひとつあったことを思い出したのだ。ここ数日忙しくしていることもあって、失念していた。事情を知らない宮地からすれば「らしくないミス」だとでも思われているかもしれない。

「あー…マジすんません。あとひといきなんで三十分待って貰えますか?」
「ったく、はいよ…」

会話は済んだ筈なのに、宮地はじっと高尾を見下ろしていた。淡い茶の瞳が探るように自分を注視していることに気が付いて、高尾は誤魔化そうと情けなく笑ってみせた。

「宮地サン?俺の顔になんかついてますか?」
「高尾、お前なんかおかしくねぇか?」

高尾はぴくりと肩を震わせた。宮地は妖気などの類に敏感であるらしく、高尾にとって気の抜けない相手だった。

「なんでそんなに疲れてんの?」
「えー?ああ、昼休みにちょっと運動してきたんすよ!ストバスコートが盛り上がってたから、飛び入りでバスケしてきたんすよねー」
「お前…それで遅刻か?」
「あっやべ」
「……もういいわ。とっとと仕事に戻れ」

すらすら吐いた嘘は全く疑われなかったらしい。宮地は深々と溜め息を吐いてしっしっと手で退けるジェスチャーをする。高尾はこれ幸いと自分のデスクへと逃げたのだった。

一方、宮地は懐疑的な目で高尾の背中を見送っていた。ただ見ることで詳しく何かが分かった訳ではなかった。彼は踵を返し廊下に出ると人気のない場所まで移動した。陽の差し込まないそこはひんやりとした空気が滞留していて心地がよい。しかし、宮地の表情は難しげで晴れない。宮地はおもむろに口を開いた。

「おい、いるんだろう」

確信に満ちた声を受け、数秒後宮地の後ろに大きな影が現れた。

「ああ、」

宮地は振り向いて、人影、緑間を睨みつけた。相手が大物であることはすぐにわかったが、宮地は怯まなかった。

「お前、高尾に何をしている」
「別に。契約をしているだけだが?悪魔と人間が契約を結ぶ。別段おかしな話ではないのだよ」

面倒そうに緑間は言う。宮地は緑間の言葉を信じられなかった。

「高尾が自分から悪魔に力を求める奴だとは思えねぇ。お前――高尾を騙しているんじゃないか?」
「ふん、…騙してなどない」
「嘘だ!だったらどうして、あんなにあいつの生命力が削れてるんだ!」

宮地は猛り立ち叫んだ。彼の声は廊下を震わせた。緑間は不愉快そうに宮地を蔑視した。

「…はぐれエルフごときが…俺に意見をするんじゃないのだよ」

緑間が言った途端、ちりっ、と灼熱が宮地の頬を掠めた。加えて、息を飲むような圧力が宮地に圧しかかった。喉が灼ける。面食らい反射的に宮地は息を止め目をつむった。熱が消え再び目を開けた宮地の前にはもう誰もいなかった。

宮地は緑間のいた場所から、いつまでも目が離せなかった。


あたらしいせかい



20130324
 

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