誰だっけ?
この世界で唯一繋がっているものは空だと言い切った人は。……ああそうだ、あたしの大好きな人だ。
あたしをこの国から連れ出して、とせがめば喜んでと応えてくれたクセに、次の朝を迎える前に黙って出国したあの人だ。
自由を愛した、あの人だ。
「お嬢さま」
「なに……?」
「いくら熱心に手配書を眺めたとて、海賊にはなれやしませんよ」
執事の言葉が冷たく突き刺さる。分かってるわよ、そんなこと。だけど、それでも見ずにはいられないの。日々値を増していく彼の悪らしい手配書を。唯一、彼のことを知れる手段であるものを。
「海賊だからと言って、必ずしもそれは負の存在なのかしら」
「と、言いますと?」
執事がメガネの端をくいっと上げると、そのレンズはなんとも嫌らしい光り方をした。
あたしは執事に向けていた視線を外して、手に持っていた手配書、トラファルガーの文字が書かれたモノへとその視線向けた。
手配書の中には、いつ見てもあくどい顔をしている彼の姿。変わらないその容貌を見て、あたしは思わず笑みをこぼした。
「例えば、この男はあたしに幸せをもたらしてくれています」
執事は驚いたようにあたしを見る。そして一瞬にして表情をもとに戻すと、またメガネの端を中指で上げた。光の反射のせいでメガネの奥にある瞳を見ることは出来ないが、きっと怪訝な眼をしているのだろう。
「それは酔狂にございます」
「酔狂!それも良いわね」
「……失礼いたします」
この執事からため息がこぼれたのは、一体、今月何回目なのだろう。初めのうちは楽しんで数えていたものの、もう聞き飽きてしまって数えるのも忘れてしまっていた。
執事が出て行った音を確認してベッドに飛び込んだ。掛け布団にうずくまった顔を上げ、くしゃっと手に握られた手配書に目を向ける。
そこにはやっぱり、あの人の顔。
「……酔狂ねえ」
家の者は皆、私が変わってしまったという。ろくでもない男に恋をしてしまったという。
まさにその通り。私はろくでもない男に恋をしてしまったのだ。だって彼は海賊で、私は海軍中将の愛娘なんだから。片思いではあるものの、決して交わることがあってはならない、恋。
あの大空へと、
するとふと、あの窓を覗いてみたくなった。ベッドの右側にある、私が彼を見つけた、全ての始まりを持ち込んできた窓。
そこにはいつもと変わらない街並みがあって、あの日と同じような、雲だらけな空が広がっていた。
手を伸ばした
全ての人間に平等である空すら、私の想いを拒絶するかのような雲行きだ。別にそれを疎ましいとは思わないし、むしろ私を咎めてくれているようで嬉しい気もしている。
「でも、好きなんだもの」
止められるわけも、ない。
*
2010/12/12 公開
+cocoa管理人から
road to 2011様へ