「行かないで」





ぎゅっ。

オヤジに頼まれた仕事をこなす為に出帆の準備をしていると、誰かがおれの服の裾を握った。その正体が誰かなんて、すぐに分かった。





「あのな、」
「分かってる、分かってるから何も言わないで、おねがい」





早口でそれだけを告げると、両手で控えめそうにおれの背中にすがりついてきた。どうせなら、抱きしめてくれたほうが嬉しいんだけどな。

コイツは照れ屋だから、きっとこれが精一杯なんだ。それがまた可愛いんだけど。





「エースが強いっていうのは知ってるよ、知ってるんだけど…!!」
「ごめんな、不安にさせて」
「っ違うの、これはあたしが、弱いから…!!」





弱いんじゃない。お前は一般人なんだからそれが普通の反応なんだ。戦いも何も知らない場所で育ってきたお前を、おれが気に入ったからって軽い気持ちで船に乗せたから。

だからお前は、毎日毎日おれの身を案じて泣いてくれているんだろ?





「お前がおれを想って泣いてくれるのはありがたいよ。ありがとう」
「エース、」
「だからもう少し待ってくれ」





泣かせた分まで、きっと幸せにしてみせるからさ。







きみの涙は、くるしい
だから今だけは、どうか泣かないでと言いたいんだ。








企画サイト情動様に提出。
ありがとうございました。