「落ち着いた?」
「はい……」


乱菊さんはそう尋ねると私の頭の上に軽く手を置いた。私は鼻を啜りながら抱きついていた乱菊さんから離れる。まだ何回かしゃっくりみたいなのが出ているけど、そろそろ止まりそうだし大丈夫かな。

私は涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま乱菊さんを見上げた。すぐに目が合ったからびっくりした。


「で?」
「え……?」
「何で泣いてたのよ」


話してくれるんでしょう、という乱菊さんに私は頷くだけだった。だって乱菊さんはこんな私を受け入れてくれたんだ。きっと大丈夫。

私は決意を固めると一度深い深呼吸をおく。そして俯いた顔をもう一度上げて乱菊さんを見た。

乱菊さんは優しい目をしていた。


「好きな人に、避けられました」


知り合いから入院してるって聞いたんでお見舞いに行こうとしたら初めは門前払いされて、無理矢理入ったら居留守を使われて……。

そこまで言うと乱菊さんはキッと顔つきを変えた。私は少しびっくりする。


「誰よそいつ!」
「え、」
「言いなさいよそいつの名前、ガツンと言ってきてやるから!」


うわあ、どうしよう。

初めに思ったのはそれだった。もし乱菊さんにバレたら、それこそ弓親さんの迷惑になってしまう。

私と弓親さんが知り合いだというのは、きっと斑目さんくらいしか知らないだろう。というか斑目さんが知っていたことに今さら驚く。
弓親さんが、教えたのかな。


「なまえ」
「ええ!?」
「早く」


段々と迫りくる乱菊さんに比例して私は弱腰になってくる。弓親さんも斑目さんに言ってたんだし1人くらい言ったって平気だよね……。


「えっと……」
「……」
「その、」
「早く」

「綾瀬川弓親さん、です」


次の瞬間の、あの乱菊さんの顔を私はしばらく忘れないだろう。



嵐の後の一時
今だけは、色んな不安から離れさせてほしいの。




「弓親?」
「……はい」
「あの弓親よね?」
「……多分」
「この前一緒に呑んだアレ?」
「、いい加減に」

「はははは!ないないないない!」
「……殴りますよ」

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