「オレ……自信なくしそう」
「? なにか言いました?」
「いや……」


 コーチを始めて一週間。相も変わらずな女の不器用っぷりにカカシの肩が落ちた。自分が教えるなら楽勝だとタカをくくっていたカカシだったが、実際教えていくうちにそれは容易なことではなかったと改めて思い知らされた。どれだけ教えようとも、どれだけ手本を見せようとも、不器用を地でいく女にはまったく吸収されていく気配がない。むしろ自分の班の子供たちの方がよっぽど優秀に見えるくらいだった。


「疲れてますねえ」
「……おかげさまで」


 嫌みたらしく返してみるも、女はまるで意に介する様子もなくへらへらと笑ってカカシの顔を覗き込んでくる。本気で頭を抱え込みたいのをぐっと堪えながら、カカシは小さく溜め息を零した。途端、目の前に差し出された小さな包みに思わず目をしばたく。花を象ったらしい甘味が女の掌の上でふたつ、控えめに咲いていた。

「……は?」
「少し、休憩しませんか?」
「……うん?」
「新商品が出たんですよ。一緒に食べましょう?」
「いや、オレは……」
「?」
「甘いの苦手だから」


 言ってからカカシはしまったと口を押さえた。甘味を掌に乗せたまま固まってしまった女の表情が途端に陰りを帯びたものに変化したからだ。ふたりの間に流れる沈黙がさらに気まずさを助長する。


「あ、のね」


 沈黙に堪えきれずおそるおそる口を開いた瞬間、不意に女が顔を上げた。その表情には笑顔が浮かんでおり、先程までの気まずさなど微塵も感じさせない。


「それは、残念。じゃあふたつとも私がいただきますね」
「あ、うん……」
「わあ、キレイな色……」


 戸惑うカカシを余所に女は何事もなかったように甘味をうっとりと眺めると感嘆の溜め息を漏らす。その眼差しはまるで新しい玩具を目にした子供のように輝きに満ちている。


「……食べないの?」


 思わず口を挟んでしまうほど、ただじっと掌の上の甘味を眺めていた女はカカシの言葉にハッと我に返ったのか恥ずかしそうに苦笑を浮かべた。


「食べちゃうの勿体ないなあ、と思って」
「確かにキレイだけど、それ言っちゃうと食べられないじゃない。それに食べないと休憩も終わらないしさ」
「そう、ですね……それじゃあいただきます」
「ん」


 ぱくり。申し訳程度に甘味を口に含んだ瞬間、女の表情が一変した。驚いたように見開いた目はゆるゆると弧を描いていく。
 単純だ──女のそんな様子を見てカカシは溜め息を零した。小さな甘味ひとつでこんなにも幸せそうな表情を見せる女がひどく愚鈍に思える。それはそうだろう。自分は忍なのだから滅多なことで感情を表に現すことなどない。一般人である女と比較するほうがおかしいのは解っているが、それでも心の隅で言いようのない苛立ちが募る。


「……なまえちゃんて、悩みとかないでしょ」


 だからだろうか。甘味を頬張る女に対して口から飛び出した言葉には明らかに棘が含まれている。解っていながらも口は勝手に動くのだ、仕方ない。それに、言えば必ずどこか怒ったような困ったような表情を見せる女の反応がいちいち面白くて止められないのだ。今もまた、女は困ったように微笑むだけだ。それがどうしようもなくカカシを満足させていた。
 しかしそれも束の間、さまよわせていた視線が不意に固まったかと思うと、解りやすいほど女の頬が真っ赤に染まっていく。口はパクパクと酸素の足りない魚のように忙しなく動き、声すら発することもままならないようだ。


「どうしたのよ?」
「あ……あ、あ」
「よう、カカシ」
「……アスマ」


 振り返ることなくカカシは声の主を悟った。どこか楽しそうな声音は言外に含みを持たせている。嫌な相手に会った──おそらくにやついているだろうその髭面を今すぐ張り飛ばしてやりたい衝動に駆られながらカカシはゆっくりと立ち上がる。しかし解せないのは女の態度だ。いまだ顔を真っ赤に染めてアスマを見つめる女の動きはどう見ても不審者そのものだった──


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