店の裏へと足を向けたカカシが目にしたもの。それは先ほど店で見たものとまったく変わらぬ光景だった。視線をただお盆だけに集中させ覚束ない足取りで歩く女は、どうやら集中すると周りがまったく見えなくなるらしい。現に今、足元にある小石にすら気付いていないようで、一拍おいて聞こえてきた女の慌てた声と鈍い落下音に、どこまでも不器用な女だとカカシの口角が上がった。


「あいたたた……よいしょっ、と」


 それでもめげることなく散らばったものを再びお盆に乗せて同じ動作を繰り返す女はどこか楽しそうだった。カカシはしばらくその様子を眺めていたが、いつまで経っても一向に上達する気配のない女を見ているのに飽きたのだろう。立ち上がったその足はそのまままっすぐ女の元へと向かっていった。


「はいこれ」
「あ……すみませ、ん……っ!」


 落ちていた玩具の食器をひとつ拾い、女の目の前に差し出す。お礼を言おうと顔を上げた女の表情は、カカシを視界に入れた途端にみるみるうちに強張っていった。


「いらないの?」
「っ、いえ……ありがとう、ございます」
「どういたしまして」


 気まずそうに受け取った女はぺこりと頭を下げ再びお盆へと乗せて練習を再開しようとした。しかしどうにも居心地の悪さを感じるのは食器を拾ってくれたカカシが去ることもせず、自分を見ていたからに他ならない。


「あ、あの……なにか、ご用でしょうか?」


 カカシの視線に堪えかねてとうとう女は振り向いて口を開いた。まるで小動物のように、顔に警戒心を露わに浮かべる女にカカシは加虐心がくすぐられた。けれどここで苛めて遊んでしまえばまた退屈な日々に辟易する毎日が待っている。まずは女の警戒心を解いて距離をつめることが先決だと思い直したカカシはしおらしく目を伏せた。


「うん……。こないだは……ごめんね?」
「!」


 カカシの謝罪に女は驚きに目を見開いた。なぜならあの時の態度から男は決して自分から謝るタイプには見えなかったからだ。しかし理由はどうあれ謝ってきたのだ。それに元々の原因は自分にある。女は慌てて首を横に振った。


「い、いえ! とんでもないです!」
「でも……いくらなんでも言い過ぎたよね。ごめん」
「っ、……いえ、本当のことですし……」


 あの日のカカシの言葉を思い出したのだろう。答える女の声は明らかに落ち込んでいた。接客業には向いていない。自分でも薄々解っていただけに他人の口からはっきりと言われたことがショックだった。憧れを抱いて始めた職でなければおそらくあの日即座に辞めていただろう。


「他にもなにかやっちゃったの?」
「……ええ、まあ」


 興味津々、というほどではないがカカシの目が少し輝いた。まるで自分の失敗を聞くのを楽しんでいるような口ぶりが引っかかる。話したくはなかったが結局その視線と雰囲気が女の口を自然と開かせた。


「お茶碗落とすのなんてしょっちゅうですし……なんにもないところで躓いてお客さんのテーブルに突っ込んだり、とか」
「ありゃ」
「向いてないって……自分でも解ってはいるんですけどね……」
「……そう」


 とうとう俯いてしまった女に視線を遣りながら、さも心配そうな声を出す自分に内心苦笑しながらカカシは相槌を打つ。思った通り、なかなか面白い女だ。自分に向いていないと理解しながら、それでも諦めない。なにか理由があるのかもしれないが、あくまで自分の暇つぶしに接触しただけのカカシの興味はそこにはない。黙り込んでしまった女もそこまで話す気はないのだろう。ただ恥ずかしげに俯くだけだ。しばしの沈黙の後、カカシはおもむろに女の前へと移動し、女の目線に合わせるようにしゃがみこみ掌を包み込んだ。驚いた女が自分へと視線を向けた瞬間、カカシは人の良い笑顔をその顔に貼り付けて、女の顔を覗き込む。思わず息をつめた女の様子にこれで第一段階クリアだと内心舌を出しながら、不審に思われず、なおかつ女が食いついてくるであろう言葉を口にしていた。


「じゃあさ……オレにコーチ、させてみない?」


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