待機所に入ってきた大きな人影を視界に捉えたカカシはその男の纏う雰囲気がいつもと違うことを感じて片眉を上げた。なにか楽しいことでもあったのかその口端にうっすら笑みまで浮かべている。


「なんかあったのアスマ? やけに楽しそうじゃない」
「ん? まあ、な。楽しかったといえば楽しかったな」
「?」
「ク、ククッ……」


 何かを思い出したのか楽しそうに笑うアスマに、訳が解らず首を捻るカカシへと思い出したように手にしていた包みを渡した。


「甘栗甘の団子じゃない。どうしたのよコレ?」
「紅に頼まれてな」
「……ふーん」


 手に納まる包みに描かれている栗の印にそういえば、とカカシはあの日自分に向かって派手にあんみつをぶちまけてくれた女を思い出した。まだ慣れていないであろう女の青ざめた顔はやけに自分の中の加虐心を煽り、普段なら軽く受け流すところをつい虐めて遊んでしまったのだ。きっとあの女は二度と自分と会いたくないと思っただろうとカカシは苦笑を零す。


「おいおい何だよ。お前が笑うなんて珍しいな」
「んー……ちょっとね。それよりオレもう上がりだから行くね」
「また女か?」
「半分当たりで半分違うかな。じゃね」


 持っていた包みをアスマに再び渡し、カカシは待機所のドアに手をかけた。見えない口布の下で口端が緩く上がっていく。甘栗甘で出会った女か。あの女なら暇つぶしに遊ぶにはちょうど良さそうだとカカシは内心ほくそえむ。


「ま、退屈しのぎにはなるでしょ」


 ぽつり。呟いたカカシの足はまっすぐに甘栗甘へと向かっていく。しかしその楽しそうな口調とは裏腹に、カカシの目はむしろ冷たさを感じるほど何の感情も映してはいない。ようするにカカシは退屈していたのだ。命を賭ける任務も、数をこなせばだんだんと生活の一部に組み込まれていき当たり前になってくる。生まれ持った素質も手伝って、Sランク任務ですらCランク同様にこなすカカシにとって現在の里の平和は退屈以外のなにものでもなかったのだ。加えて最近任された三人の下忍たちはまだアカデミーを卒業したばかりで手がかかる。ストレスとまでは言わないが常に忍としてのスタンスを崩さないカカシにとって感情を殺せない子供たちに少し苛ついていたのも事実だった。思えばそんな苛立ちがあの日の自分の言動に表れたのかもしれない。そんなことを考えながら歩いていたカカシは不意に耳に飛び込んできた声に顔を上げた。


「わああすみません! またお皿……!」
「なまえちゃん! そろそろ慣れてくれないとお皿何枚あっても足りないからね!」
「は、はいい!」
「はいこれ! 二番さんね」
「はい!」


 元気よく返事をした先日の女の声にカカシは思わず店の中を覗き込んだ。意識をひたすらお盆に集中させているせいだろう。唇を突き出しながら慎重に運ぶ女の顔はひどく滑稽で、真剣に運んでいるだろう女には悪いがこみ上げてくる笑いを抑えられない。思わず吹き出しそうになる口元を片手で押さえながら再び意識を女に向けた瞬間、聞こえてきたのは硬質の何かが床に叩きつけられる音だった。


「す、すみません……また、やっちゃいました……」
「……なまえちゃん」
「は、はい」
「裏で練習してらっしゃい」
「……はい」


 若干怒りを含んだ声に応える女の声は明らかに落胆していた。とぼとぼと店の裏へと引っ込んでいく女の背中をカカシはただ唖然として見送る。


「なにあれ……不器用すぎるにも程があるでしょ……」


 呆れにも似た溜め息を零し、完全に姿の見えなくなった女を追って踵を返す。あれほど不器用な人間をこれまで見たことがないカカシの目になまえという女が新鮮に映ったのだろう。湧き上がる興味を抑えきれずに足を運ぶカカシの瞳は先ほどとはうってかわってはじめての玩具を見つめる子供のように輝いていた。


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