「そういえばなまえちゃんて友達とか家族の話って全然しないよね」 休憩中の唐突なカカシの発言になまえはきょとんと目をしばたかせた。それもそうだろう。自分とカカシはコーチと教え子、ただそれだけの関係で決して友達などではない。それに、そういうカカシこそ自分のことなど話したことなどないのだ。 「……興味あるんですか?」 「んー……少し?」 「なんで疑問系なんですか。まあいたって普通の家庭なので話すことなんてないんですけどね」 「そうなの? 兄弟とかは?」 「……姉がひとり」 「へえ……お姉さんもやっぱり不器用なの?」 「っ、違います!」 叫ぶように否定の言葉を口にしたなまえは、すぐに我に返ったのかそのまま口を噤んで俯いた。けれど真一文字に結ばれた唇は微かに震えており悔しさが滲み出ている。 「……ごめんなさい。でも、あの、お姉ちゃんは、」 「うん」 「美人で、頭も良くて、なんでもできて、あの、私の自慢なんです。だから、」 「うんわかった。ごめんね変なこと言って」 なまえの頭を軽く宥めるように撫でながらカカシが素直に謝罪したことで、引き結ばれていた唇から力が抜けなまえは安堵の息を吐いた。自分が不器用なのは事実だから仕方ないとしても、家族までそうだと思われるのは甚だ心外だ。そう、家族の中で違うのは自分だけなのだから。 「ホントにごめん。でもなまえちゃんがそこまで言うなら素敵なお姉さんなんだね」 「はい」 「……会ってみたいな」 「えっ!」 「うん、会ってみたい。なまえちゃんの自慢のお姉さんに」 「……」 「会わせてくれる?」 「それ、は……」 顔を覗き込んで微笑んでくるカカシになまえは困惑したように目を伏せて拳を握りしめた。しばらく何かを考えて、それから意を決したように顔を上げてカカシを見つめる。 「ん?」 「ごめんなさい。私、実家を出たので……お姉ちゃんとも連絡とっていないんですよ」 「そうなの?」 「はい……」 「……ふうん」 申し訳なさそうに話すなまえにカカシは違和感を覚えた。核心の部分を意図的に隠している、そんな印象だ。そして、おそらくそれは当たっているのだろう。なまえの曖昧な笑みがそう物語っていた。 「私の話はいいじゃないですか。それよりはたけさんは?」 「オレ?」 「はい」 「うーん……とりあえず、もう家族と呼べる人はいない、かな」 「! そう、なんですか……」 「うん、だからオレも話すことあんまりないんだよね」 「……」 「なまえちゃん?」 「寂しく……ないですか?」 そう問うなまえの瞳に自分を気遣うような色が滲んでいるような気がして、カカシは視線を逸らした。今まで自分のことを聞かれても上手くはぐらかしてきたというのに、なぜこんな小娘にすんなり話してしまったのか。らしくないと首を振り、覆面の下で自嘲する。 「……寂しいよ」 「え……」 「って言ったら?」 「えと、その……」 「……」 おそらく何も考えずに問うたのだろう。困惑の色がその瞳に浮かんでいる。そのころころと変わる瞳と表情はなまえが愛されて育ってきたと言わずとも伝わってくる。おそらくそこがカカシの琴線に否応なしに触れてくるのだ。だからこそなまえの無様な姿が見たい。まっすぐに育ったなまえという花を手折ってしまいたくなるのだ。 「冗談だよ。もう慣れてるし平気」 「……」 「なまえちゃん?」 「……はたけさんは、強い、ですね」 「……まあね」 その時見せたなまえの表情にカカシは心臓がずくりと軋んだ気がした。顔には笑みを浮かべているというのに、なぜか今にも泣いてしまうのではと錯覚してしまいそうなほどになまえの瞳が揺らいでいる。それはカカシに向けられているようで、まったく違う場所を見つめているようにも見えて、一瞬言葉をなくしてしまう。 「……今日はこれくらいにしとこうか」 「あ、はい……すみません変なこと言っちゃって。ありがとうございました」 「うん」 なまえと別れた後もカカシの脳裏からは先ほどのなにかを後悔しているようななまえの瞳が離れない。おそらく実家を出たことと何か関係があるのだろうが、なまえの纏う雰囲気が問うことを許さなかったのだ。今まで聞かれたことには素直に答えていたなまえだけにカカシの胸中は複雑だった。 「不器用なくせに隠し事するとか……生意気」 波立った心を抑えるように吐き出したカカシの声はどこか頼りなげにカカシ自身の耳に響いた。それを打ち消すように頭を振ったなら、カカシは次の暇つぶしの標的の元へと向かうべく土を蹴ったのだった。 . |