今日のカカシはいつにもまして機嫌が良い。いつもならなまえの小さな動きも見逃さず口うるさく指摘してくるというのに、今日は仕方ないとでもいうように軽く注意をするだけで、いつ指摘が飛んでくるかと内心ビクついていたなまえが呆気にとられるほどだった。その上機嫌に自分が関係しているなどなまえは露ほども思わない。ただ、楽しそうなカカシの姿をどこか穏やかな気持ちで見つめていた。


「はたけさん、なにかいいことでもありました?」
「ん?」
「今日、なんだかすごく楽しそうです」
「んー……そうだね。これからってところかな」
「?」
「こっちの話だよ」
「そうですか……いいことあると嬉しいですもんね」
「うん、そうだね」


 屈託なく笑うなまえの横でカカシは内心ほくそ笑んでいた。予想もしていなかった人物の登場は、カカシにとってますます面白い状況を生みだしつつある。どう繋げて遊ぼうか、考えるだけで楽しくてたまらない。覆面の下でカカシの口元がいやらしく弧を描く。それはまるで獲物をゆっくりとなぶる肉食獣のようだった。


□■


「よおカカシ、最近楽しそうだな」


 待機所でかけられた声にカカシは顔を上げた。そこにはいつもの煙草をくゆらせる髭面と一人の女が寄り添うように立っており、どこか不安の色を宿した瞳がまっすぐに自分を見つめている。


「紅と一緒だったの? アスマってばやーらし」
「お前と一緒にすんな。そこでたまたま会ったんだよ」
「ふーん……ま、そういうことにしといてあげるよ」
「お前なあ……」
「まあ座れば? 紅も」
「……ええ」


 互いの近況を交えながら三人の会話は進んでいく。それはいつもと変わりない待機所内の光景だった。いつもと違うとすれば、紅から漂うピリピリとした緊張感だけだろう。肌に感じるその感覚にカカシは一瞬身震いする。それは、一種の恍惚だった。


「そういやなまえは頑張ってるか?」
「っ、」


 アスマが不意に口にした問いに紅の瞳が動揺したのをカカシは見逃さなかった。すぐに隠しはしたものの、ちらりと窺うような視線を向けた紅にカカシはもはや確信に近いものを感じていた。


「うーん、まあ頑張ってるんじゃない。こないだも店で客に突っ込まなかったって言ってたし」
「……客に突っ込んでたのかよ」
「まあね。オレだって初対面であんみつぶっかけられたし」
「ぶはっ! マジか」
「不器用なんだよねえなまえちゃんて。まあそこが面白いんだけど」
「……」
「……? どうかしたか紅?」
「え、あ、ああ……なんでもないわ」


 言い淀む紅にカカシは挑発的な視線を向けて微笑んだ。その視線に気付いた紅の表情が途端に真剣なものに変化するも、カカシはまるで意に介していないようだった。


「さてと、じゃあねお二人さん。オレなまえちゃんとこ行かなきゃ」
「なまえによろしくな」
「たまにはアスマも顔出したげなよ。なまえちゃんすっごく喜ぶから」
「っ!」
「ああ、紅も来る?」
「……わ、私は、いいわ」
「そう? 残念」


 少しも残念がっていない口調でそう告げると、カカシはひらりと手を振って待機所を後にした。背中に感じる視線はおそらく紅のものだろう。これはますます面白くなってきたとカカシはこみ上げてくる笑いを隠せない。カカシにとっていい具合に舞台も役者も揃った。後はちょっとした演出を加えるだけでなまえは面白おかしく踊ってくれるのだろう。より舞台を盛り上げるために自分はほんの少し後押しすればいい。


「さてと、まずは紅との関係でも聞き出しますか」


 もはや暇つぶしの域を超えたカカシの思惑は完全に悪い方向へと向かっていた。けれどカカシは罪悪感など微塵も感じない。それは不器用ななまえに対しての侮りと、自分が下手を打つはずがないという己に対する自信によるものであった。しかし、自分のこの暇つぶしが後になまえにとって辛い過去を呼び起こすことになることも知らず、カカシは軽い足取りで店へと続く道を歩き出したのだった。


.
[ 9/10 ]

|

()



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -