今日もまた、なまえは笑っていた。隠れた──いや、自分でも気付いていない想いをまるでごまかすように、馬鹿みたいに笑っていた──





「花ー!」
「あ、なまえ」
「ねえねえ! いつもの場所に行かない?」


 満面の笑みを浮かべたなまえの誘いに、呼び止められた花と、隣にいたシカマルは顔を見合わせて、それから気まずそうにあたりに視線をさまよわせはじめた。それはいかにも返事に困っているといったふうで、きょとんと二人を見上げるなまえは首を傾げる。


「あ、あー……」
「……?」
「ごめんなまえ。今からシカマルと、その……」
「?」
「悪いな、オレら出かけんだよ」


 言いにくそうに告げられた言葉に、ほんの一瞬なまえの瞳が揺らぐ。しかしすぐに何事もなかったように笑みを浮かべて、ぶんぶんと突き出した両手を振った。


「あ、……あー! ごめんごめん! デートだよね!」
「てめ……っ! 声がでけえんだよ」
「ん? 今さら照れてんの?」
「や、やだ……なまえってば」
「今日も二人は仲良しだよねー良かったよかった」
「「なまえ!」」
「あはは、じゃあねー!」


 笑みを絶やすことなく走り去るなまえの姿を真っ赤な顔をした二人は呆れたように見送る。その手はお互いの手をしっかりと握っており、心なしか手のかかる子供を見つめる親のようだ。


「悪いことしちゃったね」
「……アイツのタイミングが悪いだけだろ。ほら行くぞ」
「あ、待ってよ」


 そうして仲睦まじく歩いていく二人は去っていくなまえがどんな表情を浮かべていたかなど知らないし、気にかける様子もない。それもそうだろう。二人はただお互いを想いあうことに夢中になっている。その姿と雰囲気は、端から見ても本当に幸せな恋人そのものだった。



□■



 やがて辿り着いた丘に寝転ぶと、なまえは空を見上げてぼんやりと雲を眺めた。花とシカマルが二人で出かけてしまった今、いつものように花と昼寝を満喫するつもりだったなまえは暇を持て余していたのだ。だったら予定通り昼寝をすれば良い話だが、いつもなら他愛のない話をしながら気付いたら寝ていることが多いため、一人の状況に慣れないなまえは落ち着かないのか眠れそうになかった。


「つまんない……」


 ぽつり、青い空に向かって思わず呟いて、それから何かを諦めたように溜め息を吐くと、なまえはそっと目を閉じた。
 二人がお互いに好意を寄せていたのは気付いていた。三人で行動していてもシカマルが気にかけるのはいつでも花だったし、そんなシカマルに花もまた照れながら応えているのを間近で見てきたからだ。だから二人が付き合い始めたと知った時はただ純粋に喜ばしい気持ちでいっぱいだった。けれど今の状況を思うとどこか寂しいと感じるのも仕方のないことだった。それほどまでになまえは長い月日を花とともに過ごしてきたのだ。どうしようもない現実に再び溜め息を零したなら、なまえの意識はひっそりと眠りの底に落ちていった。



□■



 なまえはもともと里の者ではない。両親がいわゆる行商人であったなまえは永住のために五つの歳に初めて木の葉に足を踏み入れた。しかしなまえはそこで初めての孤独を知る。外部の者であるなまえ一家に対して、大人ばかりか子供までもが表面上の関わり以外持とうとはしなかったのだ。大人である両親は仕方がないと割り切っていたようだが、なまえはそう簡単に割り切れる年齢ではなかった。毎日のように公園へ出かけては近しい年頃の子供たちと仲良くなろうとする姿は、あまりにも必死すぎて哀れだった。そんななまえに手を差し伸べたのは花だった。その時の心理状態からいって、なまえの目には花はまるで神にも仏にも映ったのだろう。なまえはいっそ盲目なまでに花に傾倒していった。それはあれから十数年経った今でも変わらない。どれだけ周りに人が増えようともなまえのいちばんは花であり、花の幸せは自分の幸せだと頑なに信じて疑わない。そんななまえの姿は端から見ればやはり昔と変わらず哀れな娘にしか映らなかった。



□■



「──い、おいなまえ!」

 自分を呼ぶ声になまえは微睡みから意識を浮上させた。ゆっくりと目を開けば、呆れ顔の男が自分の顔を覗き込んでいる。


「……キバ?」
「お前またこんなとこで寝て……風邪引くぜ?」
「平気。だってほら、」


 言いながら視線を後ろへと向ければ、背中に張り付くように寄り添う毛束。ゆっくりと視線を戻したならなまえは目の前の男──犬塚キバへと含みのある笑顔を見せた。


「誰かさんがお節介だから」
「……しょうがねえだろ、ほっとけねえんだからよ」
「ありがと。おかげでゆっくり眠れた」
「……ひとりでか?」
「っ、」


 ぴくり、なまえの肩が一瞬揺れたのを認めると、キバは呆れたようにあからさまに溜め息を吐いた。花とシカマルが付き合い始めてからというもの、シカマルは目に見えて付き合いが悪くなった。それ自体に特に文句はないのだが、そうなると今まではいつでも花と一緒に行動していたなまえがひとり弾き出される格好になる。それがキバには気に入らなかった。好意を抱いていた女と想いが通じ合って浮かれるのは解る。けれどだからといってなまえにとって親友とも言える花をほぼ毎日独占するのはいくらなんでも度が過ぎていた。


「……怒ってもいいんじゃねえの?」
「……なんで?」
「なんでって、お前、」
「二人とも幸せそうだし、邪魔するなんて野暮じゃない」
「……じゃあお前は?」
「ん?」
「お前の幸せは?」


 思わず顔を上げたなまえはキバの真剣な眼差しに射竦められた。何をおいても花を優先するなまえの姿はキバから見ても異常なのだろう。だからこそなまえのことが気にかかるのだ。もっと己自身の幸せを追い求めろと、何も言わずともキバの瞳が語っていた。曖昧な笑みを浮かべて再び俯くと、なまえはぽつりと呟く。


「……花が幸せなら、私は充分幸せだから」
「……っ、」


 そうやってずっと我慢し続けるつもりなのか──思わず怒鳴りつけたい衝動に駆られながら、拳を強く握りしめることでキバは思いとどまる。なまえの世界はいつでも花が中心で、なまえは花のためだけに生きていると言っても過言ではない。けれどそれは危うい均衡の上に成り立っていることをキバは知っている。なまえの世界には花だけ。しかし花もそうかと問われると答えは否だ。花にとってなまえは大切な親友だが、決していちばんではない。花はなまえと違って狭い世界に執着することはない。むしろ自分の世界を広げるために前に進むタイプだ。それを知っていながら、なまえはそれでも狭い世界に固執する。世界に対する視野がなまえと花とではあまりにも違い過ぎるのだ。
 夕暮れの橙色に包まれたなまえの背中を、キバはただじっと見つめる。丸められた背中はまるで泣いているのではないかと思わせるほどに小さく、そして頼りなくキバの瞳に映っていた。


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