神様、どうか今すぐわたしを宇宙一ちっぽけな存在へと変えてください。誰にも見られることのない、気付かれることのない存在に。どうかどうかお願いです。そうでないと、もう──



■□



「──なまえ!」


 ハッと意識がはっきりして私は反射的に飛び起きた。吐く息ははあはあと荒く、まるで激しい運動をした直後のように鼓動も早い。


 ああ、また──


 額から伝う汗に気付いて思わず布団に突っ伏した。また、また今日が始まった。朝がきてしまったんだ。


「なまえ」
「!」


 唐突に自分の名を呼んだ声に肩が跳ねる。い、や……なんで、なんで。布団から顔が上げられない。見たくない。


「まだ寝てたのかよ。お前の母ちゃん怒ってんぞ」
「……」
「……」
「……」


 沈黙が痛い。お願いだから早く出ていって。押し付けた布団の下で目を瞑って必死に願う。ひとの動く気配がして、安堵の息を吐いた瞬間だった。


「──っ!」


 重い衝撃が背中を走り抜けたかと思うと、じんとした痛みが次いで襲ってきた。あまりの痛みに目頭が熱くなる。


「遅え。早くしやがれ」
「……」


 いまだ痛む背中に容赦なく片足を乗せ、否応なしに布団を剥ぎ取られて、ようやく私は今日初めて奴の顔を見た。口の端をいやらしく上げて笑うその顔は、昔の優しさなど欠片も見あたらない完璧ないじめっこの顔だった。


「オレの来る五分前には準備しとけ、つったろ」
「……学校違うし、一緒に出る必要なんて」
「あ?」
「……」
「なまえ、お前まだ自分の立場が理解出来てねえみてえだな」
「立場って……ただの幼なじ、」
「違うだろ?」
「!」


 瞬間、手首を痛いくらい掴まれ視界が反転した。思わず瞑った目を開けた途端、首筋に感じた生暖かい感触に血の気がざっと引く。


「ひ……っ!」
「理解出来ねえんなら、体に覚え込ますしかねえよな」
「や、やめっ! いや、ん、ぐっ!」


 大きな掌に口を塞がれくぐもった声は驚くほど小さく部屋に響いた。首筋にはいまだねっとりと生暖かい感触が這っている。


「お前はオレの──」


 嫌だ。言わないで。これ以上絶望したくない。首筋を這う生暖かい感触が徐々に下がっていく。舌の辿った肌が薄ら寒くて鳥肌が立った。嫌、いやだ。見ないで、触らないで。知らず流れた涙が目尻を伝って、声にならない嗚咽が喉を震わせた。


「──可愛い下僕だろ?」


 ああ、神様お願いします。あの頃の優しい幼なじみを返してください。もはや叶うはずもない願い事を、それでも私は今も諦められないでいる──


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