「おかえりなさいイルカお兄ちゃん。ご飯でき、」
「あー……悪い、ナルトと一楽でラーメン食べてきたんだ」
「あ……そ、そっか」
「……もしかして待ってたのか?」


 待ってたよ、当たり前じゃない──言いかけた言葉を飲み込んで首を横に振った。言えない言葉の代わりに握り込んだ掌には痛いくらい力が入っていて、きっと爪痕が残っているんだろう。だけどそれくらいじゃないと、そろそろ私は爆発してしまいそうだ。


「……明日も早いんでしょ、お風呂入ったら?」
「ああ、そうするよ」


 鼻歌交じりで呑気に背中を向けたお兄ちゃんを見送ってから、冷蔵庫を開けてお皿を取り出した。お兄ちゃんは目敏いから、ちゃんと片付けておかないと余計な気を遣わせてしまう。今さらご飯を食べる気力も湧かないから明日のお弁当にしてしまおう。自分のお弁当を詰めながら、ふと溜め息が零れた。


「……お兄ちゃんのバーカ」


 もう小さい子供じゃない。だけど、一度与えられた幸せを離したくないと思うのはいけないことだろうか。あの頃のように優しく頭を撫でられたいと思ってはいけないのだろうか。それは私の我儘だろうか。


「ナルト、か……」


 あの日、誇らしげに話してくれたお兄ちゃんがなぜかとても遠く感じた。お兄ちゃんは優しい。だけどその優しさは私だけに向けられる訳じゃない。職業柄というのもあるだろうけれど、それは分け隔てられることなく等しい。それは「ナルト」だって、もちろん私だって例外じゃなかった。



□■


 寝る準備を整えて歯磨きをする私の耳に控え目な、それでいて確かな扉を叩く音が届いて思わず眉を寄せた。誰か、なんて決まりきっている。こんな非常識な時間に訪ねてくるのなんて一人しかいない。苛つく心をごまかすように乱暴に口の中を濯いだなら、私は扉へと足を向けた。


「どちらさまですか」
「……オレ、」
「ナルトくんですか。お兄ちゃんならもう寝てますけど」


 暗に帰れという意味を含ませて、扉を挟んだまま会話をする。絶対に開けてやらない。だって入れたらお兄ちゃんは必ず起きてくる。そうしてあの嬉しそうな、私の大嫌いな眼差しでナルトを見つめるんだ。


「なまえちゃん……」
「……なんですか」
「オレ、なまえちゃんの顔が見たかったんだ」
「……」
「開けて、くれってばよ……」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。私がナルトを疎ましく思っていることはきっとナルトも解っている。なのにどうして、どうしてそんなに切なそうな声を出すの。私は──


「私、ナルトくんが嫌いなの」


 イルカお兄ちゃんだけに特別に思われたらそれでいいのに。


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