「こんにちはカカシ先生」
「はいこんにちは。ところでなまえ」
「はい?」
「この体勢は宜しくない誤解を招きそうだから止めようねー?」
「ええー」


 涼しい木陰でいつもの愛読書片手に時間を潰す予定だったはたけカカシは、明るい声とともに突然目の前に現れたなまえに押し倒された時点で早々にそれを諦めた。なまえの手にはクナイが握られており、カカシの手はそんななまえの手首を掴んでいる。奇襲とも言えるなまえの突撃は何も今に始まったことではないため、もはやカカシも手慣れたものだ。


「相変わらず無茶するねお前は」
「カカシ先生が一回やられてくれたら止めますよ?」
「よく言うよ。止めるつもりなんてないくせに」
「あれ、バレてました?」
「暇つぶしにオレのとこ来たんでしょ。バレバレ」
「解ってるんなら付き合ってくださいよ」
「こういうんじゃないなら喜んで付き合うんだけどね、っと」


 手首を捻りあげられ、クナイが音を立てて地に転がる。走った痛みに一瞬だけ眉根を寄せたなまえは、諦めたのか両手を上げて降参を示すと面白くなさそうに溜め息を吐いた。


「降参です」
「ん、いいこ」


 再び愛読書を手に取り頁に視線を走らせながら、カカシはなまえの頭を撫でる。子供扱いされたことに若干不満げな表情を見せたなまえだったが、それでもカカシの手を払いのけない辺り嫌ではないらしい。大人しく撫でられるがままのなまえはまるで猫のように目を細めている。


「花はどうしたのよ」
「……シカマルとデートです」
「ふーん……」


 どうりで──言葉には出さずカカシは内心納得していた。先ほどのような奇襲まがいの攻撃をなまえが仕掛けてくることは滅多にない。時折思い出したように──それこそカカシが忘れかけた頃に仕掛けてくる程度のものだ。そしてその奇襲が実行されたのはまだ記憶に新しかった。


「それで寂しくなってオレのとこ来たって訳だ?」
「別に、寂しくなんか……」
「はーい嘘。あれだけ花にべったりだったお前が寂しくない訳ないでしょ」
「……」
「図星?」
「……寂しくない、って言ったら嘘になりますけど……」


 そうして俯いてしまったなまえはまるで親を探す迷い子のように見えた。なまえは自分という存在が周りにどれだけ愛されているかを知らないし、知ろうともしない。そのくせ花からの愛情をただひたすらに求めていた。なまえの世界を広げるのは容易いことではない。けれどなまえが望むなら惜しげもなく手を差し伸べる人間はきっと一人や二人ではないだろう。そしてカカシもまた、そんな人間の一人であることは間違いなかった。


「……任務のない時なら付き合ったげてもいいけど?」
「……本当ですか?」
「嘘ついてどうすんの。だからほら、そんな泣きそうな顔しないの」
「っ、泣いてませんよ!」


 頬を膨らませて怒るなまえの表情に喜色が滲んでいるのが見てとれて、カカシは内心驚いた。花以外の人間には一定の距離を置いて接するのが常であるなまえが、こうして素直に感情を表に出すこと自体珍しい。それほどまでに花がなまえにとってどれほど大きな存在なのかを嫌でも認識させられる。


「……まあ、良い機会かもね」
「? 何か言いました?」
「んーん、何にも」


 ボサボサになったなまえの髪に、カカシは梳くように指を滑らせた。呟いた言葉はどうやらなまえの耳には届かなかったらしいが今はそれでいいのだ。規則的な指のリズムは心地良いのか、やがてなまえがうとうとと微睡みだす。


「なまえ、眠いの?」
「ん……ちょっと、だけ……」
「ほら、膝貸したげる」
「あー……ありがとうございます」
「ん」


 カカシの膝に頭を預けてすぐ、なまえは規則正しい寝息を立て始めた。緩く上下する背中と、自身の足に感じるぬくもりはカカシの内側をじわじわと暖めていく。


「……ずっとこうしてオレの傍にいればいいのに」


 穏やかな日差しに包まれたなまえの寝顔に、今は叶う望みのない願いを呟く。まるで流れを感じさせない穏やかな時間に、カカシはこのまま時が止まってしまえばとさえ願ってしまう。


「ねえ……早く気付いてよ」


 強引になまえの世界を広げることをカカシは良しとしない。なまえ自身が気付くのを、そしてこの世界を飛び出したいと願うのを待っているのだ。それがいつになるかなど、カカシには解らない。けれどいつか──いつかなまえの世界が、視界が花以外に向いたその時、なまえの隣にいるのは自分でありたいと思っていた。誰よりも近くで支え合い、笑い合っていたい。そのいつかの光景を思い描いたのか、カカシの口元は知らず弧を描いていた。


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